DeAGOSTINI デアゴスティーニ・ジャパン

横山 宏

SFイラストレーターで「マシーネンクリーガー」原作者。航空模型専門誌「スケールアビエーション」スーパーバイザー。

来歴

SF小説の挿絵や映画・ゲーム・玩具のメカデザイン、CMデザイン・立体物を数多く手掛けている。 同業者には小林誠がいる。初期はペン画と水彩が主な作風だったが近年はMac上でソフト「Painter」を使った重厚なタッチの作品が多い。日本SF作家クラブ在籍。SF作家クラブが与える「日本SF大賞」のトロフィーは横山の手によってサイバーパンク調の女性像が製作されている。また、朝日新聞が1997年に創設した「手塚治虫文化賞」の鉄腕アトムをモチーフとした賞牌も横山の手によるもの。口癖は「~するとええよ」。

作風

モデラー/造形作家としてもオリジナリティ溢れる作品を多数世に送り出しており、イラストと模型を中心にボーダーレスに活躍している。

想像上のロボット等をまるで存在するかのように仕上げる横山の高い塗装・工作技術は長い模型歴に裏打ちされたものである。また、模型の表現手段として『サンダーバード』、『スター・ウォーズ』に登場する撮影用プロップを製作する際に用いられたパーツ・コラージュと同様の手法(ミキシングビルド)を多用する。既存の車、ガンダム等の市販プラモデルの各パーツや、接着可能なスチロール製各種ケースなどを使用し、独自の作品を作り上げる。また、製作時期によっては、バキュームフォームを使用して作り上げた外装類を多用している。作品の多くが卵型(もしくはそれに近い形)であるのは「人間がものを見たときに一番安心するのが卵型だから」というこだわりによるもの。

曲面マニアでもあり、造形に使えそうなプラパーツでは様々な曲面をもつものを普段から収集、随時作品に使用している。曲面パーツ収集にこだわる理由は「直線はプラ板から切り出すだけで作れるから(本人談)」 また、デザイン自体の工程も唯一無二の方法をとる。ラフイラスト、パーツなどから触発されると、イラストを描きつつ、このアイテムを立体に仕上げる際にはどうやって作るかを考えて描き、実際に立体を製作する。次にそれをふまえて再度イラストを仕上げ、まとめると、今度はそのイラストを見ながら立体作品を完成させる。そして最後にその完成品を見ながらイラストも完成させる(その間デザイン自体の検証が行なわれる)。こういったイラストレーターであり、モデラーであるからこそ可能となる2D>3Dのデザインの行き来が、魅力的な作品を生む秘密といえる。アカデミックな美術知識を模型に悪用(本人談)したのも日本では横山が初めてであり、従来の経験則からのみ製作し続けてきた雑誌作例模型とは一線を画す。また、アクリル塗料、ソフトウェア「Painter」、ラッカー系塗料と、画材が違うにもかかわらず、イラスト作品、立体作品ともに同様の彩色ができるというのも他に類を見ない作家としての特徴である。

マシーネンクリーガー

代表作のひとつ『マシーネンクリーガー』は、横山がデザインし、自ら造形したオリジナルSF兵器軍を使い、リアプロダクション撮影、多重露光、デジタル合成、そして横山本人の加える画像調整とエフェクトを経て作られた戦場写真を製作、そこに見る側の想像を刺激する「ストーリー」が加えられたいわゆる「フォトストーリー」という技法を発明し、模型界に新しい表現を持ち込んだ(この表現をやりたいとし、ガンダムを使って模倣したのが『ガンダム・センチネル』である)。そのため「ストーリーを感じさせる模型」が主役であり、ストーリー自体は、大きな流れを構築された上に成り立っているわけでないのも特徴。雑誌連載時は戦場での兵士一個人からみた戦場が語られ、書籍化される際に、大きな歴史が語られるというのが形式化している。そのため「まず模型ありき」という作品性格が形成されており、カルトな人気を生み出す結果ともなっている。

雑誌主導の企画連載であって、テレビアニメ等のメディア展開がほとんどされていないのにも関わらず20年以上熱狂的なファンによって支えられ、未だに20年以上前に産み出されたロボットデザインが新規のファンを増やし続けるという驚異的な歴史を持つ。そのファン層の厚さから、かつて横山にあこがれた少年達が成人した後、自身のゲーム作品のデザイナーとして横山を起用するようになる事まである(元スクウェア・エニックスの坂口博信はこのことを公言している。SFC『フロントミッション』では横山はパブリシティ用模型の製作のみ担当。パンツァーのデザイン自体はスクウェア・エニックス社内で行なわれた模様。坂口博信監督の映画『ファイナルファンタジー』でも横山はメカデザイナーとしてエンドロールにクレジットされている)。

横山は旧SF3Dの企画当初からロボットデザイン、模型製作のほぼ全てを担当している。海外にも熱狂的なファンがおり、『マシーネンクリーガー』(NITTO版)のプラモデルキットは常にプレミア価格で取引される。また毎年春と夏に開催されるワンダーフェスティバルでは数多くのディーラーが横山のオリジナルモデルを可能な限り再現したガレージキットを販売し、人気ブースの一つになっている。最近では、横山がデザインしたものを、一般原型師でありながらもファンであるスタッフが製作し、横山が監修するというファクトリースタイルをとることもある。

「マシーネンクリーガー」と呼ばれる商品名も 裁判以前は、「SF3D」という商標でホビージャパン社より展開される企画のひとつだった。裁判とは、ホビージャパン社と横山との間で、「SF3D」と呼ばれる商品に対しての意匠権と商品化権を巡り5年の長きに渡って争われたもので、1999年和解が成立しSF3D=マシーネンクリーガーは、同社と横山との共同著作と認められる事になった。すべてのデザインは横山に帰属することも同意されている。

ちなみに「SF3D」とは、ホビージャパン連載当時の社長の命名で「エスエフサンデー」が正式名だが横山自身が「サンデー」を嫌い「スリィーディー」と嘘の呼び方をし、読者に浸透させた経緯を「SF3D」誕生から25年後に告白した。

[Wikipediaから引用]