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国鉄時代のジョイフルトレイン~その2

【第19回】「国鉄時代のジョイフルトレイン~その2」


国鉄末期に登場したジョイフルトレインは、12系を種車にした和式客車が圧倒的に多く、14系はおもに欧風客車へ改造されることが多かった。電車のジョイフルトレインは少数派で、北海道では前面展望タイプのリゾート気動車が主流となっていた。

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フリースペース展望室が話題となった「サロンエクスプレス東京」

デアゴスティーニ編集部

昭和58(1983)年に登場した国鉄初の欧風客車「サロンエクスプレス東京」を和風客車に改造した「ゆとり」。外観は改造前と変わらないが、編成は7両から6両に短縮されている。

初めて14系を種車にしたジョイフルトレインとなった「サロンエクスプレス東京」は、フリースペースの展望室とコンパートメント室を備えた7両編成で登場したが、平成9(1997)年には和式客車の「ゆとり」に改造された。その際、中間のオロ14 702が編成から外され、新潟支社の和式客車に連結されるようになり、平成13(2001)年には普通車扱いのオハ14 1702となっている。
この「サロンエクスプレス東京」と並んで関東で人気があったのが、i の「スーパーエクスプレスレインボー」で、基本的には14系から改造された欧風客車だが、イベントカーとなった中間のオロ12 715のみが12系からの改造車だった。

国鉄時代は少数派だった電車のジョイフルトレイン

デアゴスティーニ編集部

高崎局の欧風客車「やすらぎ」。平成13(2001)年にはわたらせ渓谷鐵道へ渡って「わ01」形となり、3両編成の「サロン・ド・わたらせ」として活躍している。

客車が主流だったジョイフルトレインにあって、国鉄末期には気動車や電車のジョイフルレトレインもわずかながら登場している。国鉄時代は少数派だったものの、JR移行後の平成12(2000)年前後には、JR東日本が所有する客車ジョイフルトレインが相次いで引退したことで、485系や183系を種車にした車両で完全に占められるようになった。
北海道の「やすらぎ」以来、気動車のジョイフルトレインはしばらく登場していなかったが、昭和58(1983)年には鹿児島局にキハ58型気動車グループを改造した「らくだ」がデビューしている。廃車発生品のリクライニングシートとカラオケを備えた簡易的なジョイフルトレインで、一部は欧風の「ゆ〜とぴあ」や和式の「吉四六」に改造。「吉四六」はさらにアコモ改造が施され「ジョイフルトレイン大分」に改造された。そして、平成5(1993)年には「ゆ〜とぴあ」と「ジョイフルトレイン大分」が「しらぬい」に改称されたが、平成7(1995)年までに引退している。
このほか、九州では昭和60(1985)年にキハ28を改造した「ばってんNAGASAKI」(昭和61年引退)、昭和61(1986)年にキハ28・58・65を改造した「サウンドエクスプレスひのくに」(平成6年引退)、昭和62(1987)年にキハ58型気動車グループを改造した「Bun-Bun」(平成6年引退)が登場している。また、四国では「らくだ」と似たような設備を持つ観光用気動車が昭和59(1984)年に登場しており、JR四国に「アイランドエクスプレス四国」が登場するまでは四国唯一のジョイフルトレインだったが、JR移行後に一般車に改造され姿を消している。

リゾートホテルとの提携で登場したハイデッカー車体

デアゴスティーニ編集部

北海道の代表的なリゾート気動車として名を馳せた「フラノエクスプレス」。当初は3両編成だったが、最終的には5両編成となり、富良野方面の多客臨時列車を中心に活躍していた。

一方、北海道では、昭和59(1984)年にキハ27を改造した旭川局のカーペット車(昭和62年引退)が「くつろぎ」以来のジョイフルトレインとして登場したが、その翌年には、リゾートを意識した本格的な気動車ジョイフルトレインとして「リゾート・エクスプレス」(平成7年引退)がデビューしている。
キハ58型気動車グループからの改造により賄われたこの車両は、リゾートホテル「アルファ・トマム」との提携により誕生したもので、前面展望可能な一部ハイデッカー車体は種車の面影を感じさせない斬新さで話題となった。
このタイプの車両は、北海道の鉄道のイメージアップに大きく貢献したことから、昭和61(1986)年には80系気動車を改造した「フラノエクスプレス」(平成10年引退)が登場した。

電車との併結を念頭においた欧風列車「ゆぅトピア」

デアゴスティーニ編集部

JR移行後の北海道に登場した「トマム・サホロエクスプレス」。「フラノエクスプレス」に続く80系気動車からの改造車で、晩年は3両編成の「マウントレイク」列車となった。

これらの車両は、JR発足後に登場した「トマム・サホロエクスプレス」「クリスタルエクスプレス」「ニセコエクスプレス」「ノースレインボーエクスプレス」とともにリゾートトレインと総称されていたが、登場当初は、「アルファ・コンチネンタルエクスプレス」「ANAビッグスニーカートレイン」「JTBパノラマ特急」といった航空会社や旅行会社などとタイアップした企画商品の一環として運転されるケースが多かった。しかし、1990年代に入ると、富良野やニセコ方面への多客臨時列車として季節を問わず運転されるようになった。
また、ユニークなところでは、昭和61(1986)年にキハ65からの改造により誕生した「ゆぅトピア」(平成7年引退)が挙げられる。電車との併結運転を念頭に置いた2両編成の欧風気動車で、おもに大阪〜和倉温泉間の特急「ゆぅトピア和倉」に充当され、大阪〜金沢間は485系の特急「雷鳥」に併結されていた。ただし、併結運転中は無動力扱いだったため、電車との本格的な協調運転には至らなかった。

秋田新幹線開業とともに「こまち」は「おばこ」に

デアゴスティーニ編集部

秋田局ではキハ58型気動車グループを改造した和式気動車が活躍しており、JR移行後に「こまち」と改称されたが、秋田新幹線開業後は「おばこ」に改称された。

翌年には、「ゆぅトピア」と似たような車体を持つ「アルカディア」が新潟局に登場している。3両編成の欧風気動車だったが、昭和63(1988)年3月30日に火災事故に遭うという悲劇に見舞われた。このため、1両は平成元(1989)年に廃車となり、残る2両は平成4(1992)年にJR東日本盛岡支社の「kenji」に改造され姿を消している。
これ以外の気動車ジョイフルトレインは、キハ58型気動車グループやキハ65を改造した一般的な和式車や欧風車だった。昭和59(1984)年には秋田局に和式気動車(平成18年引退)が登場し、平成3(1991)年の体質改善工事時に「こまち」と命名されたが、秋田新幹線が開業した平成9(1997)年には「おばこ」に改称されている。
さらに昭和60(1985)年には新潟局にカーペット気動車(平成14年引退)が、昭和61(1986)年には広島局に「ふれあいパル」(平成19年引退)が、米子局に「ふれあいSUN-IN」(平成20年検査切れ)が登場している。

※この記事は、週刊『鉄道データファイル』(デアゴスティーニ・ジャパン刊)を基に構成したものです。

公開日 2014/07/16


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