ホビー好きが集まる、ホビコム by デアゴスティーニ

上越線 水上〜石打

【第51回】上越線 水上〜石打線


上越線は、新幹線開通までは多数の列車が24時間走り続けるエリート幹線だった。特に水上〜石打間は上越国境と呼ばれ、長い清水トンネルを挟んで列車たちは国境越えに挑んでいた。北陸新幹線長野駅─金沢駅間開業以前に旅した記録をお届けする。

ブラボー0 お気に入り登録0   ブラボーとは


迎える普通電車は115系3連 長い構内は持て余し気味

デアゴスティーニ編集部

長い有効長を持つ水上で出発を待つ115系。上越線は堂々たる長い構内の駅ばかりなのだ。

早朝の新幹線を乗り継ぎ、水上で待っていたのは白を基調にグリーンで配色された新潟カラーの115系1000番代。わずか3両編成だった。夜行列車を除き、上越国境を横断する定期列車は優等列車を含めて、1日わずか5往復の普通列車しかない。
上越新幹線開業前夜までは、181系が最後まで活躍した特急「とき」14往復が東京〜新潟を結び、ほかにも北陸特急の「はくたか」、秋田への「いなほ」。急行「佐渡」「よねやま」などが多数走っていたことを思うと隔世の感がある。大動脈としての座は新幹線に譲ったものの、それにしても列車本数が少なすぎる。複線の線路を固守する上越国境を「単線」にして清水トンネルを潰すというちょっと暴力的な話も聞くが、それでも廃線になるよりはまだましなのか……。

最急20‰の勾配が連続する群馬、新潟県境の上越国境

デアゴスティーニ編集部

上越国境を行く山手線電車?…… 水上〜湯檜曽間でEF64型1000番代が牽引するのはなんと山手線用のE231系11連。新津車両製作所から新製回送される配9772列車がその正体。突然の白日夢は一瞬のできごと。

水上を出発した後、途端に空気が何か変わったことを感じる。上越国境と呼ばれる水上〜石打間は、群馬、新潟県境に横たわる谷川連峰を挟み、最急20‰の勾配が連続する。勾配の数字自体は碓氷峠や板谷峠に比べれば大したことはないかもしれないが、20‰に抑えて設計されたということは、それだけ上越線が位の高いエリート幹線という証でもある。
しかし、鉄道にとっては急勾配。115系1000番代はモーターを連続的に唸らせながらしっかりと上っているのが分かる。かつてはこの勾配が続く水上〜石打間にEF16の補機が貨物列車や旅客列車などに連結されていた。水上を出発した列車は2両の機関車がモーターを唸らせ、さらに汽笛合図で出発、進段、ノッチオフなどのタイミングを機関士がお互いに知らせ合って運転をしていた。上越国境特有の厳かな儀式であった。
現在はEF16や汽笛合図を行なう列車こそないが、水上から、ぐっと負荷のかかるモーターの連続的な響きと、サミットを目指してひた走る115系1000番代の列車全体に、そんな時代からの緊張感がたっぷり感じられるのである。また、有数の豪雪地帯でもあり、その対策として線路脇に「流雪溝」と呼ばれる側溝も見られ、架線柱の幅も除雪列車が通れるよう広がった。ビームが緑に塗られているのも上越線の特徴である。

湯檜曽駅上りホームから味わうループ線の仕組み体験

デアゴスティーニ編集部

湯檜曽駅の下りホームで新清水トンネル進入を見る、の図。手前は全部ホームである。

列車は新清水トンネルに突入し、すぐに湯檜曽に停車する。トンネル内に長いホームがある珍しい駅だが、これは下り線のみで上り線は外。さらに20‰勾配の「ループ線」があり、ぐるりと輪を描くように線路を一周させ、距離をかせぐことで勾配を克服しているのだ。上りホームに佇むと、山の中腹に姿を現した列車がループトンネルに入り、やがて目の前に下りてくるループ線の仕組みが体験できる。
20‰のループ線があるほど勾配の険しい路線、といわれるが、上越線は最急勾配を20‰に抑えるためのループ線、といった方がふさわしい。やはり、最急勾配をなるべく抑えて設計されたエリート幹線なのである。
再び115系に乗って新清水トンネルを進む。ここは上り線に対し勾配は8‰とさらに抑えられ、115系は喘ぐこともなくあっさり上っていく。同じ電車ながら181系特急「とき」が現役だった頃は息も絶え絶えに、苦労しながら必死に上っていた。疲労困憊のまま、上野(東京)〜新潟間を休まず走り続けていた。

特徴あるトンネルのモグラ駅 驚愕の462段の長い階段

デアゴスティーニ編集部

土合駅の階段。改札口との連絡は462段の階段を昇り降りする以外に方法はない。駆け込み乗車はおやめ下さい。

列車が減速をするとポイントを渡り、トンネル内に長い構内を持つ土合に到着。駅舎とは70.7mの標高差がある地下にあり、地上までは462段、338mの階段を上らなければ出られない、バリアフリーが叫ばれる現在では考えられない構造の駅である。駅舎までは休憩なしで上っても10分かかる。
下車するのは山男やハイカーばかりなのでウォーミングアップにピッタリなのだが、土合駅を利用しているおばちゃんの話では「上りは電車。下りは路線バスを利用する」とのこと。エスカレーターもエレベーターもないのは環境に優しすぎだ。この通路は元々新清水トンネル建設時の斜坑を利用したものだという。土合は現在無人駅だが、有人の頃は発車10分前には下り列車の改札を締め切ってしまい、市販の時刻表にもその旨が書かれていたほど。
再び普通列車に乗り新清水トンネルを進む。サミット(「新茂倉」と呼ばれる)にはレベルで複線分の用地があり、ここから3‰の下り勾配に変わる。上り線は清水トンネルが平行するが、勾配も標高も異なる。サミットには茂倉信号場があり、単線時代は多数の列車が交換をしていた。駅員も常駐し、「夫婦2人でトンネルに潜って、3人で出てきた」などのエピソードがあるほど勤務の苦労が絶えなかった区間。しかし、それほど多くの列車が行き交う要所であったのだ。
列車は下り勾配を抑速ブレーキを使って駆け下りる。モーターが盛大に唸るが、高速で一直線に下りる安定した走りと軌道は、さすがに第一級幹線。上越線を「ローカル線」なんて形容しないでほしい、と思う。

小説「雪国」に描かれた土樽駅と上越線は風格たっぷり

デアゴスティーニ編集部

土樽〜越後中里間の毛渡沢橋梁を行く1732M。清流と緑が美しい自然の宝庫だが、豪雪地帯でもあり冬期は白一色に埋もれる。勾配も休まず続き、この先に「松川ループ」がある。

スピードが落とされるといよいよ新潟県だ。県境は実際には新茂倉で越えているのだが、表に出るのははじめて。「国境の長いトンネルを抜けると雪国であった」で知られる川端康成の小説「雪国」の一節は清水トンネルを謳ったものである。「汽車は信号所に停まり」とは土樽駅のことであり、「夜の底が白くなる」ほど冬期は本当に天候が激変する場所だ。トンネルを抜けると、水上で青空の快晴だったのが、土樽では猛吹雪で車窓が白一色となり、乗客が一斉に歓声を上げたのを思い出す。長い有効長の立派な構内は下り本線で約500mほど。ここで初めて関越自動車道が平行してくる。駅前がすぐに防音壁と道路で景観も台なしなのだが、意外と気にならないのは土樽駅と上越線が風格たっぷりで、ヒヨッコの関越道のスケールがあまりに小さく感じるからだろう。
さらに勾配をセミループで下り、越後中里、岩原スキー場前と、土樽から続く約20‰の勾配を下り続けると、新幹線の高架橋も見えてくる。緩い弧を描くように走る上越線に対し、直線的に縦断してくる関越道と新幹線のコンクリートの高架橋。今まで続いていた国境の空気感と秩序が一気に変わった。ようやく、上越線に現実に何が起きているのが理解することができた。

「はくたか」が駆ける新時代へ 上越線は不滅のエリート幹線 

デアゴスティーニ編集部

「はくたか」のメインは681系。西日本のイメージでなんとも上越線らしくはないのだが、カッコいい。

国境越えの旅を越後湯沢で終わらせ新幹線で帰るのもいい。しかし、上越国境に訪れたからには、その終端である石打まで乗車したい。ラストスパートで再び115系で石打に向かうと、まだ多数の電留線のある長い構内が迎えてくれた。20‰の勾配はここで終わり、以降は10‰に緩くなる。かつて補機はここで切り離され水上に折り返した。電留線のある長い構内はその名残りである。
EF16が待機した駐泊所には現在、真新しい車両庫が建てられていた。越後湯沢から新幹線に接続し、六日町から北越急行経由で金沢を結ぶ特急「はくたか」の1編成が深夜に駐留するという。上越線への視角が「懐しさ」から「新しさ」に変わる瞬間でもあった。
タイミングよく目の前を金沢行きの681系「はくたか」が颯爽と通過する。しかも9連と、今どきの列車にしては十分に長い。列車のまったく来ない上越線の姿に幻滅するのはまだ早いようだ。
「上州と越後を結ぶ」から名が付いた上越線。整備新幹線の並行在来線が廃止される昨今。そんな区間に本当に新幹線が必要なのか? という議論を置いておいても、在来線は永久に幹線であることが、全国にしっかり結ばれた上越線のレールから伝わってくる。

※この記事は、週刊『鉄道データファイル』(デアスティーニ・ジャパン刊)を基に構成したものです。

公開日 2017/03/31


ブラボー0 お気に入り登録0   ブラボーとは



コメント0件


コメントを書く1,000文字以内

Ms_noimage

コメントを投稿するにはログインが必要です。