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「トワイライトエクスプレス」

【第27回】「トワイライトエクスプレス」


「トワイライトエクスプレス」は青函トンネルブームに沸く北海道へ向けて、JR西日本が満を持して送り出した「乗ることを楽しむための列車」だ。24系25型からの改造を中心とする専用車両は、従来の寝台特急のイメージを覆す豪華列車としてセンセーションを巻き起こしたが、平成27年(2015)年3月12日、ついに引退の日を迎えることとなった。

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JR西日本が企画した北海道行き豪華列車

デアゴスティーニ編集部

大阪~札幌間を結ぶ「トワイライトエクスプレス」は、最も長い距離、時間を走る列車として、長らくJRに君臨した。運転開始は平成元(1989)年7月18日だが、一般向けの運転は7月21日から開始された。「カシオペア」の「スイート」にも採用された展望型の2人用個室寝台車は、この「トワイライトエクスプレス」の「スイート」が元祖だった。

青函トンネルと瀬戸大橋は、昭和63(1988)年の春に相次いで開通した。JR各社とも鉄道をPRする絶好の機会と捉えて、新しい商品を続々と提供したが、その代表的な存在が寝台特急「北斗星」である。
大阪〜青森間の寝台特急「日本海1・4号」も函館へ延長された。しかしB寝台のみの編成では物足りなく、JR西日本独自の北海道行き豪華列車が構想されていた。それが「トワイライトエクスプレス」だった。
青函トンネルの運転計画案は国鉄時代から検討されており、上野〜札幌間の寝台特急もそれに含まれていた。これに対し大阪方面からは「日本海」しか計画になく、札幌直通はJRになってからの着想である。

「乗ること自体が目的」── 従来の発想から180°の転換

デアゴスティーニ編集部

コンセプトを実現させるため、前例にとらわれないデザインが施された。写真のオハネ25型 510、520番代「ツイン」の2段窓は、その象徴の一つである。

大阪から日本海縦貫線経由札幌までの距離は実に1495.7kmあり、営業キロベースでは、東京〜西鹿児島(現・鹿児島中央)間の「はやぶさ」(1512.7km)、東京〜宮崎間の「富士」(1469.3km)の走行距離に匹敵する。所要時間は約22時間となるためビジネスユースは考えづらく、メインは観光客となる。
そこで浮上したのが、豪華客船で洋上を巡る「クルージング」の楽しさを鉄道に持ち込めないか、という考えである。クルージングは、船に乗ること自体も旅行の目的としている。列車でも充実した設備と行き届いたサービスを整え、移りゆく風景を満喫できれば、娯楽として定着するのではないか。こういうところから「トワイライトエクスプレス」の企画が生まれた。迅速な輸送を目的としてきた鉄道にとって、まさに180°の発想の転換であった。

斬新なアイデアを採り入れた 魅力あふれる豪華寝台車群

デアゴスティーニ編集部

展望を独占できる「スイート」は、「トワイライトエクスプレス」への憧れをさらに刺激した。寝台券は運行開始以来、ずっとプラチナチケットだった。

初期投資を抑えるために基本は24系25型の改造とされたものの、「列車によるクルージング」を実現すべく、使用される車両には大胆なアイデアが盛り込まれた。
従来の「ブルートレイン」のイメージをそのまま受け継いでいては、せっかくの新しい方向性も活かすことができない。そこでまず打ち出されたのが、全個室化と外部塗色の変更である。
そのシンボルとなるのがA個室「スイート」と「ロイヤル」を持つスロネフ25である。初登場のグレードとなる「スイート」は、その名の通り、ダブルベッドの寝室に加え、リビングルーム、シャワー・洗面ユニットを持つ。そして最も注目されたのは、「スイート」が後方展望を独占できるよう、列車の最後部(下りの場合)に置かれたことであった。それまでパブリックスペースとして「展望室」を設けた列車は内外に数多く存在した。だが特定の乗客にそれを占有させるのは前代未聞の試みといえる。
B個室は2人用「ツイン」、1・2人兼用の「シングルツイン」、2段式B寝台に仕切り扉をつけた形の「Bコンパートメント」が準備された。いずれもJR西日本オリジナルである。
「ツイン」は2段式ベッドを枕木方向に配置。上段は昇降式で、下段は折り畳んでソファにできる。「シングルツイン」はプルマン式A寝台を個室化したスタイル。上段は固定でエキストラベッド扱い。下段は「ツイン」と同様である。「Bコンパートメント」は簡易個室で、寝台券はバラ売りされるが、4人グループで使用する時は個室化できる。
サロンカーは「サロン・デュ・ノール」と命名されたオハ25型550番代である。天井にまで届く大きな展望窓が特徴で、自由に使える「ロビー」としての機能のほか、パブとしての営業も考慮されている。

限定予約制の食堂車「ダイナー・プレヤデス」

デアゴスティーニ編集部

スシ24は「日本海」の函館乗入れのためにサシ481・489から改造された車両だが、「トワイライトエクスプレス」用に抜擢されて車内を中心に大幅に手を加えられ、「ダイナー・プレヤデス」として再デビューを果たした。

クルージングには欠かせない食堂車は、「昴」を意味する愛称を持つ「ダイナー・プレヤデス」。インテリアはロココ調を基本としている。ディナーは限定予約制とされ、グルメたちの心をくすぐった。形式はスシ24型0番代で、500番代と同じく電車食堂車のサシ481、489からの改造。車体断面の違いから編成の中で目立つ存在である。
注目したいのはその車歴で、本来は「日本海」用として昭和63(1988)年に改造されたものであった。ただし営業開始直前に「トワイライトエクスプレス」への転用が決まり、青函トンネル開業時、「日本海1・4号」は食堂車の号車を欠車扱いとしていた。1年余りイベント列車に使用されたのち、定員を40人から28人として、ゆったりと食事ができるよう改造され、戦列に加わっている。
各車の車体塗装は、日本海を表す深い緑に、トワイライトをイメージする黄色の帯。エンブレムもつけられ、高級感を演出している。

団体専用から一般臨時列車に 段階的に充実が図られるも終焉の時を迎える

デアゴスティーニ編集部

「トワイライトエクスプレス」用24系客車は、大胆なイメージカラーを身に纏い、かつてないハイグレードな列車をイメージづけた。写真は第3編成で、形態上の「異端車」が多い編成である。

このグループはまず平成元(1989)年3月から7月にかけて、スロネフ25、オハ25、オハネ25 型560番代、オハネフ25型500番代、各2両が改造された。これに再改造されたスシ24×2両を加えたラインアップで、同年7月21日から、団体ツアー専用列車として運転を開始した。
編成は当初1本のみが組まれ、変則的にスロネフ25+オハ25が両端に連結されていた。なお電源車の不足分は、スハ25型300番代を「あさかぜ」「瀬戸」に投入してカニ24を捻出している。
ダイヤはユニークな設定になっており、愛称でもある列車のコンセプト「トワイライト(夕暮れ)」が日本海沿岸で楽しめるよう配慮された結果、下りは大阪12時発、翌日9時頃札幌着。上りは同じく津軽海峡の夕陽と日本海の朝日が眺められるように、札幌14時頃発、大阪には翌日12時過ぎ着とされた。
平成元(1989)年12月2日からは一般臨時列車として再デビューする。大阪発月、水、金、土曜日、札幌発火、木、土、日曜日が基本である。この際、スロネフ25を大阪側最後尾とする所期の2編成に組み直され、B個室寝台車オハネ25型510番代×2両、同520番代×4両も加わった。
さらに満室が続いていた「スイート」「ロイヤル」の増強を図り、スロネ25型500番代が平成2(1990)年7月に改造されている。平成3(1991)年3〜5月には第3編成として各形式が増備され、スシ24 3も組み込まれた。これにより多客時の毎日運転が可能となっている。
平成13(2001)〜14(2002)年には、老朽化対応として全編成のリニューアルが行なわれた。おもに車内設備がリフレッシュされ、外観では黄色の帯の上下に銀色の細帯が加えられている。
平成元(1989)年に運行を開始した「トワイライトエクスプレス」も、平成27(2015)年3月12日、ついにその生涯を終えることとなった。しかし、その名は、平成29(2017)年に運転を開始する予定の「TWILIGHT EXPRESS 瑞風」に受け継がれる予定だ。

※この記事は、週刊『鉄道データファイル』(デアゴスティーニ・ジャパン刊)を基に構成したものです。

公開日 2015/03/12


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