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国鉄時代のジョイフルトレイン~その1

【第18回】「国鉄時代のジョイフルトレイン~その1」


旅のニーズが多様化しつつあった昭和50年代後半、鉄道は移動する手段から乗って楽しむ手段へと注目されるようになり、各地の国鉄に和式や欧風の改造車が相次いで登場した。これらは、客室が畳敷き、あるいはコンパートメント風であり、カラオケなどのAV設備を備えるのが一般的だったことから、一般車とは区別するため、俗に「ジョイフルトレイン」という総称を頂くようになった。

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ルーツは戦前の木造座敷車─ジョイフルトレイン前史

デアゴスティーニ編集部

畳敷きの和風客車が主流だった国鉄のジョイフルトレインにあって、初めてグループ向けを意識した欧風客車として登場した「サロンエクスプレス東京」。旅行需要の変化から、平成9(1997)年には和風の「ゆとり」に改造され、平成20(2008)年に引退した。

昭和55(1980)年から分割民営化直前の昭和62(1987)までに集中的に登場した国鉄のジョイフルトレイン。そのルーツは、一般的にお座敷客車のスハ88とされているが、実は戦前にその走りといえる車両が登場している。
それは、定員72人の木造ボギー客車を畳敷きに改造したもので、蓄音機や碁盤、将棋盤などを備えていたという。蓄音機はさながら現代でいえばカラオケ代わりに使われていたのだろうか。昭和6(1931)年頃、金沢から十和田湖や北海道を周遊する団体列車に使用されたという記録が残っている。
戦後に入ると、昭和35(1960)年に前述のスハ88が登場している。スハシ29を改造したこの車両は、当時の盛岡鉄道管理局長の発案により登場したもので、戦前の木造車と同じく畳敷きの車内となり、窓には障子が取り付けられていた。
このスハ88に次ぐ客車としては、昭和44(1969)年、名古屋局と長野局に登場したオハ80、オハフ80 2010〜2013が挙げられる。こちらはオハ35、オハフ33を改造したもので、昭和47(1972)年にはオロ80、オロフ80 2010〜2013に格上げされ、昭和49(1974)年に引退している。スハ88とオハフ80 1は各1両しか登場しなかったが、オハ80とオハフ80 2010〜2013は計12両が登場しており、国鉄のお座敷客車としては初めて編成単位での運転が可能となった。
これらのお座敷客車は冷房がなく、しかも台車は種車のままだったため、昭和47(1972)年には冷房付きのグリーン車だったスロ62、スロフ62を改造したスロ81、スロフ81が登場している。水戸局の車両は、のちに「ふれあい」の愛称名が付き、JR東日本水戸支社へ引き継がれた。おもに関東地区の団体臨時列車に使用されていたが、平成3(1991)年に引退した。

昭和50年代後半に 相次いで登場した和式客車

デアゴスティーニ編集部

初の12系改造欧風客車となった名古屋局の「ユーロライナー」。EF64 35・66、EF65 105・112、DD51 592・791・1037の7両は同色の専用機となり、編成としての統一感を整えていた。

昭和50年代に入ると、国鉄の低迷から、スロ81、スロフ81を除いて新規のお座敷車両はしばらく登場しなくなるが、定期の客車急行が減少した昭和55(1980)年以降は、12系や14系の余剰車が大量に発生したことから、その活用策として北海道と四国を除く全国各地に和式客車や欧風客車が登場している。その大半はJR移行後の1990年代を中心に、JR各支社が主催する団体列車の主力として活躍した。
そのトップを切ったのが昭和55(1980)年6月に12系からの改造により登場した熊本局の和風客車「海編成」(平成7年引退)だ。12系はもともと編成単位での運用が基本だったため「海編成」は6両編成となり、黎明期のお座敷客車と比べて列車としての統一感が高まった。同年11月には東京北局にも12系改造の和式客車が登場しており、こちらは昭和63(1988)年に「なごやか」(平成9年引退)という愛称名が付けられた。

山陰本線餘部鉄橋から落下するという不幸に見舞われた「みやび」

デアゴスティーニ編集部

昭和58(1983)年に九州では2番目の和風客車として登場した「山編成」。登場当初はオリジナルの12系と同じ青塗色だったが、JR以降後の昭和63(1988)年に深緑色の塗色に改められた。

12系改造の和式客車は、昭和56(1981)年以降も続々と登場し、昭和56(1981)年には新潟局の和式客車(平成20年引退)、天王寺局の「きのくに」(平成元年に「いきいきサロンきのくに」に改称、平成20年引退)、広島局の「旅路」(平成19年引退)が運転を開始している。なお、新潟局の和式客車には、昭和60(1985)年に「サロン佐渡」と呼ばれる洋風サロンカーが増結されている。
さらに、昭和57(1982)年には金沢局に「わくわく団らん」(平成18年引退)、静岡局に「いこい」(平成9年引退)、名古屋局に和式客車(通称「ナコ座」・平成11年引退)が、昭和58(1983)年には高崎局に「くつろぎ」(平成11年引退)、門司局に「山編成」(平成7年引退)、長野局に「白樺」(平成8年引退)が、昭和60(1985)年には東京北局に「江戸」(平成12年引退)が、昭和61(1986)年には盛岡局に「ふれあいみちのく」(平成14年引退)、仙台局に「オリエントサルーン」(平成12年引退)、高崎局に「やすらぎ」(平成13年引退)が登場している。また、14系から改造された和式客車としては、昭和61(1986)年、大阪局に「みやび」が登場している。
これらの和式客車は、ほとんどが老朽化とJR移行後に推進された機関車牽引列車の削減により姿を消しているが、大阪局の「みやび」は、デビュー同年の12月29日に山陰本線鎧〜餘部間の余部鉄橋から強風のため落下するという不幸な事故に見舞われ、翌年には廃車の憂き目に遭っている。
一方で、高崎局の「やすらぎ」のように、JRから引退後は第3セクターのわたらせ渓谷鐵道へ転じ、お座敷列車の「サロン・ド・わたらせ」として第2の人生を送るという幸運な例もある。

多客臨時列車にも多く見られた欧風客車

デアゴスティーニ編集部

西の代表的な欧風客車として昭和58(1983)年にデビューした「サロンカーなにわ」。JR移行後は若干のリニューアルが施されつつ、現役を続行した。

お座敷客車の流れを汲む和式客車は、大人数での団体には重宝するが、旅行ニーズが多様化すると、ある程度のプライバシーを確保できるグループ単位での利用が可能な車両も望まれるようになり、従来の視点とはまったく異なった、いわゆる「欧風客車」も登場している。
その先陣を切ったのが、昭和58(1983)年にデビューした東京南局の「サロンエクスプレス東京」だ。14系改造としては初のジョイフルトレインとなったこの車両は、フリースペースの展望ラウンジカー(スロフ14)と5・6人用のコンパートメント室を備えているのが大きな特徴で、若者向けにカジュアルなイメージを与えた。グループ向けとあって多客臨時列車での運用実績は豊富で、伊豆方面への「サロンエクスプレス踊り子」や信州方面への「サロンエクスプレスそよかぜ」に充当されることが多かった。
「サロンエクスプレス東京」が登場した同年には大阪局にも14系改造の欧風客車が誕生しているが、こちらは「サロンカーなにわ」と命名された。フリースペースのパノラマラウンジカーを備える点では「サロンエクスプレス東京」と同じだが、それ以外の客室は開放型となっており、1人掛けと2人掛けのリクライニングシートが並んでいる。同車は平成6(1994)年にお召用に対応した改造を経て現役を維持しているが、「サロンエクスプレス東京」は、平成9(1997)年に和風客車に改造され「ゆとり」に改称。平成20(2008)年に引退した。
この2編成に続いて、昭和60(1985)年には名古屋局に「ユーロライナー」(平成17年引退)と呼ばれる欧風客車が登場している。こちらは12系からの改造車だが、天窓を取り付けた斬新なデザインを採用するなど、種車の面影を残さない点が和式客車と大きく異なっていた。平成2(1990)年には、この「ユーロライナー」と同じ塗色の14系座席車が「ユーロピア」としてデビューしている。
こちらも「サロンエクスプレス東京」同様、多客臨時列車に使用されるケースが多く、高山方面への「ユーロライナーのりくら」、信州方面への「シュプールユーロ赤倉」、南紀方面への「ユーロライナー紀州路」などで運転されていた。
この「ユーロライナー」と同じ年には、岡山局に12系改造の「ゆうゆうサロン岡山」という欧風客車も誕生し、現在は「ユウユウサロン岡山」に改称されて活躍中だ。

50系改造の欧風客車「アイランドエクスプレス四国」

デアゴスティーニ編集部

四国初の本格的なジョイフルトレイン「アイランドエクスプレス四国」。平成11(1999)年に185系気動車を改造した2代目にその座を譲り、姿を消している。

国鉄分割民営化直前の昭和62(1987)年には四国総局に50系改造の欧風客車「アイランドエクスプレス四国」(平成11年引退)が、九州総局に12系改造の欧風客車「パノラマライナーサザンクロス」(平成6年引退)もデビュー。「パノラマライナーサザンクロス」のスロフ12 705・706にはサンルーフが設置されるなど斬新な車体で種車の面影を残していない。
また、同年には東京北局に12系や14系から改造した「スーパーエクスプレスレインボー」(平成13年引退)がデビューし、JR移行後は信州方面への「スーパーエクスプレスレインボーそよかぜ」や「シュプールレインボー信越」などの多客臨時列車でも活躍していた。
このほか、国鉄時代に登場した欧風客車としては、昭和59(1984)年、20系を改造した「ホリデーパル」(平成9年引退)が広島局に誕生し、JR移行後は「シュプール号」のほか、「珍ドコ列車」などのイベント列車に組み込まれることもあった。

※この記事は、週刊『鉄道データファイル』(デアゴスティーニ・ジャパン刊)を基に構成したものです。

公開日 2014/06/12


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