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阪堺電気軌道

【第56回】阪堺電気軌道


大阪市内と堺市を結ぶ、関西の大都市では最後に残された路面電車・阪堺電気軌道。エコな模範的交通手段への変革も視野に入れつつ、昔と変わらぬ庶民の町を元気に走り続けている。そんな「下町を走る庶民の鉄道」の雰囲気を表現すべく、今回は関西弁の会話調でのご案内とさせていただく。

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大阪ミナミの歴史ある見所からのんびりとした旅を約束しますわ

デアゴスティーニ編集部

住吉では唯一残っとる路面の平面交差が見られますねん。車を信号で止めて縦横無尽に走る電車はかっこよろしなぁ。

清八:遅いがなぁ。もう電車行ってもうたがな。駅がわからんかったんかいな。

喜六:すんまへんな〜。実はちょっと早よ着いたさかい、せっかくやし四天王寺さんに御参りでもしとこと思てな。まぁ行ったはエエけど、今度帰りに駅がわからんようになって遅なってしもた。ほんでも、すぐ、そこに電車おるがな。

清八:せやねん。ナメたらあかんで。ここの電車は地球上のどこの電車よりもすぐ来よんねん。出たらすぐ向こうに待っとるさかいに。

喜六:ホ〜、たいしたもんやなぁ。しかし、なんでここに来るんが遅れたかと言うとやな、地下鉄を天王寺で降りて、四天王寺さんに御参りに行って、ほんで阪堺電車の乗り場を目指してたんやけど、阪堺電車の乗り場って「天王寺駅」やのうて「天王寺駅前」っちゅうねんな。これはわからんでぇ。阪堺電車はここがドンツキやさかい、知ってる人はわかるかも知れへんけど、たまにしか来ん人間にとっては「天王寺駅前って駅はどこやねん???」ってなんねん。ほんでウロウロしとったらホンマにわからんさかいに交番で聞いたら「ここや!」っちゅうんで、やっと着いてん。最初からえらいこってすわ。

清八:そんなしょーもないことで遅なったんかいな。阪堺電車の天王寺の駅は「天王寺駅前」や。正確に言うと、「天王寺駅前駅」や〜!

喜六:ややこしいいわな〜。まぁよろしわ。ほんなことより、早よぅ電車に乗りまひょ。

清八:せやせや、早よぅ行かんと出てまうわ。

喜六:ちょっと待ちなはれ! なんぼ急いどる言うても、切符買わんとアカンのちゃいますかぁ? えーと……どこで買うんやろ。

清八:アホ! 阪堺電車は中で電車賃、降りるときに払うねん。「ワンマン」言うヤツやがなぁ。

喜六:ホ〜、さよか。バスみたいなもんやな。ほなら早よぅ乗りまひょ。お? わりと空いとるがなぁ。ワシが遅れたおかげでのんびり座れまんな。

清八:ホンマにエエ根性しとるわ。こんな時間になったら大抵は空いとるわ。

喜六:ハァ、さよか。ほんで……どこ行くんやったっけ?

清八:阪堺電車やさかい、堺に決まっとるサカイ!

伝統を引き継ぐ伝説の里を行くなにわのチンチン電車

デアゴスティーニ編集部

東天下茶屋駅端に建つ馬車鉄道終着点の碑。四天王寺からここまで馬が客車を牽いてたとは今では考えられへんわな。

喜六:いやいや、なんとか乗れたわ。

清八:まぁまぁ、のんびり行こやないか。

喜六:しかし、道路のど真ん中を走るんは気持ちのエエもんやな。ン? ダハハハ! アホな車が渋滞しとるわ。こっちは線路やさかいスイスイやな。

清八:「阿倍野筋」言うて、ここの道路はこの電車がど真ん中を走っとるさかい、1車線しかあらへんから何時も混んどるわ。まぁ次の松虫からは道路から離れて専用の鉄道線になるから、電車も余計な気ィ使わんでもエエようになるけどな。

喜六:ホ〜、松虫駅。けったいな名前やなあ。アンタの顔みたいや。

清八:どアホ! 松虫言うたらやなぁ、その昔、松虫のきれ〜な音に誘われて野辺を彷徨ようとった若いモンがこの辺で力尽きて死んでしもうて、その友人が嘆き悲しんでここに塚を造ったっちゅう美談があってやな、この駅の西南に300mほど行ったとこに、その「塚」がいまでもあんねん。美しい伝説やろ?

喜六:ヘ〜、そらお気の毒に。しかしアンタ、意外と物知りやってんな。ほなら次の東天下茶屋にはなんかあるんかいな?

清八:よう聞いてくれた。ここは平安時代の有名な陰陽師、安倍晴明を祀る安倍晴明神社があるけど、それよりも今ワシらが乗っとる阪堺電車の創始にまつわる大事なモンがこの駅にはあんねん。

喜六:ホ〜。こんなフツーの住宅街になにがあんねんやろ。

清八:ホンマにアホやな! そないに窓の外見てもなんもあらへん。駅の端っこを見てみ。

喜六:オゥ!? なんか碑が建っとるがな。「馬車鉄道跡の碑」……なんのこっちゃいな?

清八:ホンマに、ホンマにアホやな。ここはやなぁ、明治33(1900)年に天王寺西門前からここまでが馬車鉄道で開通した終着駅やってん。馬車鉄道言うんは、線路の上の客車を馬が引いて走る鉄道で、当時はこれが大繁盛したんやて。まぁその8年後には電化されて電車になってんけど、明治43(1910)年には住吉さんまで伸びてて、電車で四天王寺さんと住吉さんがすぐに御参りに行ける言うて当時はえらい繁盛したんや。この電車の起源やで、ここは。

——明治33(1900)年9月20日、阪堺電気鉄道の前身・大阪馬車鉄道により天王寺〜東天下茶屋間が開業。明治35(1902)年12月29日に住吉まで開業し、南海鉄道合併後の大正2(1913)年7月2日に住吉神社前まで延長され、上町線が全通している——

喜六:ホ〜。ほんで馬小屋はどこにあんの?

清八:どアホ! そんなもんこの平成の都会のど真ん中にあったらNHKが朝に中継しよるわ。

喜六:さよか。ほんでも、まだまだこの電車の沿線にはオモロイことがいっぱいありそうやな。

清八:せやな、暇つぶしにちょっと教えたろか。堺に行くサカイ。それまでまだもうちょっとあるサカイ。

喜六:もうエエわ。

おっしゃれ~な屋根付きの待合室

デアゴスティーニ編集部

天王寺駅前から住吉までの上町線の電停には、こんな「おしゃれ〜」な待合室がまだ残ってまんねん。

喜六:あれ?

清八:なんやねん。

喜六:さっきまで電車の線路やったのに、また路面になっとるがなぁ。

清八:よう気づいたなぁ。北畠からはまた路面電車になんねん。せやけどここ、道狭いやろ? その線路と道との間にボコッと出てるもんがあるやろ? あれが駅や。

喜六:ホ〜。なんや昔に大阪でもどこでもあった「電停」言うヤツやろか?

清八:よう知ってんがなぁ。せや、大阪市内ではホンマに珍しいモンになってしもたわな。その道の端にはちゃんと屋根付きの待合所があるやろ。

喜六:エ? あれが待合室やったんやぁ。ワシ、てっきり馬小屋の跡かと思とったわ。

清八:どアホ! あれは天王寺から住吉さんまでの上町線内の路面区間には昔から大抵の電停にあるんや。よう見てみい! ちゃんと三角屋根に洒落たデザインが施してあるやろ? まるでこいさんの日傘みたいでオッシャレ〜(お洒落)! やろ?

喜六:そう言われてみたらそんな気がしますわなぁ。しかしさっきの松虫や北畠とか、この沿線にはけったいな名前の駅がようありまんなぁ。

清八:オッ! そこに気がついたアンタはちょっとはおもろいとこにさしかかっとんな。せや、ここの沿線言うんは大阪の歴史を語るうえでなかなかの土地柄の上を走っとんねん。北畠言うんは太平記で有名な北畠顕家(あきいえ)が戦死したところで北畠公園にはこの人の墓があるし、この先の南海高野線の上を越えるところには神ノ木っちゅう駅があるけど、この駅の由来は400年ほど前にこの辺りで掘り出されたごっつい石を13等分して仏を作り、ここから近いとこにある幽霊の片袖っちゅう講談で有名な宝泉寺に祀られとんねんけど、それがこの駅の名前になった言うねん。どや! ちょっとは勉強になったやろ!

喜六:ハ〜……。せやけど神ノ木って「石仏」やのに、なんで「木」なん? 「神の石」って言うんがホンマちゃうんかな〜。

初詣では大阪随一の賑わいを見せる住吉大社を過ぎる

デアゴスティーニ編集部

大阪市内で正月には一番の人手の住吉大社の太鼓橋。鳥居の向こうにいつも電車が見えまんねん。なかなかやろ?

清八:木の下に石があったんや。そんな細かいことはどうでもエエけど、もう「住吉さん」やな。

喜六:ウワッ? なんじゃい、ここは!? 道路と電車がゴチャゴチャになっとるがな。

清八:せや。ここは阪堺線唯一の電車が平面で十字路に交差するとこやねん。阪堺電気軌道にはな、我らが通天閣の下から出る恵比須町から堺の浜寺公園まで真直ぐに伸びる阪堺線と、今まで乗ってきた上町線っちゅうんがあってやな、その2本の線がここで交差して、あっちゃこっちゃに行っとんねん。せやからここの交差点におったら上町線と阪堺線の電車がゴチャゴチャしとってな。ジ〜ッと見てるだけでおもろいで。ここは阪堺電気軌道の一大ターミナルやな。

喜六:ホ〜、さいでっか〜。それにしてはこの駅の周りはレストランも売店もあれへん、フツ〜の昔の広っぱみたいでんな。

清八:それがエエんやないかい。変に気取らんと、ただ単に「一大ターミナルですわっ!」って言うとるようで気持ちエエがな。

喜六:そんなもんでっかいなぁ。しかし次の住吉鳥居前っちゅうんはホンマに住吉さんの鳥居の真ん前でんな。これはなんとも言いがたい!!

清八:なにをエライきばってんねん。住吉さん言うたら「航海の神さん」で、昔から大阪湾を商売の糧にしとったワシら大阪人が正月にはまず初詣に行くところで、関西一の初詣客を誇ってんねん。どや? 立派な鳥居があってその向こうに有名な赤い太鼓橋が見えるやろ?

喜六:ホンマでんなあ、せっかくやから電車の中から拝んどこ。いや〜はいや〜、銭が来ますよ〜にぃ〜。ホイッ、ホイ〜。

清八:なにを訳わからんこと言うとんねん。ちゃんと降りて拝まんと、ご利益なんかあれへんわ。アホやな。

喜六:いや〜、ほんでも少しはなんかエエ気分になりなしたわ。オ? 住吉さん過ぎたらまた路面から電車の線路になってまんな、オォ〜! 川や、川や!! 大っきい川渡るがなぁ〜 !!!

清八:ホンマに幼稚園の遠足とちゃうんねんから窓に顔くっつけるんやめなはれ。これは「大和川」言うて、この川で大阪市と堺市が分かれとんねん。この橋脚も古いねんぞ〜。

喜六:ヘ〜、そうでっかぁ。で、いつ頃のもんでっかいなぁ?

清八:それ言うとまた長ごうなるから写真見せたるわ。しかしやっと堺に来たで〜。

喜六:なんのこっちゃようわからんけど、今回は「堺やサカイ」って言わへんの?

清八:アホ! そんなん何回も言うとったらサッブい顔されるだけやろ! もう堺には行ったんやサカイ、そんなことは言わんサカイ!

喜六:もうエエわ。

通天閣と天王寺から歴史都市を結ぶ エコ交通の模範電気軌道の明るい未来

デアゴスティーニ編集部

ごっつい車止めやろ? 浜寺駅前は阪堺電車の南のドンツキやけど、かつてのリゾート地のプライドは大っきいで。

喜六:あれ?

清八:なんやねん。

喜六:なんや堺に入ったらえらい道路が広うて、なんやスカ〜っとしてまんなぁ。

清八:よう気ィついたがなぁ。せや、この阪堺電気軌道はこれから未来に向かって、エコ交通の模範として整備されるように堺市が動いとんねん。きれーでカッコエエ電車が走り出すんも、もうすぐやで。
——堺市は建築都市局に『鉄軌道推進室』を設置、南海電気鉄道高野線堺東駅から阪和線堺駅を経由し、海岸沿いの堺浜に達する全長6.9kmの東西鉄軌道線を、LRT(軽量軌道交通)により計画している。阪堺線とは大小路で接続、相互乗入れ運転も行なう予定——

喜六:さいでっか〜。なんや「路面電車のようで路面電車でない、ベンベン!」言う感じやな。

清八:しょ〜もないこと言うてんと、ホレ、もうすぐ終点や。降りるで。

喜六:エッ!? もう終点でっかいな。えらいおもろかったから早かったわ〜。ほんでここはどこ?

清八:浜寺駅前や。正確に言うと「浜寺駅前駅」や。

喜六:なんや最初に聞いたような気がすんねんけど……。ここが終点でっか?

清八:せや。駅のまん前にある浜寺公園は見事な松林があった白砂の続く、明治時代初期に公園として開設した歴史の深〜い公園や。

喜六:そやけどこの駅はなかなか味がありまんなぁ。昭和がそのまんま置いてけぼり食ろぅたみたいな、エエ感じやわぁ。エ〜……と、ほんでこれからどうするんでっか?

清八:よう聞いてくれた。ここからまた電車に乗って今度は恵比須町まで行くさかい。

喜六:えっ? 堺はこれで終わりでっか?
えらい早い用事でんなあ。

清八:ごちゃごちゃ言うてんと早よぅ乗りや、電車出てまうで。

喜六:「……」

清八:なんや、えらい大人しいなあ。

喜六:せやかてここさっき通ったし、ちょっと腹も減ってきたし……。

清八:さよか。せやけどここからは通ってへんで。さっき住吉さんであっちゃこっちゃに分かれる言うたやろ? ここからはさっき来た天王寺方向やのうて、我らが通天閣の聳える恵比須町に向かうんや〜!

喜六:なんやえらいきばってはんなぁ。オッ! ホンマや!! 道路の向こうに通天閣が見えるがなぁ〜!

清八:ちょっとは元気になってきたかい。この線は「阪堺線」言うて、大阪と堺を直通するこの鉄道のメイン路線や。さっき天王寺から乗ってきた路線は「上町線」言うてな、阪堺電車ではこの2つの路線で儲けてんねんけど、もともとは違う会社やったんや。

喜六:ホ〜。道頓堀の魚でも釣って売ってたんかいな。

清八:なにアホなことぬかしとんねん! 上町線が馬車鉄道から電車になったんは言うたけど、この阪堺線は明治44(1911)年に大阪と堺を直で結んだ阪堺電気軌道が最初やねん。どっちも明治から大正初期に南海鉄道……いまの南海電気鉄道やな……そこと合併して長いこと南海上町線、阪堺線って名乗ってたけど、昭和55(1980)年に独立して今の阪堺電気軌道(株)となったわけや。

——大阪馬車軌道から浪速電車軌道を経て明治41(1908)年9月6日に南海鉄道と合併した上町線に対し、阪堺線は阪堺電気軌道として明治44(1911)年12月1日に恵美須町〜大小路間が当初から電化開業、大正4(1915)年6月21日に南海鉄道と合併した——

廃止後も広い構内を維持する大阪人のど根性

デアゴスティーニ編集部

明治44(1911)年の完成以来ずーっと変わらん大和川橋梁は、もう1世紀を支え続けてんねんで。橋脚の受け皿は必見や。

喜六:なんや「何回も南海に行ったり来たりで難解」な話やけど、そやからこっちにはあの馬小屋跡がないねんな?

清八:どアホ! あれは待合室や! そんなん言うたら怒られんでホンマにぃ。せやけど、もう恵比須町やな。しかしまぁいつ来てもここの駅は風格があるなぁ。かつてここの一番端には平野のほうに向かう平野線のホームがあってんけど、昭和55(1980)年に地下鉄谷町線が開通してから廃止になってしもて、駅には阪堺線の電車しか停まれへんようになったけど、広い構内はそのままや。なんや大阪人のど根性と、プライドと、お〜きな夢を感じるわな。

——南海電気鉄道平野線は、大正3(1914)年4月26日に今池〜平野間が阪堺電気軌道により開業したが、大阪市交通局谷町線の開業により、昭和55(1980)年11月28日に廃止された——

喜六:モシモシ? なんや知らんけど、えっらい自分の世界に入り込んでおるようでございまするが、私、腹へってんねんけど、どないかなりまするか? 清八殿。

清八:どアホ! 誰が「殿」や!! ほんでも、まぁ電車に乗り疲れたことやし……。よっしゃ、どこぞで串カツとビールで乾杯しよかぁ。

喜六:ホンマでっか! ほなら早よ行きまひょ! ん?……ほんでもなんや引っかかるんですけど……。ホンマ、今日は何をしにどこへ行ったんでっか?

清八:電車乗りに……堺に行ったんや……サカイ。

喜六:もうエエわ。

※この記事は、週刊『鉄道データファイル』(デアスティーニ・ジャパン刊)を基に構成したものです。

公開日 2017/08/30


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