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東京地下鉄東西線 東陽町~西船橋

【第33回】東京地下鉄東西線 東陽町~西船橋


都心と千葉北西部を地上で結び、大きな鉄橋を渡るゆったりとした地下鉄路線、東西線。吊り手につかまる朝のラッシュに疲れたら、東西線での途中下車がいいかもしれない。沿線はマンションや住宅ばかりかと思ったら、豊かな自然や人情がたくさん残っていた。

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たくさんの地上区間を走る 首都圏の主要地下鉄路線

デアゴスティーニ編集部

旧江戸川を鉄橋で渡る東西線。境川がここで合流する。釣り船、屋形船、遊漁船……。水路には今なお変わらず船が多く、跨ぐ鉄橋にも、やはり変わることなく毎日電車が通過する。

「こんな天気のいい日はこうして風に吹かれているのが一番だね。今の時期はスズキだけど、これからはアナゴ。まあ、こっち来なよ。あんたも一杯やれよ」
元漁師だという肌の黒く灼けたオヤジさんは一日中のんびりと釣り糸を垂れている。青空にぽっかり白い雲。潮風が心地よくて、裸になってゆっくり着替えて煙草に火を点けた。
そんな時間の流れとは対照的に、忙しそうなビジネススーツを乗せた電車が鉄橋を渡る。
「ガガンガガン、ガガンガガン……」
東西線は地下鉄ながら、地上区間を走る区間がとても多い。走る車両も従来からのステンレスボディの5000系、中核を成すアルミの05系車両に加え、乗り入れるJRのE231系800番代、東葉高速鉄道の1000系、2000系と賑やかだ。ちなみに、東西線のラインカラーであるスカイブルーは、そもそも煙草のハイライトの色をヒントにしたそうだが、近年の05系車両はより青味を増して、鮮やかな空色になった。まるで青空の下を思い切り走る、地下鉄東西線の現状を体現するかのようなカラーリングである。

千葉浦安……ここは元漁師町 駅前には「やき蛤」の看板も

デアゴスティーニ編集部

こんな看板、地下鉄駅から徒歩1分のところにあり。

東陽町を出発した電車はJR越中島貨物駅の横の深川車両基地へのトンネルを通過し、南砂町駅を勾配で上ると一気に地上に出る。ここは東京都江東区、そしてすぐに荒川、中川をトラス橋で渡り西葛西へ。ここではすでに、それまでの地下鉄電車の感覚は一切なくなる。太陽が眩しくて、アルミやステンレスの電車のボディがギラギラと輝いている。快速電車が100km/hで通過する。
西葛西から直線で進んで行くと葛西に到着。ここには待避線があり、快速の通過待ちもある。ちょっとのんびりしたところで、電車は再び直線で走り出して、例のオヤジさんが釣り糸を垂れる浦安の鉄橋を「ガガン、ガガン……」と渡るのだ。車窓には葛西臨海公園の日本最大級、直径111mの大観覧車が右手に見える。東京ディズニーシーのプロメテウス火山も一瞬、顔を覗かせる。
浦安は元来、漁師町だ。埋立てが進む前までは、すぐ目の前が海。駅前には「やき蛤」の看板もあり、おばちゃんたちが水揚げされた蛤を串に刺して加工をしている。
「今じゃほとんどが外国産。浦安のは小さくてお味噌汁に入れるくらいかしら。だけどね、美味しいよ」
埋立てが進み、漁業権の放棄もあり、町は刻々と変化を遂げていったが、現在も浦安駅前の堀江、猫実、当代島の3つの町は、漁師町の面影が色濃く残る。東西線が江戸川を渡る直後に水門がある境川は、漁師町・浦安のシンボル。かつては境川から勇ましく漁船が海に向かって出航していった。今では船宿などの船溜まりがあり、釣り船がたくさん停泊している。
近くには銭湯があったり、子犬が昼寝をしていたりと、穏やかな時間がある。駅の北側にある浦安魚市場は、一般小売りもしている魚の卸売市場、潮の香りと活気に溢れている。朝がピークなのは、やはりいかにも漁師町。東西線のラッシュも朝がピークで同じなのは妙な気もするが、こんな光景が毎日くり返されるのが東西線、なのである。

鉄道のない古い町へ 高架鉄道を延伸開発

デアゴスティーニ編集部

東西線の主役はなんといってもアルミボディの05系だろう。颯爽と走るその姿とその町並や風景……。スカイブルーのラインカラーはやはり、東西線によく似合っている、そんな気がする。

さて、東西線の東陽町〜西船橋間とは、厳密には都市交通審議会第5号線「東陽町から船橋方面に向かう途中経由地を浦安、行徳とし、西船橋で総武線に接続させる」といった内容で整備された路線である。
東西線は昭和39(1964)年に高田馬場〜九段下間、昭和41(1966)年に中野〜高田馬場間、九段下〜大手町間が開通。続いて、当時の国鉄中央線と荻窪まで相互直通運転を開始、昭和42(1967)年には東陽町までを開通させた。さらに、ここから西船橋まで延伸を図り、総武線との直通運転もしようという計画が行なわれた。この区間、かつては行徳街道、成田道などがあり、江戸時代より行徳で精製される塩の輸送、成田参詣客などの交通の栄えた場所であったが、総武鉄道(現・総武本線)などから離れ、鉄道開通後は寂れてしまったところ。ここに全線立体交差の高架鉄道を建設することになった。途中駅は南砂町、葛西、浦安、行徳、原木中山で、最高速度は100km/hとして快速運転も行なえるよう、葛西と原木中山に待避線を設けた。そして、昭和44(1969)年3月29日に東陽町〜西船橋間が開通し、東西線はひとまず全線開業をする。この時点での東西線をとりまく環境は、その後の宅地開発などによる今日の姿とは、まだまだ程遠いものであった。

温かさと人情の残る 古き良き行徳の町

デアゴスティーニ編集部

趣のある成田道の入口。かつては物品の輸送や成田参詣の旅人で賑わった交通の要所としての顔を持っていた。

電車は南行徳、行徳と高架線を駆け抜けて行く。周辺はマンションなどの建物ばかりのようにも見える。しかし、しっかりと横方向に目を向け、開閉可能な窓であれば開けて風を感じてもらいたい、と思う。きっと、途中駅の改札を抜け出したくなる。
妙典は平成12(2000)年1月に開業したばかりの新しい駅で、それまでの信号場にホームができて「駅」となった。もともと駅ができる構造であったので、あっという間に完成を見た。
まだまだ新しい駅の改札を出て、海とは反対の方向に歩いてみる。すぐにひっそりとした佇まいとなり、子どもたちの歓喜の声が聞こえる行徳小学校がある。郵便ポストが建っているコンビニの曲がり角、古い造りのお米屋さんがある風情ある道は、かつての成田道。江戸時代には、成田山にお参りに行く旅人がここを往来したという。
行徳バイパスを渡って寺町通りに進むと、そこはまさに「寺」ばかり。400年近くの歴史を誇る徳願寺をはじめ、由緒ある寺院が多い。突き当たった旧道は江戸時代に整備された行徳街道だ。これを左に進み、行徳駅方面に歩いてみる。狭いが、由緒ありげな交通路としての貫禄が感じられる。古い家並み、屋敷、石積みの蔵……、路地に入れば大銀杏のある、お宮様もある。
旧道に沿って流れているのが旧江戸川でかつてはこの水運を使って江戸、そして明治時代は蒸気船が東京と行徳を結び、旅人は行徳で休み、成田参詣に赴いたのである。そんな華やいだ時代を偲ぶ「常夜灯」が、旧船着き場の辺りに残されている。そういえば、幻の成田新幹線は地下鉄東西線に平行して建設される予定だった。

行徳の本来の中心 本行徳を歩く

デアゴスティーニ編集部

本行徳を歩くと、どこか懐かしい風景がそこかしこにある。

少し路地に入ると住宅街、だけど神社仏閣が混在して犬や野良猫がお出迎えしてくれる、気持ちのいい町である。旧道に平行する小道は「権現みち」と呼ばれていて、どうやらそこは、徳川家康が東金へ鷹狩に行く際に通った由緒ある道筋だという。さらに沿う「内匠掘」と呼ばれる川(現在は蓋のされた暗渠だが……)は、元和6(1620)年に完成させた鎌ケ谷から浦安に通じる古い掘で、農業用水として利用され多くの水田を潤したという。
「昔はよく泳いだものよ〜。メダカもアメンボもいてね。水もきれいでねぇ」
近所のお肉屋さんで揚げたてのハムカツとチキンカツを頬張っていると、おばちゃんが教えてくれた。
「そうそう。この辺は見渡す限り田んぼでさあ、その中に東西線の高架線がずっと続いていたんだよ」
旦那さんも懐かしそうに話す。仲のいいご夫婦はお2人とも行徳生まれの行徳育ちだ。
本来の行徳の町はいわゆる行徳駅の周辺ではなく、このお肉屋さんのある「本行徳」がそうなのである。
東西線の5000系電車が奏でるカン高い走行音が、路地に吹く風に乗って聞こえてくる。
「コォ〜……、タタン、タタン……」
行徳は東西線の町でもあるのだ。

まさに自然の宝庫 江戸川鉄橋とその周辺

デアゴスティーニ編集部

風に吹かれてのんびりと、釣りでもしながらゆっくりと。ペットボトルに水を入れて、ちょっとの間、寝ころんでみれば、走ってくるのは東西線。爽やかなスカイブルーと河川敷を彩る緑が優しい時間を演出してくれる。

コンビニのあるポストの曲がり角に戻り、成田道を進んでみる。
道は途切れ、そして大きな江戸川放水路へと辿り着いた。雄大な東西線のトラス鉄橋がある。長さ506.5mで両端をプレートガーダー、中央部をワーレントラス橋とした美しい鉄橋である。
この東西線の鉄橋の上流部には江戸川放水路の可動堰があり、鉄橋周辺は海水と淡水が混じり、干潟も現れる。自然が多く残されていて魚介類も多く生息し、それらを食べにユリカモメ、マガモ、オオヨシキリなどの野鳥もたくさんやってくる。海と同じで、潮の干満で干潟が現れたりするのがおもしろいところだ。なにしろ海と川の生き物、砂浜、土手の緑、そして青い空と青い鉄橋、そこを渡る東西線の青い電車が走っていて、子供たちはもちろん、大人にとっても楽しい時間がある。さらに鉄橋のたもとからは急カーブで車庫に入る線路が分かれ、その先は行徳検車区があるから、土手の上から「昼寝」をしている車両たちをゆっくりと眺められる。加えて夏は潮干狩り、秋はのんびり歩いて遠足、正月は凧上げ大会……。地元の小学生も誰もが江戸川のこの鉄橋近くで遊んでいる。
土手に寝転んだら眠たくなってきた。トラス橋を轟音で走るアルミボディが太陽に輝いてカッコよかった。

妙典から西船橋へ 総武線と合流すればゴールは間近か

デアゴスティーニ編集部

東西線自慢の駅待合室。エアコンが効いていて快適。

再び妙典駅に戻って、一気に西船橋までラストスパートだ。ここ妙典をはじめ、東西線の東京地下鉄の地上駅にはホーム待合室がある。冷暖房を完備した清潔な座席を用意していて、とてもサービスがいい。東京地下鉄の駅は地下駅もそうだが冷水器と水道設備が必ずあり、利用者へのサービスが行き届いている。利用者や街、駅と鉄道が親密になれるのが一番! そんなことを思いつつやってきたのは、その勇姿を見れるのも残りわずかとなった5000系車両だった。ふかふかの椅子は高級感に溢れ、ドイツ生まれのミンデン式台車は安定感があって乗り心地も抜群。そして、主制御器を搭載している2、4、7、9号車の5200型車両は、「ドコドコドコ……」とカム軸モーターの回転と接点との接触が床下で響き、まるで和太鼓の連打のようだ。W-N式カルダン駆動のカン高いモーター音もミックスされて、一時代のカッコいい高性能電車を感じさせてくれる。やはり、引退は寂しい。
軽快に飛ばして車体を右に傾けながらカーブを切ると総武線と合流。間もなく終点の西船橋に到着だ。

※この記事は、週刊『鉄道データファイル』(デアゴスティーニ・ジャパン刊)を基に構成したものです。

公開日 2015/09/28


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