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土讃線(後編) 阿波池田〜土佐山田

【第8回】土讃線(後編) 阿波池田〜土佐山田


多度津と窪川を結ぶ土讃線の中でも阿波池田〜土佐山田間は、吉野川の清流と渓谷の景観を車窓に見ながら、山深い四国山地を横断する山岳路線だ。ダイナミックに変化する地形をトレースしながら、土讃線のハイライト区間ともいえる険しくも美しい線路を列車は走り抜ける。

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四国三郎・吉野川が寄り添うハイライト区間の始まり

デアゴスティーニ編集部

開業時、周囲に何もなかったと伝えられる、山間に開かれた阿波池田駅。土讃線と徳島線の事実上の接続駅として発展した。

阿波池田を出発した土讃線の普通列車は、エンジンの音も軽快に走る。すぐに突入した丸山トンネルを抜けると、翡翠色をした吉野川の流れが車窓右手に広がる。これよりしばらくの間、四国三郎・吉野川の勇壮な景観が土讃線の旅のお供となる。いよいよ土讃線ハイライト区間へ突入だ。
……と、胸躍らせたところに、列車が川べりに出てまず対面したのは徳島自動車道の巨大な高架橋……。谷を跨ぎ、上空を越える白亜のコンクリート橋は、自然豊かな風景に永遠に馴染むことはない。こんな興醒めな風景を見るにつけ、高速道路建設はもう少し自然景観に配慮できなかったものかと、つくづく思う。

車窓に広がる小歩危の渓谷美 吉野川の清流は激流となる

デアゴスティーニ編集部

名勝の小歩危を眼下に見下ろしながら走りゆく土讃線の特急「南風」。それにしても、天候や時間帯によっても変わる吉野川の色は、まさに神秘的な印象を与える。

次の三縄は、土讃線開通以前には、徳島線の終着駅だった時代があるという。そんな三縄を出てトンネルを抜けると、第一吉野川橋梁を渡る。吉野川に反射した光に青く染まりながら、列車は、ほぼ直角に吉野川の左岸に渡った。
祖谷溪への入口の祖谷口。吉野川の支流・伊予川との合流点の阿波川口と進むうちに、いよいよ谷が狭くなってきた。水の流れも勢いを増している。間もなく景勝地として名高い小歩危(こぼけ)である。車窓の下、清流が岩肌にぶつかり渦を巻く。この小歩危は日本でもトップクラスの激流なのだとか。瀞場の水は翡翠色のグラデーションで、目が覚めるような清冽さだ。そんな吉野川の風景を眺めていると、「昔はもっと川が澄んでいてきれいだった。汽車の天井も、お客の顔も、真っ青に染まったもんだ……」と、相席のご老人に話しかけられた。話を聞いているうちに、列車は小歩危駅に停車した。
吉野川がこんなに青いのは「水質が良好なこと」はもちろん、「川を取り囲む濃密な木々の緑が川面に反射しているからであろう」「峡谷を形成するおもに結晶片岩の一種、特に緑泥片岩などの岩石も、少なからず色彩に影響しているのではないか」などと、相席のご老人になんとも学術的な説明を受けた。博学の方と相席となった幸運に、感謝しきりである。

小歩危から大歩危へ 近代建築遺産としての第二吉野川橋梁

デアゴスティーニ編集部

小歩危〜大歩危間にある第二吉野川橋梁はワーレントラスとガーダー橋の組合わせ。

小歩危を出ると、なおも荒々しい景観が続き、第二吉野川橋梁で再び右岸に渡る。9基の鋼プレートガーダーと1連の曲弦トラスで構成される総長250メートルに及ぶこの橋は、第一吉野川橋梁と同じく、昭和10(1935)年の建設。その美しいシルエットは、近代の貴重な産業建築遺産と呼べるほどのものだ。
国道は対岸に離れるが、護岸の上に築かれた道路にはドライブインなども建設されたために景観が損なわれてしまい、やや興醒めだ。
谷の幅が少し広がってきた。列車は小歩危から大歩危へと入ってゆく。時折短いトンネルや落石防護シェルターなどが連続して、美しい車窓風景を遮る。とはいえ、こんなに間近に峡谷の景観が手放しで楽しめるのは、鉄道ならではだろう。
土讃線の建設に際しては、この小歩危、大歩危の景観に配慮して、山肌を切通しで削ることを極力避け、短いトンネルの連続で線路を通したのだという。この切り立った峡谷の中腹に、線路は風景にすっかり溶け込みながら敷かれている。
しかし、このような厳しい地形は景観の美しさとは表裏一体で、常に落石や斜面崩壊などの自然災害がつきまとうのであった。
いつしか「ドサン、ドサンと(岩が落ちる)音がするドサン線」とか、「土惨線」などと揶揄されるようになるほど、台風や集中豪雨のたびに沿線での災害は頻発した。担当する保線区では、常に地道な線路巡視が欠かせなかった、と伝えられる。

安全運行の維持を可能とする数多くのトンネル群

デアゴスティーニ編集部

山峡の駅、大歩危に特急「南風」が入線してきた。駅の左手すぐには大歩危の渓谷が広がっている。駅のホーム上のかずら橋のミニチュアはご愛嬌といったところか。

列車はスピードを落として大歩危に停車。駅名表の「おおぼけ」の文字を見ると思わず「つっこみ」たくなるが、そもそも「ぼけ」とは、谷の両側に山が迫る険しい場所を指す言葉らしい。それに加え、大股で歩いても小股で歩いても危ないという意味合いも込めて現在の字面になっているとか。
大歩危から先は、土砂崩れなどの自然災害を回避するため、トンネルによる線路変更を余儀なくされた場所が多い。全長4179mの大歩危トンネルは、昭和61(1986)年に予讃線のバイパスルートの、6012mの犬寄トンネルが完成する以前までは、四国で最長を誇るトンネルだった。
その大歩危トンネルを抜け、短いトンネルをいくつか通れば、列車は徳島県から高知県へ入る。車窓の吉野川の表情も穏やかになり、大歩危、小歩危の荒々しさは見られない。谷も広がり、その斜面に人家や耕地が見える。さらに土佐岩原、豊永、大田口と進み、土佐穴内の手前で土讃線は吉野川と離れ、支流の穴内川の流域に入る。

土佐穴内で見つけた吉野川橋 現在の強度は如何ほどか?

デアゴスティーニ編集部

かつては国道の橋梁だった吉野川橋。明治44(1911)年に竣工されたピントラス橋だ。

トンネルによる線路の付替えで、車窓からは見ることができない吉野川と穴内川の合流地点を見ようと土佐穴内で下車してみた。
駅から対岸の国道に向けて細い車道を歩くと、民家の向こうに塞がれた旧線のトンネル跡が見えた。「昔、汽車が走っとった」と、通りがかった人が教えてくれた。
徒歩20分ほどで合流地点を見下ろす国道上に立つ。すると、水蒼き吉野川の上流方向になにやら気になる鉄橋が見える。旧土讃線のものだろうか……と思っていると、「その家の裏手から近くに行かれますよ」と近所のご夫人に声をかけられた。言われた通りに近づいてみると、錆びついたトラスの上部に「吉野川橋」と右から書かれたプレートが見えた。話によれば、鉄道橋でなくかつての国道の橋だったそうだ。「渡れるんですか?」の質問に「人間ならば大丈夫」との笑顔を信じて鉄橋の中ほどへ……。ところが、トラスを結合するリベットは抜け落ち、腐食した鋼材は激しく変形している。一瞬、橋がぐらりと揺れた気がして振り向くと、先程のご夫人が笑顔でこちらを見ている。その刹那、作家・宮脇俊三の旅のミステリー、『殺意の風景』の一節が頭の中をよぎる。鉄橋もろとも、十数メートルも下の吉野川に落下するのでは……! という錯覚に襲われ、思わず冷や汗が頬を伝った。

今でも語り継がれる悲惨な事故の教訓

デアゴスティーニ編集部

トラス橋梁上に設置された土佐北川のホーム。派手な出立ちの特急列車が轟音とともに参加。

寄り道で肝を冷やしたが、気を取り直して駅に戻る。やって来たのは幸運にもキハ58とキハ65の2両編成。往年の急行列車で使用された車両だ。DMH17とDML30のエンジン音も、どこか懐かしい。普通列車はやはりボックスシートに限る。
列車は穴内川を遡り、大杉から長大トンネルの連続で、災害危険箇所をショートカット。
次の土佐北川は第六穴内川橋梁のトラス内に設置された珍しい駅だ。
角茂谷、繁藤とキハ58+キハ65の普通列車は快調に緩い勾配を上る。繁藤は、昭和47(1972)年7月5日の集中豪雨で大規模な土砂崩れが発生した場所だ。崩落した土砂に、民家8戸と繁藤駅が一瞬にして飲み込まれ、60人の尊い人命が奪われた。この災害は「土讃線防災対策委員会」が国鉄当局内に設置されるきっかけとなった。また高知県も、防災への取組みを強化。2万2千の危険個所をリストアップして、順番に工事に取り組んできたという。
災害から30年経過した平成14(2002)年には、繁藤災害から30年の連載記事を地元紙が掲載。大規模な土砂災害が、その後の防災へ、どう生かされているかをつぶさに検証している。
悲惨な繁藤の災害は、風化することなく、教訓として今も語り継がれているのである。

険しい地形が生んだ25‰勾配区間のスイッチバック

デアゴスティーニ編集部

25‰の勾配途中に設置された新改は、坪尻とともに四国で2カ所のみ存在するスイッチバック駅である。

その繁藤から土讃線は分水嶺を越え、高知平野を目指して一気に駆け降りる。
次の新改は勾配の途中に作られたスイッチバック駅。列車は人家も稀な四国山地の山中を連続するトンネルとカーブで駆け降りる。蒸機運転の時代、25‰が連続するこの区間、高知方面からの上り列車はさぞや難儀したことだろう。
それを伝えるように、平野に下りた土佐山田のホームには「高知線の歌」が掲げられている。
「これより鉄路のぼりにて 山を出でては 山に入る くぐるトンネル二十三 あえぎ喘ぎて 上りゆく」
このような歌詞が作られる土讃線の建設には、どれほどの労苦を要したのだろうか。旅を終えたとき、そのことに思いを馳せないわけにいかなかった。

※この記事は、週刊『鉄道データファイル』(デアゴスティーニ・ジャパン刊)を基に構成したものです。

公開日 2013/08/13


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