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「あさま」

【第32回】「あさま」


標高2568m、群馬、長野両県にまたがる3重式活火山の浅間山は、信越本線沿線のシンボルとして親しまれている。その浅間山にちなんだのが「あさま」だ。その名は、昭和41(1966)年に信越本線に初めて登場した電車特急に付けられたが、それ以前は新潟〜小諸間の気動車準急や上野〜直江津間の夜行客車準急に命名され、いずれも短命だった。特急に昇格してようやく「あさま」はその歴史を本格的に刻み始めたといってよいだろう。

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短期間に気動車準急から客車準急へ転身した初期の「あさま」

デアゴスティーニ編集部

碓氷峠を転入組の181系編成が行く。写真は151系時代に速度記録を達成したクハ181-3を含む編成。異動間もないころの姿で赤帯もなく、山陽時代の面影が残る。

「あさま」の愛称としての歴史は気動車準急から始まった。昭和36(1961)年3月1日から新潟〜小諸間で運転を開始した準急「あさま」がそれで、当時のダイヤは902〜912列車/新潟8時30分→長野12時20分着/12時34分発→小諸13時54分、913〜903列車/小諸14時00分→長野15時13分着/15時30分発→新潟19時10分だった(ただし、長野〜小諸間は普通列車)。
当時、この列車の姉妹列車として準急「よねやま」が運転されていたが、こちらは長野県内から新潟県内への旅客を対象にしていた。それに対して、「あさま」は新潟県内から長野県内への旅客を対象にしていた。
気動車「あさま」の利用率は良好で、昭和37(1962)年12月1日改正では、名古屋発着の中央西線準急「きそ」と統合して名古屋〜新潟間の急行に格上げされ、「赤倉」と改称された。その結果、「あさま」の愛称名は上野〜直江津間の夜行客車準急に付けられることになった。この客車準急はもともと昼行1往復とセットで「妙高」を名乗っていたが、この改正で、昼行が「妙高」の名のまま気動車に置き換えられることになり、準急として残った夜行が「あさま」と改称されたのだった。その当時のダイヤは、2307列車/上野23時10分→直江津7時18分、2308列車/直江津21時26分→上野5時25分で、スジや編成は「妙高」時代と変わっていない。
しかし、この客車「あさま」は短命だった。横川〜軽井沢間が全面的に新線による粘着運転となった昭和38(1963)年10月1日改正では急行に格上げされることになったが、165系の急行「信州」が運転を開始したことにより、上野〜長野間系統の優等列車の愛称名が整理され、浮いた「丸池」の名が夜行急行に与えられることになった。これにより、「あさま」の名はしばらく消えてしまった。

3年間のブランクを経て信越本線初の特急にその名が復活する

デアゴスティーニ編集部

489系はベースとなった485系のモデルチェンジの時期に登場したため、短期間でボンネット、貫通、非貫通の全タイプが出揃ったが、さまざまな改造車も短期間で登場している。

昭和41(1966)年10月1日、信越本線長野〜直江津間が電化されると同時に、同線に待望の電車特急が運転されることになった。この列車には、3年間封印されていた「あさま」の名が使われることになり、「あさま」はようやく信越本線の表舞台に立つことになった。特急「あさま」に充当されたのは田町電車区の181系だったが、「あさま」用には181系の新製車として100番代が投入された。
運転開始当初の「あさま」は2往復が設定され、1001M/上野9時30分→長野13時00分、1004M/長野14時35分→上野18時10分、1002M/長野7時45分→上野11時20分、1003M/上野13時30分→長野17時00分のダイヤが組まれた。田町区の181系は上越線の「とき」と、同年12月12日に中央東線で運転を開始する「あずさ」も受け持っていたが、これらは共通運用の10両編成であったのに対して、「あさま」は、181系がEF63との協調運転機能を備えていなかったことから、横川〜軽井沢間の急勾配区間における連結強度を考慮して食堂車なしの8両と制限され、単独運用となっていた。
昭和43(1968)年10月1日改正では特急型に先がけて横軽協調機能を備えた急行型の169系が信越本線に登場、急行「信州」「妙高」の165系を置き換えた。また、同時に上野〜長野間は「信州」、上野〜直江津間は「妙高」と、昼・夜行問わず愛称名が統一され、かつて「妙高」から「あさま」と名を変え、「丸池」となった上野〜直江津間の夜行は、再び「妙高」を名乗ることになった。
「あさま」の方は、この改正で1往復増発されたのみに留まり、まだまだ躍進の足がかりを掴んでいなかったが、昭和47(1972)年3月15日改正では2往復増発して5往復に、昭和48(1973)年10月1日改正では6往復に、昭和50(1975)年3月10日改正では8往復になり、昭和40年代後半から着実に勢力を伸ばしていった。

新鋭189系の投入により8両の短編成のネックを解消する

デアゴスティーニ編集部

489系に次いで製造された189系は「あさま」のために開発されたといっても過言ではない。EF63との協調運転が可能になって、輸送力は大幅にアップ。新幹線開業までの長野アクセスを担った。

「あさま」にとって最大のネックは、碓氷峠の急勾配区間を控える横川〜軽井沢間だった。181系の場合、この区間は横軽協調機能がないために編成が8両と制限され、1列車当たりの輸送力は幹線系の特急としては乏しかった。昭和48(1973)年10月1日改正では、「白山」と共通運用で横軽協調機能を持つ金沢運転所の489系が1往復に充当され、12両編成が登場。昭和50(1975)年3月10日改正で8往復となったときは、3往復が489系による運転となった。一方、この時期は181系の老朽化が目立つようになり、同系に代わる横軽協調機能を持つ直流特急型電車の投入が待たれていた。そこで昭和50(1975)年に登場したのが189系で、この年の5月から6月にかけて72両が落成、6月24日から7月1日にかけて181系で残っていた5往復を順次置き換えた。これにより「あさま」はすべて10両以上の運転となり、編成の上で、ようやく幹線系特急としての面目を果たすことになった。
189系「あさま」は昭和53(1978)年9月27日にすべて12両編成に増強され、同年10月1日改正から急行「信州」の一部を吸収し10往復となった。189系の増備はさらに進み、昭和54(1979)年7月1日には、長野運転所(現・長野総合車両センター)に11両が増備され、「あさま」から489系の運用が一時消滅した。

60.3改正で信越本線の昼行優等列車は「あさま」の天下に

デアゴスティーニ編集部

モスグリーンをベースにした「あさま」の最終カラー。北陸新幹線長野開業後も接続列車としてしばらくは信越本線で活躍した。

上越新幹線が開業した昭和57(1982)年11月15日改正では、並行する「とき」が廃止されたことから、新潟運転所の183系1000番代が長野運転所へ転属、189系「あずさ」の一部を置き換え、これにより捻出された189系が「あさま」へ充当されることになった。この結果、189系は183系や485系からの改造車を含めて12両編成11本となり、「あさま」は急行「妙高」の格上げなどにより13往復の大所帯となった。
上越新幹線が上野まで達した昭和60(1985)年3月14日改正では、ついに信越本線の昼行電車急行が全廃され、日中の信越本線は名実ともに「あさま」の天下となる。
このとき「あさま」は急行「信州」の格上げで15往復となり、5往復が189系12両編成、9往復が189系9両編成(多客時12両編成)、1往復が489系12両編成のラインアップとなり、489系運用が復活している。平常期と多客時で連結両数を変える柔軟な措置はこのとき始まったが、17往復となった翌年11月1日改正では全列車が9両編成に統一された。また「あさま」用の489系も9両化に合わせて金沢から長野へ転属している。

横川〜軽井沢間廃止とともに在来線特急の歴史に幕を閉じる

デアゴスティーニ編集部

「あさま」でその本領を発揮した「長野新幹線」用のN編成。J編成とは異なり、8連のまま活躍を続けた。山岳地帯を超高速で走破することを目的にまとめられたE2系登場時のスタイルを伝えている。

JR化後も「あさま」は順風満帆な状況が続き、平成2(1990)年7月には189系のグレードアップ車が登場し、18往復中2往復に充当された。このグレードアップ車は翌年3月16日改正で2編成目が登場し、さらに4往復に充当、平成4(1992)年3月までには189系11両編成7本がグレードアップ化された。
平成5(1993)年3月18日改正では、運転本数がついに20往復の大台に乗り、本数の上では「あさま」の絶頂期となった。同年12月1日改正では1往復が臨時列車に格下げとなるが、それでも19往復の大勢力を維持したまま、ついに運命の横川〜軽井沢間廃止を迎える。
平成9(1997)年9月30日、翌日の北陸新幹線(当時は「長野行き新幹線」、現在は「長野新幹線」と呼称)開業を控え、碓氷峠越えの横軽間がこの日限りで廃止、また軽井沢〜篠ノ井間は第三セクターの「しなの鉄道」に転換されることになり、「あさま」は「あさま37号」を最後に特急時代から数えて31年の歴史に幕を閉じることになった。翌10月1日からは北陸新幹線の愛称名として昇格し、その名を保っている。

※この記事は、週刊『鉄道データファイル』(デアゴスティーニ・ジャパン刊)を基に構成したものです。

公開日 2015/08/12


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