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「あずさ」

【第20回】「あずさ」


昭和41(1966)年以来、中央東線の看板列車として君臨してきたのが特急「あずさ」だ。中央東線は山岳線区ゆえに、その線形の関係からスピードアップが阻まれ、「あずさ」の運転開始当初の表定速度は181系ということもあって約60km/hと低水準だった。しかし、新線への切替えや振り子式のE351系、E257系の投入により80〜90km/h台にアップし、甲府系統の「かいじ」とともに、中央東線の特急ネットワークを支えている。

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休日運転の普通列車につけられた「あずさ」という列車名

デアゴスティーニ編集部

平成5(1993)年12月に登場したE351系「スーパーあずさ」は、中央東線で初の130km/h運転を実現し、センセーションを巻き起こした。

現在でこそ「あずさ」は中央東線の看板列車として君臨しているが、その名は昭和29(1954)年10月1日改正で設定された休日運転の普通列車に初めて登場した。この列車は3419列車/新宿0時10分→上諏訪6時59分、3420列車/上諏訪14時45分→新宿20時00分のダイヤで運転され、下りは夜行、上りは昼行という中央東線の行楽列車としては典型的なスジで運転されていた。なお、当時新宿〜甲府間には土曜運転の普通列車として「かいじ」も運転されていたが、この2つの名が将来、中央東線を支える列車に付けられるとは、誰も思わなかっただろう。昭和30(1955)年2月、「あずさ」の名は「かいじ」とともに一旦消えたが、昭和35(1960)年1月1日から4月24日まで新宿〜松本間に設定されていた不定期準急に命名されている。

踏切事故のアクシデントに見舞われた運転初日の特急「あずさ」

デアゴスティーニ編集部

181系は「あずさ」で約9年間活躍した。写真の編成の先頭のクハ181は、クハ161からの改造車である。

この「あずさ」の名がようやく表舞台に登場したのは昭和41(1966)年のことだった。東海道・山陽本線や鹿児島本線、上越線などで実績を得た181系電車が甲信越方面にも進出することになり、同年10月1日改正で、上野〜長野間の「あさま」が運転を開始した。
「あずさ」もこの改正から中央東線初の特急として新宿〜松本間で運転を開始することになっていたが、遅れていた初狩〜初鹿野(現・甲斐大和)間の複線化完成を待って12月12日から運転を開始した。特急「あずさ」の運転開始当初のダイヤは1M「第1あずさ」/新宿8時00分→松本11時57分、4M「第2あずさ」/松本15時10分→新宿19時08分、2M「第1あずさ」/松本8時00分→新宿11時58分、3M「第2あずさ」/新宿16時20分→松本20時18分で、1Mと4Mは急行「アルプス」を格上げした列車だった。
さて、下りの処女列車となった「第1あずさ」発車に際しては、新宿駅で華々しく出発式が行なわれたが、その後が受難の道だった。甲府〜竜王間の無人踏切で耕運機と衝突し、その先が運転不能となったのだ。このため、「第1あずさ」は甲府まで引き返し、甲府〜松本間の代走役として、甲府に到着していた上り「第2アルプス」の付属編成(165系4連)を充当した。この突然のアクシデントは松本で折り返す上り「第2あずさ」にも影響をおよぼしたが、この列車は1等車を含む165系12連で運転された。

48.10改正で10往復の大台に 一時的ながら183系が登場

デアゴスティーニ編集部

183系や189系は、国鉄時代から約30年にわたって「あずさ」を支えてきたが、02.12改正ではついにE257系にバトンを渡し消滅した。

昭和43(1968)年10月1日改正では、上越・甲信越系統の電車特急運用を受け持つ田町電車区に向日町運転区から181系23両が転入し、「あずさ」は臨時列車1往復が設定された。さらに翌年7月1日には田町区181系の運用移管が行なわれ、「あずさ」は「とき」とともに当時の新潟運転所へ、「あさま」は当
時の長野運転所へそれぞれ移管された。
以来、「あずさ」は昭和47(1972)年10月2日改正まで大きな変化もなく推移する。昭和45(1970)年10月1日改正では臨時1往復を季節列車に格上げのうえ、季節1往復を増発して4往復態勢となったほか、昭和46(1971)年4月26日からは1往復の信濃大町直通運転が開始され、「あずさ」としては初の大糸線乗入れとなった。昭和47(1972)年3月15日改正では、4往復の陣容に変化はなかったが、季節1往復の定期格上げ、大糸線乗入れ列車の白馬延長が実施されている。
そんな「あずさ」が増発傾向へ転じたのは同年10月2日改正のことだった。この改正では、向日町区へ489系を配置し、新潟所へ181系32両を捻出することで「あずさ」の増発が図られ、大糸線季節延長列車1往復を含む6往復の陣容となった。このうち1往復は新宿〜甲府間の運転となり、現在の特急「かいじ」の先駆けとなった。ただし、新潟への捻出分は改正まで出揃わなかったため、2往復は12月16日まで新鋭の幕張区183系で代走された。ちなみに、183系が「あずさ」へ投入されたのは、昭和47(1972)年9〜10月に運転された新宿〜上諏訪間の臨時「あずさ51号」が最初だった。
昭和48(1973)年10月1日改正ではさらに4往復が増発され、10往復の大台に乗ったが、うち5往復は183系での運用となった。一方、これまで「とき」と共通だった「あずさ」の181系運用は、東北新幹線建設に伴う東京〜上野間回送線閉鎖の関係で上野〜田町〜新宿の回送ができなくなったことから、長野所へ移管されることになり、「あさま」との運用の関係で食堂車の連結が中止されている。

189系登場で姿を消した181系 7.11で183系1000番代登場

デアゴスティーニ編集部

87.12からは中央・長野道に対抗して183系1000番代のグレードアップ車が登場し、グリーン車と普通車指定席がグレードアップされた。

長野へ移管された181系「あずさ」は、昭和50(1975)年に入って、「あさま」「あずさ」用に協調運転可能な直流特急型電車の189系が102両(「あずさ」用は30両)配置されたことから、同年12月9日には181系「あずさ」の189系化が完了し、運転開始以来約9年間続いた「あずさ」の181系運用にピリオドが打たれた。
以来、「あずさ」は幕張区183系と長野所189系の2本建てとなったが、昭和50年代前半まで運転本数は10往復のまま推移した。しかし、上越新幹線が開業した昭和57(1982)年11月15日改正では、上越特急の「とき」が全廃されたことにより新潟所183系1000番代に余剰が発生し、長野に91両(189系からの改造車7両を含む)が転入、「あずさ」に限定運用された。同時に運転本数は急行「アルプス」の格上げにより2往復増発されて12往復となった、翌年7月5日には、岡谷〜塩尻間にみどり湖経由の新線(塩嶺ルート)が開業し、「あずさ」は全列車が新線経由に変更された。
昭和60(1985)年3月14日改正では、12往復の陣容に変化はなかったが、車両運用は幕張区183系の定期運用が消滅して「あずさ」全列車が長野所受持ちとなり、189系または183系1000番代の2本建てに変化した。

国鉄最後のダイヤ改正では20往復を越える大勢力に

デアゴスティーニ編集部

「あずさ」に使用されていた白地に赤字の懐かしい板サボ。「あずさ」は「とき」と共通運用だったため、裏面は「上野←→新潟」となっていた。

国鉄最後のダイヤ改正となった昭和61(1986)年11月1日改正は、中央東線の優等列車に大変革をもたらした。昼行の電車急行がすべて特急に格上げされ、「あずさ」は下り22本・上り23本となり、一気に20往復の大台を超えるとともに、東京や千葉発着列車が登場している。なお、183系1000番代の運用は、長野〜松本間の入出庫運用を解消するため、全車が松本所へ移管されている。
国鉄末期に大勢力の礎を築いた「あずさ」は、JR移行後はさまざまな施策が打たれた。まず、昭和62(1987)年7月18日〜8月16日には、初めて内房線千倉まで延長運転された。また、同年12月26日からは183系グレードアップ車の充当を開始している。

E351系およびE257系が進出とともに183・189系が姿を消す

デアゴスティーニ編集部

こだま型の伝統を受け継いだ最後の国鉄型特急電車183・189系を完全に置き換えるため登場した切り札ともいうべきE257系。中央東線の「あずさ」「かいじ」を皮切りに房総特急まで勢力範囲を広げた。

JRグループ最初の改正となった昭和63(1988)年3月13日改正で「あずさ」は27往復にまで勢力を伸ばしたが、甲府発着系統は「かいじ」に分離されたことにより、数の上では18往復に後退した。以来、中央東線の特急は「あずさ」と「かいじ」が二分することになる。
平成5(1993)年12月23日からは、「あずさ」2往復に振り子式電車のE351系が投入され、「あずさ」グループにまたひとつ新しい顔が加わった。E351系使用列車は、しばらく「あずさ」の名で運転されていたが、平成6(1994)年12月3日改正から「スーパーあずさ」に改称し、130km/h運転を開始した。E351系は、当初の2往復からこの改正では4往復に、平成8(1996)年3月16日改正では8往復となり、勢力を拡大した。
一方、永年「あずさ」を支えてきた183系1000番代と189系は、平成13(2001)年12月1日改正から「あずさ」に新鋭のE257系が登場すると急速に影が薄くなり始めた。そして、平成14(2002)年12月1日改正では「あずさ」全列車が同系に置き換えられた。

※この記事は、週刊『鉄道データファイル』(デアゴスティーニ・ジャパン刊)を基に構成したものです。

公開日 2014/08/11


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