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土佐くろしお鉄道阿佐線

【第30回】土佐くろしお鉄道阿佐線


四国鉄道回廊の大構想が残した新線、土佐くろしお鉄道阿佐線は、「ごめん」と「なはり」を結ぶ地域密着路線というポジションを獲得するまでに成長した。
そして沿線の随所で見られるオーシャンビューは、歴史を巡る土佐街道へと旅人を誘う、水先案内人ともなっている。

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早苗がそよぐうららかな田園の午後を新幹線が駆け抜けそうな高架橋が跨ぐ

デアゴスティーニ編集部

夜須駅には「道の駅やす」や「ヤ・シィパーク」の愛称を持つ海水浴場を備えた観光施設が隣接している。線路の近くには背の高い椰子が幾本も立ち並ぶ。そんな南国風情豊かな町中も、今様の鉄路なら高架橋でひと跨ぎだ。

後免から土佐くろしお鉄道線へ入った列車は、左に大きくカーブすると見る間に高度を上げて、南国市から香南市へと続く土佐の市街地を低空飛行ですり抜ける小型ジェット機のごとく、軽快なジョイント音とともに駆けて行く。両側に防音壁が続く近代的な高架線の上で、乗車率7割ほどの車内に佇んでいると、まるで大都市近郊の通勤路線のような錯覚を覚える。
香南市内の主要駅・のいちを過ぎると、行く手はなだらかな下り勾配になる。そして国道55号線のバイパスを潜った先には田園風景が広がる。穏やかな陽射しを反射してきらめく水面の表情をはじめ、犬を連れて径を散歩する人影や、踏切近くに祀られた水神様のささやかな祠の位置までがわかる距離に来ると、鉄路が俄然、地域の生活と深い繋がりを持っているかのように感じられる。
南国土佐の春は、早く明るい。その温暖な季候風土に、高知県が日本では数少ない水稲の二期作地帯であることを社会科の授業で学んだ遠い日の記憶が、目の前の風景と同調する。日本の農業政策の下で減反が推進されて久しい今日、よもや当地の田んぼで年2回の収穫がなされているわけでもなかろう。
しかし、少し山間部へ入れば桜の花見はまだこれからという時期に、早苗はしっかりと区画整理された圃場に行儀よく隊列をなして歳時記を詠っている。列車に乗り込んでから10分あまりが経ってにわかに出現した、そんな早回しの農村風景が、「高知へやって来たのだ」という想いを揺り起こしてくれるのだ。

百年余りも温められてきたルートが第三セクター鉄道として実を結んだ

デアゴスティーニ編集部

がっちり造りの高架区間を走る特別仕様車の9640型1S。その光景は遊園地のアトラクションのようでもある。

低い築堤が、新緑を見せる竹薮で蔽われた日吉神社の建つ小高い丘の麓へ回り込むと、線路は再び高架となった。ここからしばらく、安芸へ向かって伸びる線路のほとんどは、再びコンクリート橋か高い築堤の上だ。そこを走るは平成14(2002)年製の軽快気動車である。非電化単線の仕様を差し引いたとしても、路線の姿は「近代的高速鉄道」という印象を強く受ける。
阿佐線は、四国における最も若い鉄道だ。しかし、営業線として今日の姿が現実のものとなるまでには、多難な永い歴史を刻んできた鉄路でもある。徳島県の南端部に位置する牟岐から室戸を経由して、高知県下の後免を鉄道で結ぶ構想は、大正時代より立案されていた。昭和40(1965)年には、ようやく安芸から田野に至る区間で建設が着工されるも、時を同じくして国鉄の経営状態は悪化の一途を辿り出した。すると地方に計画された新規路線は、真っ先にその煽りを食うかたちで、工事の進捗は先細り傾向となる。昭和56(1981)年には国鉄再建法の下で、阿佐線の工事も凍結された。
しかし、高知県下の鉄道網拡充を図るべく、県が主体となった土佐くろしお鉄道株式会社が昭和61(1986)年に設立され、阿佐線と同じく県下で建設途上の鉄道路線であった宿毛線とともに、事業運営に乗り出した。宿毛線は既存路線である中村線の延長上にあることから先行して建設が進められ、平成9(1997)年に開業を迎えた。

高知の近郊路線として固定利用客を獲得し、良好な経営状態に

デアゴスティーニ編集部

背もたれの高いクロスシートは、多くの車両に共通のちょっと豪華な設えだ。普通列車でゆったり気分を味わえる。

宿毛線には現在、JRの特急列車が中村、宿毛まで乗り入れていることからもうかがえるように、高知市と県の西端部を結ぶ主要交通という役割を担っていた。それに対して阿佐線は、高知近郊の町・後免から約40kmを結ぶ計画であった。「自動車躍進」という風潮の時代にあって、新たな鉄道を敷くという「微妙な位置づけ」が、建設を遅らせたのかも知れない。
それでも、土佐浜街道に沿った路線の建設は続けられ、平成14(2002)年7月1日に「ごめん・なはり線」の愛称を掲げて開業した。社線から土讃線高知駅へと乗り入れる列車も多い阿佐線は開業からほどなく、高知の近郊路線として固定した利用客層を獲得。その結果、数ある第三セクター鉄道の中で、良好な経営で推移する数少ない路線のひとつとなったのである。

当線自慢のオープンデッキ気動車 風の散歩道を見て触れて堪能する

デアゴスティーニ編集部

列車に乗りながら沿線の空気を楽しむには、1S、2Sに設けられたオープンエアの側面デッキは、とびっきりの特等席。

夜須から長めのトンネルを2つ抜けたところで、列車の海側側面に設けられているデッキへ出てみた。潮風を頬に感じながらのひと時が気持ち良い。手前には、かなりの歳月にわたって浜を守り続けてきたであろう、背の高い松並木が続いており、その先にある荒波打ち寄せる太平洋さえも、極めて日本的な風景と目に映る。
ゆったりとしたリズムを奏でる気動車は、和食、赤野と海辺の小駅に停まっては、数人の乗客を拾っていく。青と緑で描く清々しき情景。「いいねぇ、ニッポンは……」。などと流れ行く風景に酔っていると、風切り音に混じって「まもなくトンネルに入りますので、ご注意ください」とのアナウンスが聞こえてくる。構わずデッキに立ったままでトンネルへ突入すると、周囲が暗闇に切り替わったと同時に強烈な風圧と轟音が来襲し、それまでの転寝気分をかっさらっていった。
車両の後部にデッキが設けられたタイプの展望車であれば、列車に沿って流れて行く風の影響を受けることは少ないのであろうが、今のように車両の側面に張り付いているのと同じ状況では、そうもいかない。一気に吹き込んでくる風を体一杯に受け止める感触は「痛い」。

トンネル進行中は遊園地のアトラクション風のスリルを味わう

デアゴスティーニ編集部

安芸は阿佐線における中核駅的な存在だ。構内には運行本部が設置されており、車両の検修施設なども集約している。

「早くトンネルを抜けてくれ……」。デッキに居座ったことを少し後悔しつつ、少し車内の方へ身を引いてみる。しかし、トンネルは思いのほか長いうえに、緩いSカーブを描いているので出口から差し込んでいるはずの光も見えず、もどかしい。
それでも、轟音の只中で楽しそうに記念撮影に興じているカップルと、隣り合わせでデッキにへばり付いていると、いきなり視界が広がって海沿いの道となった。トンネル手前の高架部分よりも数段低い位置を走るので、波打ち際がすぐ近くにあるかのように映る。こんな具合に展開する絶景と闇との交錯により、まるで特別仕様の列車に遊園地のアトラクション風なスリルを味わえるのである。
しかし、球場前駅の近くで、安芸に向かって最後のトンネルを抜けると、今度は瓦屋根見渡せる町の風景に一変。同時に「日常へ帰って来た」という想いが込み上げる。短い息継ぎをしただけで、25mの潜水を数回繰り返したような空虚な気分で、黒い大屋根が凛々しい安芸駅の構内へと吸い込まれて行った。

安芸駅で人も列車も入れ替わり まっさらの新線区間を奈半利へ向かう

デアゴスティーニ編集部

土佐勤王党二十三士の墓がある田野。道の駅と一体の駅前広場では、志士をイメージした「たの いしん君」がお出迎え。

安芸止まりとなるオープンデッキ車から、ホームへ降りて接続時間を確認すると、奈半利まで行く列車は30分ほどの間隔がある。線内で列車が運転される頻度は、後免と安芸の間が概ね1時間に2往復なのに対して、安芸から奈半利にかけては早朝を除くと1時間に1往復。安芸から先は海岸線と急峻な山塊の狭間に作られた小さな集落を結ぶ区間がほとんどで、鉄道の利用者数も「それなり」ということになるのだろう。安芸が、阿佐線の開業以前にも鉄路の終着駅である一方、奈半利までは、ようやく日の目を見た区間だ。
早くも「1日の勤め」を終えて側線に佇んでいるオープンデッキ車を眺めているうちに、高知から快速列車として運転されてきた奈半利行き列車がホームに入ってきた。ほぼ満員の車内から、乗客のほとんどが降りる。そんな状況から、この先はやはり閑散区間なのかと思っていたら、安芸からもそれまでの乗客と入れ替わるように、かなりの利用者があり、単行の小さな気動車の席は数人の立客が出るほどに埋まった。

車内から見えるオーシャンビューは南国らしい大らかさを醸す

デアゴスティーニ編集部

安芸は阪神タイガースが春期キャンプを張る町。土佐くろしお鉄道では9640-10をタイガース色にラッピングし、チームの応援にひと役買っている。平成21(2009)年には真弓明信新監督の就任に伴い、約50万円かけて内装を刷新した。

マイペースでゆっくりと列車に乗り込むおばあさんの姿を見届けると、列車は心地好い加速でホームを離れる。すぐに安芸川を渡ると、前方の視界が開け、車窓の北側には町を取り囲む山並が見渡せる。山の稜線付近まで畑が耕され、点々と民家のある様子は、いかにも四国らしい。
斜面がミカンの木で埋まる南国の里山が近づいてきたところで、車窓の反対側は再び海岸通りの風景となった。夜須から安芸までの沿線が風光明媚な海岸線であったのに対して、こちらは線路と波打ち際の間に畑や民家が目立つ生活感の漂う風情だ。おまけに決して長い距離とはいえないオーシャンビューの間にトンネルがあるので、車内から黒潮の流れを愛でるにはちょっとした集中力も必要だ。
そんな海原も、沿線の駅名では唯一、直接的に海を連想させる唐浜の手前でカーブすると、見る間に視界から姿を消していく。代わって線路界隈を取り巻くのはビニールハウスの反射光が眩しい畑作地となる。駅の周辺も元を正せば、同じような畑であったのだろう。駅前はプラットホームの10倍はあろうかという広さのロータリーがゆったりと造られており、その一部はパークアンドライド用の無料駐車場になっている。人影のない駐車場は、車社会の中に鉄道が共存すべく差し伸べている掌と映る。
さあ、ここまで来れば、行手に立ちはだかる山をトンネルで抜いて、奈半利までの所用時間は10分とかからない。
終点ひとつ手前の田野駅からは、幾度目かの高架橋区間となる。駅前には道の駅があり、つい先ほどまでの農村風景とはまったく趣の異なる観光地らしい喧騒だ。
そんな中、田野から奈半利へと続く町の中空をフワフワと滑るうちに、列車は終点奈半利へ到着した。高架橋の延長上のようなホームから、改札口の横に造られた展望デッキへ出てみると、田野方から辿って来た路を見渡せる。若干の起伏を伴った線路の姿には、奈半利を途中駅として、さらにその先へと足を延ばしたがっているかのように見えると同時に、南国らしい大らかさがあった。

※この記事は、週刊『鉄道データファイル』(デアゴスティーニ・ジャパン刊)を基に構成したものです。

公開日 2015/07/01


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