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小海線 小淵沢〜小諸

【第28回】小海線 小淵沢〜小諸


中央本線の小淵沢から旧信越本線のしなの鉄道の小諸まで、78.9kmにおよぶ小海線。その風景は、標高1000mを越える高原から千曲川沿いの渓谷、佐久盆地の平地とさまざまであり、列車は美しい高原列車として名高い。また、かつてC56が活躍した面影を今なお残し、風情のある駅も多い。

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南アルプス・八ケ岳を望む車窓 高原の白樺の緑がまぶしい

デアゴスティーニ編集部

南アルプスを見ながら雄大な風景を行く小海線列車。主峰、甲斐駒ケ岳は2967m。列車は大きくカーブを描いて八ケ岳を仰ぎ、野辺山へ目指して上っていく。小淵沢の出発直後から高原列車のムードが満点だ。

中央本線の列車に乗り、甲府盆地から南アルプスを車窓に望んで進み、韮崎から七里岩を登り詰めると小淵沢に着く。この周辺はJR線では最も標高が高い地点。高原の趣で白樺や緑がまぶしいが、ここよりさらに高い標高を目指し、小淵沢からは小海線が出発をしている。小淵沢は大変に小さな町である。八ケ岳噴火の溶岩台地である七里岩の上に乗り、八ケ岳・南アルプスの山々、富士山を見ながら美しい自然と過ごしやすい気候に恵まれ、四季を通して旅人を誘う。
特急「スーパーあずさ」が新宿から到着すると、小海線の発着する4・5番線ホームはハイカーや行楽客で大混雑となる。シーズンともあって高原列車は大人気で、この先にも有名な清里や野辺山などの観光地もあり、乗換え客でいっぱいだ。
「おべんとうはいかがですか?」とおばちゃんたちの声。跨線橋やホームの特設売店では小淵沢駅の駅弁を永年「丸政」が熱心に販売している。小淵沢といえば「高原野菜とカツの弁当」が名物でイチ押しだが、もうひとつの魅力である丸政の看板駅弁「元気甲斐」を購入する。これもまた美味いのである。
乗り込んだ列車は臨時列車の野辺山行き。あまりの混雑ぶりに臨時ダイヤで増発された列車だ。ちなみに往路の特急「スーパーあずさ」の指定席は満員御礼。自由席は立ちっぱなし、ラッシュ並みで散々だった。しかし、そんな混雑も小淵沢の爽やかな風を感じると一気に吹き飛んでしまう。しかも爽やかグリーンのキハ110型のクロスシートに座り、大きな窓から太陽を浴びたら、すっかり高原モードで楽しい気分だ。

「元気甲斐」はテレビ番組発の美味しい創作駅弁

デアゴスティーニ編集部

これがうわさの駅弁「元気甲斐」。安西水丸の楽しい掛け紙を見ながら老舗の味を堪能するのがとても「グ〜!」。

列車は軽快なエンジン音を立てて小淵沢を出発。まもなく大きなカーブを描いて南アルプスを一望する。周囲には水田が広がり八ケ岳も美しい。ゆっくりと勾配を上り、甲斐小泉を目指す。可憐に咲く花々と雄大な青空、白い雲、甲斐駒ケ岳をはじめとするアルプスの頂……。小海線の車窓がワイドで一番美しいのもこの周辺だ。乗客たちも、しばし風景に見とれている。
さて、楽しい風景のあとにはお腹が空いてきた。先ほどの駅弁「元気甲斐」を食べることにしよう。この弁当はカラフルな掛け紙で親しまれているが、これはイラストレーターの安西水丸氏によるもの。「元気甲斐」は、かつてテレビ番組「愛川欽也の探検レストラン」で創作された2段重ねの豪華駅弁だ。
上段は京都の料亭「菊乃井」が胡桃入り鳥の炊込みご飯と、ぜんまいと揚げの胡麻酢合えなどのお惣菜を、下段は東京の味処「吉左右」が栗しめじ蓮根入りのおこわに鳥の柚子味噌合えなどを添えた老舗の風情で、「高原野菜とカツの弁当」とはまったく趣を異にする内容なのである。肝心の味の方であるが、これが美味い。同番組は昭和59(1984)年から3年間放送され、「元気甲斐」を含め「荻窪に新名物ラーメン店」や「地下鉄の駅弁」などを創作していたが、ほとんどが消滅。しかし「元気甲斐」は内容も秀逸で大ヒットし、現在でも小淵沢の定番駅弁として人気を集めている。今でこそ駅弁ブームで美味な創作駅弁は全国に数多いが、これら弁当の登場した放映時期における、この味の創作は、かなりハイレベルで、画期的な出来事であった。

JR線最高駅の野辺山へ 駅前には高原のポニーC56が

デアゴスティーニ編集部

野辺山のホームには、国鉄時代からここが最高駅であることを表す標識が立てられている。記念写真に、是非どうぞ。

さて、そんなグルメ駅弁の味に感動していると、列車は甲斐小泉を出発、上り坂を甲斐大泉へと向かう。八ケ岳、南アルプスなど山並みが美しい山梨県北杜市には多くの画家たちが集い、移住する人が多いという。手前味噌ながら、自身の知り合った元小学校の先生の画家も近くに画廊を持つ。旅をしながら美しい風景をスケッチ、点描し、画廊に住まいながら発表をしているのである。小海線の車窓はまさにその絵に描いたような風景が広がる美しい路線。緑と風が薫ってくる。
列車はペンションの建ち並ぶ清里に到着。大勢の観光客が下車をする。ソフトクリーム店などが立ち並び大賑わいだ。空気が澄んでいて気持ちがいい。
清里を出発すると標高を増し、キハ110型のエンジンも唸りっぱなしで力行。山の頂へと列車はよじ登っていく。山梨から長野県に入り、やがて標高1375mのJR線の最高地点に到達する。最高地点はそれを示す標識が立ち、周辺は出店があり観光地化。ちょっと趣に欠けるような気もするが……。以前は臨時の仮設ホームもあったが現在はゆっくり通過してしまう。ここからは下り勾配になり、列車は速度を上げ、軽快に走り野辺山に向かう。
野辺山は、JR線で最も標高の高い駅で1345mある。この野辺山を走り「高原のポニー」と愛称され、永く親しまれたのは「シゴロク」ことC56型蒸気機関車だ。C12型をベースに造られた可愛いテンダ型機関車で、そのスタイルは八ケ岳の高原風景によく似合っていた。特に最高地点付近にある小さな鉄橋を行く姿は有名で、昭和40年代後半のSLブーム全盛期には、八ケ岳をバックに走る姿を捉えようと、多くのファンが全国から訪れていた。
その頃の自身は小学校高学年。父と兄が撮影に出かけ留守番を強いられた苦い思い出があり、C56に対しては強いあこがれと同時に、悔しさと切なさにさいなまれていた。そのC56が、野辺山駅前に保存されているという。
C56 96。スポーク動輪が3つきれいに並び、続くキャブとテンダが見える。真横のプロポーションがものすごくスタイリッシュである。しかも同機は高原のツツジに囲まれ、気持ちよさそうに佇んでいる。30数年間の思いを込めてシャッターを切り、達成感を得る。ファインダー越しに見たC56はまさに可愛いらしく、当時なぜ人気が高かったのか、理由がわかってきた。
C56 96は昭和12(1937)年3月に稲沢機関区に配置後、釧路機関区に転属。戦後に本州に戻り、昭和25(1950)年8月に中込機関区に転属。小海線で活躍した。晩年は上諏訪機関区、長野運転所に配置され昭和48(1973)年6月に廃車。小海線沿線のSLホテルで余生を送ったが、同ホテルが廃業し、現在地に保存された。

八ケ岳と別れ現れる千曲川 犬が駅名標になった信濃川上

デアゴスティーニ編集部

ようこそ小海線へ。高原の風景が続く魅惑の路線は広い空がいっぱい。列車はのんびり走るので、ゆったり気分で各駅停車に過ごしたい。伴侶は爽やかなキハ110。

さて、そんなC56が絵ハガキになるほど有名であった、清里〜野辺山間の「小さな鉄橋」の名所であるが、現在は樹木の生長が著しく、鉄橋を見渡すことが不可能になってしまった。また、線路際には八ケ岳横断道路が縦走し、環境は大きく変化した。今は八ケ岳をバックにした写真のみが、当時の高原列車の走行風景を語り伝えている。
野辺山を過ぎると八ケ岳に別れを告げ、カラマツ林を抜けて山を下りていく。高原の情緒はこれでおしまいで、一気に千曲川の狭い谷底に下りる。標高はまだ高いのであるが、まったく風景が変わってしまった。
木造の駅舎と踏切のある信濃川上駅では、女性の委託駅員さんが出迎えてくれる。素朴な駅舎で使用されていない小荷物の受付け台と、出札窓口がある。待合室はもちろんきれいに掃除がされており、とても気持ちがいい。構内は広く、昔は貨物の扱いも行なっていたようだ。
駅名標はユニークなイラスト入りで、ここには1匹のワンちゃんが描かれている。信濃川上は有名な「川上犬」の産地なのである。川上犬は柴犬の一種で、ニホンオオカミの血統という言い伝えがある。毛の色は茶色、黒、白などで目の色は黒または茶色。川上村では猟犬として飼われていたという。絶滅の恐れがあり、長野県では天然記念物に指定もされている。
 「あら、可愛い! 何歳? オスかしら?」
犬の写真を見ながら、駅員のおばちゃんとお客さんたちが和気あいあいと談笑をしている。そういえば駅のあちらこちらに川上犬のスナップ写真が張ってある。お客さんは我が子のように(もちろんそうであろうが)愛犬のことを語り、延々と和やかな時間が過ぎていく。ともあれ、ワンちゃんが縁であれ、駅が活気づいてとても頼もしい。

山の中に「海」の駅が続く小海線 ハイブリッドの新車もお目見え

デアゴスティーニ編集部

山の中の海の駅、佐久海ノ口。八ケ岳噴火でできた湖が由来だが、小海線は同様に海を感じる駅名が多数ある。

信濃川上を出ると千曲川沿いの渓谷を列車は走る。右に左にカーブを描き、鉄橋も渡りスリル満点。キハ110型が小気味よくクリアする。佐久広瀬を過ぎ、佐久海ノ口に到着。小海線の路線名もそうであるが、山のただ中であるのに「海」の名称がなぜか付く。それは大昔に八ケ岳が噴火した際に、周辺には多数の湖や沼が存在(今でも現存するものがある)したことに由来しているという。小海線では、佐久海ノ口のほか、海尻、小海、海瀬と多数の海を冠した駅名がある。
そんな噴火した湖が駅名となった松原湖を過ぎると平地が開け、小海に到着する。小海線沿線では中規模な町で運転系統もここで分かれる。渓谷の風景も終わり、淡々とした平地が続く。
「ピュイーン!」と未来的な音を発してやって来たのは、ハイブリッドトレインのキハE200型。小海線に先行投入されたハイブリッド式鉄道車両だ。キハE200型はディーゼルエンジンとリチウムイオン蓄電池を使用し、モーターで走行するもので、発車時は蓄電池を使用し、加速時はディーゼルエンジンを動作させ発電機を動かし、蓄電池と合わせてモーターを回転させる。減速時はモーターを発電機として利用し、回生ブレーキとして蓄電池に充電する(ディーゼルエンジンでは排気ブレーキを併用)。
経済性が重視され、環境に優しい車両として注目を集め、小海線沿線でも「世界初」「省エネルギー・低公害・低騒音」などと謳った横断幕があちらこちらで見られ、にわかに盛り上がっている。しかし、技術面では先進的だが、車内の座席は一体成形品の安物で、座り心地は硬い。車体デザインも無機的で八ケ岳などの風景にはあまりマッチしていないように思う。もっとトータルなコンセプトで有機的で人間にやさしい車両が欲しい。同線の主役であるキハ110型が親しみや温もりがあり、利用しやすい優秀な車両であるだけに惜しまれる。
列車は田んぼや住宅の広がる風景を眺め、八千穂、羽黒下と過ぎていく。佐久平の盆地に入ると前方には浅間山が望めるようになる。同じ小海線でも、小淵沢や野辺山の風景とずいぶん異なることを実感する。住宅も多く、生活感も強く漂う。小さな停車駅のたびに、おばちゃんや学生たちがたくさん乗ってくる。

壮大なスケールだった佐久鉄道 中込駅に歴史を感じる

デアゴスティーニ編集部

広い中込駅の駅舎内。駅舎は戦後の改築であるが、開業当時の古い「小海線沿線鳥瞰図」が飾られていた。

小海線は、佐久鉄道という私鉄が小諸〜中込間を大正4(1915)年8月に開業させたのが始まりだ。佐久鉄道は壮大な夢を持ち、直江津、長岡、甲府を結ぶ中部横断鉄道を計画しており、買収も積極的に進められたが、第1次世界大戦の不況のあおりを受け、計画は頓挫。小海〜小淵沢間も国鉄線として建設が進められ、のちに買収。壮大な計画は夢に終わった。一方、国鉄線は小海南線、小海北線として建設が続けられ、昭和10(1935)年11月に全通開業し、小海線に改称された。
大きな町が近づくと中込である。古風な跨線橋のあるゆったりとした佇まいの駅で、佐久市の玄関駅。文庫本の置いてある待合室のある温かな駅舎が待っている。中込は小海線の列車の車両基地である小海線営業所がある駅でもあり、キハ110型がのんびりくつろいでいる。この車両基地こそ、かつて国鉄時代C56が拠点に伝統の中込機関区であり、中込運輸区を経て現在に継承されている。C56たちが待機した面影はよく残しており、煙や油の匂いが漂ってきそうだ。
次の滑津から5分ほど歩いたところはC56がもう1両保存されているという。場所は「旧中込学校」に隣接した「成地公園」。さっそく向かってみよう。
「旧中込学校」は日本で最古の洋風学校で国の重要文化財。当時では珍しいガラスを窓に使ったためギヤマン学校などとも呼ばれた、大変貴重な建造物である。そこにC56は休んでいた。C56 101。昭和12(1937)年三菱重工業製である。101号機は上諏訪機関区での活躍が有名で、晩年はゼブラ塗装が施されていたのが特徴であった。

乙女駅を過ぎ タイムスリップしたかのような街並みが残る終点・小諸へ

デアゴスティーニ編集部

小諸駅に終着した小海線列車。しなの鉄道の169系、アルパインブルーの115系がきれいに顔を揃える。旧信越本線の拠点駅としての名残を感じ、列車到着時には往年のような賑わいを見せる。

再び小諸へ進もう。列車は佐久平のただ中を軽快に走る。ローカル線の色は薄く、市街を走る列車の感が強い。朝夕は列車の本数もかなり多い。岩村田を過ぎると1kmほどで高架線となり佐久平に着く。長野新幹線との接続駅で、駅の周辺はスーパーモール街が新しく形成されていて、多くの人が買い物などで集まっている。
列車は終点も間近で、第三セクターの旧信越本線、しなの鉄道に併走。何ともロマンチックな駅名の乙女に着く。小さなホームと待合室があるだけの無人駅だ。この乙女、もともとは遠くまでよく見えるという、「大遠見(おおとおみ)」がその由来のようだが、駅名に惚れ込んで(?)途中下車する旅人(乙女も)は多そうで、待合室には旅の記念のノートが設置されていた。
黄昏の中、列車はラストスパートをする。東小諸を過ぎて間もなく終点の小諸に到着。小諸城趾である名勝「懐古園」(ここにもC56が保存されている)のある城下町、小諸市の玄関駅であるが、新幹線が通らないためか駅前は閑散とし、タイムスリップしたかのような街並みが迎えてくれた。

公開日 2015/04/30


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