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吾妻線 渋川〜大前

【第70回】吾妻線 渋川〜大前津


せかせかした都会の喧噪から抜け出て1時間足らず。吾妻線はホッとひと息つけるゆったり国鉄電車ときれいな車窓、そして地元の人たちが温かく迎えてくれる首都圏の貴重なローカル線だ。途中には温泉もあり、木造の駅舎もある。しかし、やがて、一部区間がダムの底に沈んでしまう。

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榛名・赤城に別れを告げ 山間の吾妻川に沿って右に左に単線を行く

日本一短い「沢トンネル」を抜ける115系普通列車。トンネルの全長はわずか7.2m。何とも風情があり、トンネルを覆う木々が落葉する冬期は列車の全体がよく見渡せ、その短さもなおわかる。絵画や写真の題材にもなり、訪れる人があとを絶たない。

吾妻線の始発駅は渋川であるが、ほとんどの列車は上越線から直通運転し、高崎駅からやって来る。乗客は上越新幹線や高崎線で乗り換えてくるハイカーや地元の学生、おばちゃんたち、と結構な賑わいである。運転本数も1時間に1本程度はあり、主力は、今や首都圏から追いやられ稀少な存在となった、オレンジとグリーンの115系電車だ。つい数年前までは、高崎線などで15両編成で上野まで乗り入れていた近郊型電車の代表選手だが、ステンレス軽量電車のE231系に取って代わられ、あっという間に上野口から姿を消してしまった。現在では早くも隠居生活の如しだが、吾妻線や両毛線で最後の活躍をしていて「115系はまだまだ健在!」といわんばかりに、力強くモーターを唸らせている。
木造の駅舎がどっしりと構える渋川駅は、上州名物「空っ風」が吹き、肌寒い。これも上州名物「かかあ天下」のお母さんがやっている売店も賑やかで、活気がある。高校生たちも乗り降りし会話が絶えない。ここで上越線水上方面、吾妻線長野原草津口方面のふた手に分かれ、吾妻線電車は左手にゆっくりと進んでいく。右手に赤城山、左手に榛名山。上州を象徴する光景であり、青空の下を気持ちよく走るのであるが、これもつかの間。榛名山から連なる山地が深く迫り、独特の上州の山並みが渋川発車の直後から見えなくなってしまう。
吾妻線は、これより山地が両側に迫り、吾妻川に沿った谷を右に左にカーブをしながら上っていく。景色はローカル線の佇まいに一変し、のどかな風景が続くのだ。
水田地帯を長く走ると金島に到着。無人駅で現代風の小さな待合室がポツンと迎えてくれる。駅を出るとまもなく上越新幹線の頑丈なコンクリートの橋梁がクロスする。上越新幹線の建設時には工事用の引込線が設けられたこともある。のんびりとした田んぼに囲まれた祖母島は小さな1面のホームがあるだけの停留所。115系の短い編成がよく似合う。祖母島から吾妻川沿いの谷が迫ってきて、開けていた風景も段々と狭くなってきた。

綺麗な花が咲き乱れる中之条駅 駅と地元で干し柿の振る舞いも

季節の花でいっぱいの中之条駅。地元の市民団体の人たちが丁寧に手入れをして、駅を美化している。

小野上は採石場のある駅で、線路のバラストに使用するための工事臨時列車は、ここまで運転される。次の小野上温泉は、小野上村営の小野上村温泉センターへの最寄り駅で、平成4(1992)年3月に利用者の便を図るために開設された請願駅である。ここの温泉は「美人の湯」としてかねてより有名で、同温泉施設は駅に隣接している。
まもなく中之条に到着だ。中之条は有人駅で、肉声の放送と駅員氏が迎えてくれる温かな駅である。高校があり、学生たちの利用も多い。加えて四万、沢渡温泉への玄関であり、人口2万人の群馬県吾妻郡中之条町の中心駅であるが、何より駅が活気に溢れ、とてもエネルギッシュなのだ。例によって「お母さん」の営業する売店では上州のお土産品も揃い、簡単なお弁当も扱っている。展示物も飾られるきれいな待合室、バスの発着する駅前広場。古い日本通運の倉庫も健在な、古い佇まいの駅構内……。駅は職員はじめ地元の人々にも大切にされている。
例えば、市民団体による花壇整備では、年間を通じ駅が花で一杯に飾られ、大変に美しい。毎年秋には、駅と地元の協力で1番線ホームに干し柿が吊され、渋柿が甘くなった完成後は特急「草津」の乗客に振る舞われ、これも大変好評……とまあ、このように、地元と駅とが一体となり、非常によい形で駅が成り立っていて好ましい。
反面、残念な点もある。従来あった有人の「みどりの窓口」が廃止され、無人の自動券売機「もしもし券売機Kaeruくん」になっていることだ。この券売機は、盛岡の拠点センターのオペレーターと回線で通話をしながら指定券や長距離乗車券、定期券を発売する券売機で、駅員の人員削減のために導入されたもの。合理化が行なわれる一方、駅としてのサービスは明らかにダウンで、とくに中之条のような、地元との絆やふれあいが大切にされている駅では、なおさらこのような合理化は好ましくないのでは? と感じるのである。

全長7.2mの沢トンネルを通過 途中下車で渓谷美もゆっくり堪能

金島付近を行く上り列車。この辺りはまだ吾妻川の谷が迫っておらず、水田地帯のローカルムードが広がっている。春夏秋冬、駅の周りはのどかさの極みである。115系のジョイント音だけがいつまでも軽快に響いていた。

次は群馬原町。委託駅で近年、駅舎は改築された。ここは吾妻郡東吾妻町にあるのだが、駅名は昭和30(1955)年の周辺3村との合併前の名前のままとなっている。次の郷原も風情のある駅だ。野花の咲き乱れる線路際の小道には、木造の公会堂が建てられ、傍らを特急がゆっくりと通過していく。各駅停車の電車を下りたおばあちゃんがのんびりと小道を歩いている。のどかな風景で、ローカル私鉄の趣が感じられて心地良い。
矢倉を過ぎて相変わらず右に左にカーブをしながら、吾妻川に沿った小径を進む。渋川から30km近い道のりを歩むが、すでに50分以上の時間がかかっている(ちなみに渋川〜大前間は55.6kmで約1時間20分)。速度も出せず、列車交換もあり、表定速度も落ちる一方。のんびり行くしかないようだ。
車窓に目を向けると、やや単調だった風景が岩島から一変し、両側から山地が険しく迫ってくる。ゴツゴツした岩が剥き出しの崖を這うように線路が続き、カーブも険しくなってきた。左手には吾妻川が渓谷を成し、雄大で美しい風景が堪能できる。勾配は平均16‰と、ややきつめ。115系もモーターを唸らせながら渓谷を一所懸命に走り行く。と、ほんの一瞬、小さなトンネルを「あっ」という間に通過する。このトンネルこそが「日本一短いトンネル」の名で知られる「沢トンネル」だ。
全長わずかに7.2m、列車に乗っていると、言われなければ気が付かないほど。外から見ても崖に覆いがある程度、すこぶるつきの短さなのだ。
なぜこのようなトンネルができたのかは諸説ある。「現場の景観を損なう」「トンネル上の一本松を残すため」「工費や工期の節約のため」などがそれだ。電化工事の際には取り除こうという話もあったが、落石覆いの役割も果たしており、現状が維持された。
今や「日本一短い」同トンネルは観光名所でもあり、駅間の、トンネルの見られる沿道には立札もあり、観光客やハイカーが訪れる人気ぶりである。しかも、次の川原湯温泉駅から徒歩で来られて、景勝地の吾妻渓谷を経由できる。加えて遊歩道もあるので絶好のハイキングコースになっているのだ。深い谷が織り成す渓谷美は息を飲むような絶景で見事である。電車はトンネルに入ってしまうので、是非途中下車して歩いてみたいものだ。

趣たっぷりの川原湯温泉駅 共同浴場もある懐古的な温泉街

Y字型に分岐する対面ホームのローカル駅。こんな典型的な単線駅が吾妻線には多いのだ。速度は出せないのんびり走行だが、これはこれで落ち着く。

列車は、そんな川原湯温泉駅に到着する。2面2線相対式ホームのあるのどかな駅で、古びた跨線橋で結ばれ、上りホームにはこれも古びた待合室がポツンとある。木造の駅舎は、吾妻線では起点の渋川を除けば唯一の貴重な存在だ。改札口があり、ホーロー看板なども健在である。
広い待合室には立派な窓口、そこに「きっぷうりば」と描かれている。きれいに掃除が行き届いた内部には椅子が置かれ、沢トンネルを撮った季節感あるコンテスト写真が飾られている。使用されなくなった「手・小荷物受付」の窓口が、旅行者の荷物の一時預かり所になっていて、ありがたく重宝されているようである。
この駅も群馬原町同様に簡易委託駅であり、指定券類は発売できないが、乗車券、入場券の購入は可能だ。窓口の親父さんは駅の隅々まで清掃をしたり片付けをしたりと結構忙しそう。とはいえ、駅は実にのんびりムードの空気が流れ、これぞ「ローカル線の駅にやって来た!」といった感じで、つい待合室のベンチに腰を下ろして休んでしまう。
駅の案内に従って歩き、坂道を登っていくと、昔ながらの温泉街が現れる。古いたばこ屋、旅館の店構え、看板、レトロチックで閑静で、いかにもそれらしい佇まいだ。さらに坂道を進むと湯煙が立ち上がっている。共同浴場があり、この下に川原湯温泉の源泉が湧き出ているらしい。
源頼朝により開湯されたというその源泉は含食塩石膏硫化水素泉で、神経痛や関節痛、リューマチ、胃腸病、婦人病などによく効くという。ふむふむ……と納得しつつ確信犯的に「兎にも角にもまずは入ってみよう」と心に決める。やや白濁し、少し硫黄の匂いがするお湯はとても柔らかく入りやすい。ややぬるめだが、これはたまたま水で埋めているからで、本来は源泉掛け流し。源泉の温度は79〜80℃近くあり、水で埋めなければ入れないのだ。温泉は露天と内湯があり、2つゆっくり楽しむこと。
 「ここのお湯は最高だよ。よく温まるし疲れもとれる」と東京から来たゴルフ帰りの旦那さん。必ず川原湯温泉の、ここ「王湯」に立ち寄るという。この閑静な街並みやきれいな風景の愛好者なのだとか。そんな話を聞きつつ、約30分ぐらい入湯し帰ろうとすると「あらずいぶん早いわね。もっとゆっくりしていきなさい」と、おかみさんに言われてしまった。温泉は、慌てて入っても仕方ない。
ちなみに川原湯温泉には、このほかにも秘境の無人の温泉「聖天様露天風呂」がある。ここは「王湯」近くの路地の階段を上り詰めた、森の中にあり風景もバツグンだ。大変に気持ちよく、旅の疲れなどあっという間に取れてしまう。

かけがえのない大切なもの ダムに沈む川原湯温泉と街

山間の川原湯温泉〜長野草津口間を特急「草津」が行く。味のある雰囲気の橋梁である。この付近も、八ツ場ダム建設によりダムの底に沈む予定で、付け替えられる新規路線は大半がトンネルとなる。

さてさて、随分と「長湯」してしまった。川原湯温泉を後にして駅に戻ろう。
再び115系にポカポカしながら乗り、美しい車窓を眺めていると、突然、谷間の山肌に、高いコンクリートの橋脚と工事現場が見えてきた。これは、この地区に設けられる「八ツ場(やんば)ダム」による付替え道路のものだ。八ツ場ダムは吾妻川に建設される重力式コンクリートダムで、首都圏の都市用水と治水が目的とされている。川原湯温泉と街はダムの底に沈み、吾妻線も岩島〜長野原草津口間が新線に付け替えられ、川原湯温泉駅がダムの底に沈む。沢トンネルは水没を逃れるが、もちろん廃線となる。
ダムは景観を損ない自然環境を破壊する。生態系も狂う。風土や歴史、培われたものすべてが水没する。一度失ったものを取り戻すことは困難を極める。首都圏の水瓶はもう十分とさえいわれており、ダム建設を回避する声は以前より大きくなっている。まだ本格的な工事は始まっていない。この素晴らしい自然、温かな街、かけがえのない大切なものをぜひ残してほしい。そう願うのである。

鉄鉱石輸送が吾妻線の始まり 戦後ながら廃線区間もある歴史

川原湯温泉でこんなホーロー看板を見つけた

列車は草津温泉への玄関駅、長野原草津口を過ぎる。全国に名の知れる草津温泉への入口となる駅でもあり、中之条とともに吾妻線では中堅の有人駅だ。駅を過ぎてすぐに右にカーブする廃線跡が見えてくる。赤錆びたガーダー鉄橋で、これはかつて、太子(おおし)まで線路が伸びていた跡である。
吾妻線の歴史は、渋川〜長野原間が昭和20(1945)年1月に長野原線として開通したのが始まりだ。群馬鉄山のある六合(くに)村の太子から鉄鉱石を積み出し、日本鋼管の専用線で長野原へ運び貨物輸送するのが目的であった。専用線は昭和27(1952)年10月をもって国有化され長野原線の一部になり、のちに旅客営業も行なわれる。鉱石輸送は1960年代に廃止され、長野原〜太子間も昭和45(1970)年11月に休止、翌年に廃止されてしまう。
一方、翌昭和46(1971)年3月には長野原〜大前間(13.3km)が延伸開業し、長野原線は吾妻線と晴れて改名される。これと同時に全線電化となった。蒸気列車が走っていた長野原線は、同年には157系特急「白根」が運転を開始。一気に近代化が進んでいった。

185系特急「国鉄型」今なお健在! 「・」のある駅を過ぎて終点に到着

終点、大前に到着。ゆったりのんびり……。駅には何もないが、ここに来る旅のお客さんたちは誰もが満足そうだ。

近代的な路盤を持つ、延伸区間の線路を進むと群馬大津、羽根尾に到着する。羽根尾は昭和50年代の国鉄時代までEF12やEF15の貨物列車が乗り入れていた駅で、貨物ヤードの名残が見られる。国鉄時代といえば、吾妻線の車両は普通列車は大半が115系、特急が奮闘する185系と国鉄型ばかり。特に185系は、質実剛健の国鉄ディテールが随所に見られる。1段上昇窓、帽子掛け、荷物棚、洗面台……。小さな金具や備品に至るまで、国鉄車両は堅牢そのもので、実に頼もしい。
その185系が終着する万座・鹿沢口に列車は到着。万座、鹿沢、新鹿沢温泉への玄関だ。しかし高架ホームの殺風景な駅で下りても、有人駅ながら例の「kaeruくん」がある程度で寂れている。ただ、駅の外れには小さなトンネルがあったり、駅前には暖房ポカポカな喫茶店があったり、よく探検するとおもしろい。そしてJRの駅では唯一、駅名で「・」(ナカグロ)のある駅でもあり楽しい。ほとんどの列車はこの万座・鹿沢口止まりである。その先へは1日5往復の普通列車しかない。数少ない列車に乗り込むと、乗客もまばらだ。
終着駅に向かうに相応しく、山間をゆっくりと走って終点の大前に到着した。一面のホームがあるのみの何もない無人駅である。列車はすぐに折り返す。車掌、運転士のコンビが地元のおばちゃんと世間話をしながら時間が経つ。やがて上り高崎行きの出発時刻が迫ってきた。

※この記事は、週刊『鉄道データファイル』(デアスティーニ・ジャパン刊)を基に構成したものです。

公開日 2018/10/15


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