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岩泉線 茂市〜岩泉

【第11回】岩泉線 茂市〜岩泉


日本有数の鉄道絶景ポイントを有し、北上山地を走る岩泉線。2010年7月の土砂崩落による脱線事故以来、運休となってきたが、2013年11月8日、遂に廃止届が出された。国鉄末期以来多くの赤字ローカル線が廃止となる中、1日の利用客数がわずか200人に満たなくても沿線住民の貴重な足として活躍してきたこの路線を旅した貴重な記録を、今ここに留めておこう。

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鮮やかな紅葉の中を走る鉄道の1日1度しか見ることのできない絶景

デアゴスティーニ編集部

鮮やかに色づいた岩手和井内駅に、多くの高校生たちがやって来る。落ち葉で少し遅れた気動車は、足早に岩泉へと出発した。

秋に東北地方へ出かけると、他の地域では見ることのできない紅葉に巡り合うことがある。北海道では冷涼なため黄色の風景が多く、関東から西では赤い葉を多く見かける。しかし、東北地方では針葉樹と落葉樹の紅葉が織りなす赤と黄色の鮮やかなコントラストが、ひときわ味わい深い紅葉を描き出すのだ。
そんな東北地方の鉄道の中で、1日にわずか3往復しか列車が走らない路線がある。しかも、その路線で一番景色の良い場所というのが、高く聳える山の谷底を急勾配で上る峠で、陽の射す時間にそこを走る列車は、わずか1本しかない。
1日3往復という列車本数もさることながら、1日1回しか陽の当たる時間に列車が走らない場所。手つかずの自然が残る絶景を持つ鉄道。そこは岩手県を走る岩泉線の、押角(おしかど)〜岩手大川間にある「押角峠」という場所だった。

たった1両の気動車が走る みちのくに残された里山の風景

デアゴスティーニ編集部

爽やかな朝の光を浴びて軽快に走るキハ52。レールのジョイント音が長く山々をこだまして行った。

岩泉線は、盛岡から宮古まで岩手県を東西に結ぶ山田線の途中駅、茂市(もいち)が始発駅だ。人口3800人の新里村の中心地である茂市は、岩泉線に沿う刈屋川が、山田線に沿う閉伊川(へいがわ)へ合流する場所に位置する。鉄道も川の流れと同じように、岩泉線の列車は山田線の宮古へと接続している。
茂市駅には、駅舎側に片面1線のホームと、跨線橋で結ばれた島式ホームがあり、始発駅らしいたたずまいを見せる。岩泉線が発着するのは駅舎側のホームで、ホームの北側には今では貴重となった腕木式信号機がある。全長38.4kmに及ぶ岩泉線は、途中に7つの駅があるが、すべて無人駅で交換設備もない。路線全体が1つの閉塞で区切られた「スタフ閉塞」で運転される。
エンジンが2機搭載された山岳路線用の気動車キハ52は、駅員からスタフを受け取ると、岩泉を目指し茂市を出発した。線路の両側には黄金色や赤色に染まった北上山地の山々が覆い、朝霧がうっすらと残る沿線では、畑作と林業、そして酪農を営んでいる人々を目にする。ところどころ見える、萱葺き屋根の家の煙突からは、薪を燃やした淡い煙がたなびく。昔ながらの日本の「里山」が、みちのくを走る岩泉線に残されているのだ。

岩泉線開通当初の終着駅・岩手和井内で感じる昭和の趣き

デアゴスティーニ編集部

朝一番の列車が岩手和井内を折り返して発車する。空が紫になる頃、車掌がホイッスルを鳴らした。

朝のひなびた風景の中を進むと、新里村最北の集落がある岩手和井内に到着した。岩手和井内は早朝に1往復運転する列車が折り返す駅であり、昭和17(1942)年に茂市から開通した当初の終着駅でもある。
昭和の趣きを感じさせる、美しい白色の木造駅舎の中は、無人となった切符売場に荷物輸送で使われていた秤がぽつんと置きざりにされている。待合室には、現在よりも多くの列車が記された痕が残る黒板の時刻表に、たった7本の発着時刻しか書かれていないホワイトボードが掛けられていた。ホームから構内を見渡すと、使われなくなった対向式のホームと引込み線の跡がある。かつて木材の輸送で賑わったことを物語るさびしい風景に、ひばりの声が響き渡った。

ホームまで降りて顔なじみの乗客を待つ車掌さん

デアゴスティーニ編集部

押角駅に着いた列車から車掌が降りて来た。樹木の合間を凝視すると、いつも乗る高校生がやって来た。こんな車掌の気配りが、なんとものどかな気持ちにさせてくれる。

岩手和井内を発車すると車窓から人家が見えなくなり、山裾と刈屋川の合間にある、猫の額ほどの場所に敷かれた径を進む。周囲は広葉樹とカラマツ林が続く風景になり、険しい坂を、気動車はエンジンを唸らせながら上り行く。いくつかのカーブを過ぎると押角に到着だ。
押角はまるで動物園の「おさるの電車」のようなかわいらしいホームがあるだけの駅。古枕木で組まれたホームの長さは、ちょうど1両分の長さしかない。そのホームには空転対策用の砂がタンクに貯蔵され、勾配のきつい路線であることを物語る。
押角駅を下りると、近くの国道までは人が1人渡れるほどの木造の吊り橋を渡らなければならない。「だれがこんな所から列車に乗るんだろう?」と思っていると、車掌さんがホームに下りて、じっと遠くの林を見ている。何を見ているのだろう…、と思って待つと、一人の学生が慌てて吊り橋を渡り、列車に乗り込んだ。どうやら岩手和井内方面に進んだところにある、1軒の家に住む学生のようだ。周辺に人家はこの家しかない。普通の鉄道では顔なじみの乗客がいるとしても、車掌がホームまで下りて確認することはないだろう。列車本数が少ないからこそ、乗客とのふれあいが守られているのか。都会の鉄道にはないやすらぎを感じさせる。

日本の高度成長を支えた製鉄業を陰から支えた押角駅

デアゴスティーニ編集部

水銀灯が灯る押角駅から、最終の岩泉行き列車が発車する。数人の乗客が峠を越えて家路へと向かった。

押角は、駅の北側に使われなくなったポイントがある。分岐していた先を見るとしばらく線路が延び、やがてヤマメの養殖場に至る。この養殖場の場所は、かつて押角がスイッチバックの駅であった名残りで、急勾配のきつい本線から、一度平坦となるよう作られていた。岩泉線の終着駅が押角だった頃、現在の岩手大川駅東南に位置する大渡では、釜石製鉄所で使われる耐火性粘土が採掘されていた。その粘土がトラックで押角へ運ばれ、貨物列車に載せ換えられて、山田線を経由し製鉄所へと運ばれていたのである。
日本の高度成長の中心であった製鉄所を支えていたなどとは信じられないくらい、今の押角は静まり返っている。

九十九折の頂上から望んだ紅葉のV字谷に輝く2本の鉄路

デアゴスティーニ編集部

黄金色に色づいた押角峠の絶景を行く岩泉線。日が差し込んでいる時間に走行する列車は、岩泉発宮古行きの朝の便、わずか1本だけである。

岩泉線に沿って走る国道は、押角から幅員が急に狭くなり、九十九折(つづらおり)の道で峠を越える。右に左にカーブが続き、ボンネット型の古めかしいトラックが、木材を満載にして峠往来する姿にも出会う。この道の頂上に辿り着く直前、眼下にはブナやカエデ、カラマツに覆われた錦の山並みに、銀色に光る線路が見える。ここからの眺めこそ、岩泉線一の絶景だ。
この線路に陽が差し込む時間、通過する唯一の列車は、岩手大川を朝8時18分に発車し、トンネルを抜けて押角へ向かう列車だ。険しい山の頂から、ようやく差し込んだ秋の朝日。赤から金へと織りなす色合いが、山影とのコントラストで強調される。列車がトンネルを抜けた瞬間、静寂が支配する景色をキハ52の汽笛が打ち破る。
2条のレールの上を輝きながら走る列車は、まるでスポットライトを浴びたバレリーナのようだ。ジョイント音を高らかに山々へ響かせながら、1日1回晴天のみの上映は、あっという間に幕を閉じた。
美しい紅葉を終え、晩秋になると落ち葉が線路を覆う。列車は時として滑り止めの砂を撒いても車輪が空転し、登れなくなる。そのため、盛岡運転所に常駐するDE10 1109が「落ち葉掃き列車」として運転される。ヒーターで熱した高圧温水を線路に吹きかけて落ち葉掃きに勤しみ、岩泉線は冬を迎えるのだ。

地域住民の貴重な足としての岩泉線

デアゴスティーニ編集部

三陸海岸に近い岩泉線は、降雪量は少ない。しかし、日が差し込む時間が少ない押角峠では一度降った雪はなかなか消えず、白く山々を彩る。

冬は全長2987mに及ぶ押角トンネルから始まる。山の湧水がトンネルの中でツララを作る。普通の鉄道であれば、1日何度も通過する列車の振動で折れるが、岩泉線では昼間の列車頻度が少ないため、晴れた日でも保線作業車でツララを割る作業が必要なのだ。
また、三陸海岸に近いため降雪量は少ないものの陽の当たる時間が少なく、一度降った小雪でもまるで砂糖菓子のように固まり、白い世界を壊さない。
トンネルを越えて岩手大川に到着すると、岩泉へ通学する高校生が多く乗り込む。朝に一度しかやって来ない列車でも、遠く離れた町唯一の高校まで、冬でも安心して通える。岩泉線は彼らの足として欠かすことのできない存在である。
本来三陸海岸の小本へと続く予定だった岩泉線は、国鉄の赤字が深刻となった頃から延伸工事が止められている。押角峠を越える国道は大型車がすれ違いできないほど未整備なため廃止は免れたが、利用客数の減少に歯止めがきかず、存続問題は議論されているようだ。
列車が終点、岩泉に到着すると高校生たちは足早に学校へと向かう。乗ってきた列車は、小本に向かう線路を置き去りに、すぐ茂市へ折り返す。「いつまで絶景を走る鉄道の姿が見られるのだろうか……」。そんな心配をよそに、キハ52はいつもの乗客を迎えに、押角峠へと走りつづけていた。

※この記事は、週刊『鉄道データファイル』(デアゴスティーニ・ジャパン刊)を基に構成したものです。

公開日 2013/11/11


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