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「ひだ」

【第36回】 「ひだ」


東海道本線の岐阜と北陸本線の富山を結ぶ高山本線は、古きよき日本の情緒が残る飛驒地方を走る険しい山岳路線だ。昭和30年代に入ると全国的に気動車準急網が築かれるようになったことから、昭和33(1958)年、線内初の定期優等列車として気動車準急「ひだ」が登場した。

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不定期客車準急の好評を受け 気動車準急「ひだ」が登場

デアゴスティーニ編集部

国鉄時代の80系「ひだ」。食堂車が合理化される以前から存在していた特急であるにかかわらず、ついに食堂車が連結されずに終わった列車でもあった。

平成16(2004)年10月時点で、高山本線には85系気動車による「(ワイドビュー)ひだ」が1日10往復設定されており、名古屋〜高山間は日中ほぼ1時間間隔で運転される盛況ぶりだった。そんな高山本線も、昭和20年代前半までは蒸気機関車牽引の普通列車が細々と運転されているに過ぎなかった。
高山本線に初めて優等列車が設定されたのは昭和27(1952)年7月19日のこと。不定期ながら名古屋〜高山間で運転されたC58牽引の準急「乗鞍」がそれで、東海地方からの行楽客に大変好評だったことから、昭和30(1955)年までは毎夏シーズンに運転されていた。また、昭和28(1953)年9月19日からは名古屋〜高山間で準急「飛驒」が運転を開始しており、こちらも不定期列車として昭和31(1956)年まで毎年運転されていた。
昭和20年代末期から30年代初めにかけては、キハ45000(のちのキハ17)をはじめとする本格的な液体式気動車が量産され、地方線区に相次いで気動車が投入されていった。この波は高山本線にも例外なく訪れ、昭和33(1958)年1〜2月にかけて準急型の2エンジン車キハ55が名古屋機関区に配置されるようになると、高山本線にも本格的な定期優等列車が運転されることになり、同年3月1日から名古屋〜富山間に気動車準急「ひだ」がデビューした。これを契機に、夏期には名古屋〜高山間に「のりくら」、大阪〜高山間に「くろゆり」といった気動車準急が運転されるようになった。「ひだ」も9月20日に1往復が増発されて2往復となり、従来の1往復は北陸本線高岡まで延長された。その当時のダイヤは、705D「第1ひだ」/名古屋9時05分→高山12時14分・12時22分→高岡14時20分、707D「第2ひだ」/名古屋12時35分→高山15時59分、706D「第1ひだ」/高岡10時10分→高山12時21分・12時25分→名古屋15時32分、708D「第2ひだ」/高山16時22分→名古屋19時35分で、高岡直通の「第1・1ひだ」のみキロハ25が連結されていた。

高山本線を核とする中部地方循環 「しろがね」「こがね」が登場

デアゴスティーニ編集部

43.10改正で特急に昇格した「ひだ」は、国鉄時代は一貫して80系気動車で運転されており、JR移行後もしばらくは同系が引き継がれたが、90.3改正でその役割を85系気動車に委ねている。

昭和35(1960)年7月1日改正では、さらに1往復が増発された「ひだ」だったが、同年10月1日改正では「ひだ」から派生する形でユニークな中部地方循環列車が登場している。これらの列車は「しろがね」「こがね」と命名され、「しろがね」は名古屋→岐阜→高山→富山→米原→岐阜→名古屋と反時計回り
で、「こがね」はその逆の時計回りで運転された。これに伴い、高岡行きの下り「第1ひだ」が「しろがね1号」に、高山発の上り「第2ひだ」が「こがね」に吸収された。また「しろがね2号」は高山本線内が夜行で運転された。一方、「ひだ」の方はこの改正で名古屋〜金沢間に1往復を増発、翌年3月1日改正では富山〜名古屋間に上り夜行が加わり、36.10改正前のラインアップは、高山発着1往復、金沢発着1往復、富山発の上り夜行1本となった。
昭和36(1961)年5月に入ると、名古屋機関区に急行型のキハ58型気動車グループが配置されるようになり、昭和38(1963)年4月20日改正ではこれらを使用して、「ひだ」1往復を高山本線初の急行「加越」に格上げして名古屋〜金沢間で運転を開始した。また、「ひだ」は1往復が四日市まで延長運転されるようになったが、利用率の低下により、昭和41(1966)年3月25日に名古屋終着に戻されている。

43.10改正で特急に昇格した「ひだ」

デアゴスティーニ編集部

半室グリーン車キロハ84を組み込んだ5〜6連が基本であったが、のちに「南紀」用キロ85が「ひだ」用に編入された。

昭和40年代に入ると、高山本線の優等列車ラインアップは、準急「ひだ」を核に、急行「加越」、循環準急の「しろがね」「こがね」、名古屋鉄道直通の準急「たかやま」、大阪発着の不定期「のりくら」が固めていたが、準急は昭和41(1966)年3月5日に100km以上の準急がすべて急行に格上げされたことにより急行に昇格している。また、昭和43(1968)年10月1日改正で「ひだ」の名はこの改正で新設された気動車特急に昇格、従来の「ひだ」は「加越」を含めて「のりくら」に改称された(大阪発着だった不定期急行「のりくら」は「くろゆり」に改称)。
特急に昇格した当初の「ひだ」のダイヤは、1012D/金沢6時45分→高山9時08分・9時10分→名古屋11時57分、1011D/名古屋15時10分→高山17時59分・18時01分→金沢20時18分で、北陸から名古屋指向のダイヤが組まれた。

名古屋~高山間に2往復増発 60.3改正では北陸本線乗入れ中止

デアゴスティーニ編集部

「ひだ」は4連または3連の編成を基本に1〜2編成を組み合わせて運用された。高速化対応された区間では高出力を生かし、電車並みの120km/h運転を実現している。

国鉄時代の特急「ひだ」は終始、80系気動車が使用されており、これといって目立った動きはなかった。昭和51(1976)年10月1日改正では、山口線の特急「おき」が181系気動車に置き換えられ、名古屋機関区に捻出分の80系気動車12両が転属したことから「ひだ」は名古屋〜高山間に2往復増発された。さらに、昭和53(1978)年10月2日改正では「くろしお」の電車化により捻出された80系気動車により同区間に1往復が増発され、4往復となった。以来、この態勢は国鉄終焉まで続くが、昭和60(1985)年3月14日改正では、金沢発着の1往復が利用率の低下により高山以北が廃止され、名古屋〜高山間1往復が飛驒古川まで延長された。その結果、飛驒古川〜富山間を走る特急は、名古屋鉄道直通の「北アルプス」のみとなった。「北アルプス」は名古屋鉄道のキハ8000が使用されており、短編成運転が可能だったことから、閑散区間の高山以北では重宝されたという。

新型エンジン搭載の85系が登場 90.3改正で80系を駆逐する

デアゴスティーニ編集部

平成元(1989)年2月18日から「ひだ」1往復に投入された85系気動車は、わずか約1年で「ひだ」全列車を置き換えた。

昭和50年代後半から老朽化が目立ってきた80系気動車は、JR移行後も「ひだ」に引き継がれたが、平成元(1989)年にはカミンズディーゼル製の新型エンジンを積んだ85系気動車が落成し、同年2月18日から「ひだ」1往復に投入された。前面展望型の先頭車とハイデッカー車体、最高速度120km/hを誇る高速性能は好評を博し、平成2(1990)年にはさらに48両が増備され、同年3月10日改正で全列車が85系気動車に置き換えられた。これにより、高山本線から80系気動車の姿が消えたほか、急行「のりくら」もすべて「ひだ」に格上げされ、60.3改正以来消えていた飛驒古川以北の「ひだ」も、この改正で3往復が富山まで延長され、復活している。
ちなみに、平成3(1991)年3月16日改正では、名古屋鉄道直通の「北アルプス」が、新型のキハ8500に置き換えられ、「ひだ」1往復との併結運転を開始したが、この列車は平成13(2001)年10月1日に廃止された関係で「ひだ」との併結が終了している。
現在、「ひだ」は列車名に「(ワイドビュー)」の文字が冠されているが、これは85系気動車や373系といった高い眺望性を持つ車両をアピールするもので、平成8(1996)年7月25日から「あさぎり」を除くJR東海の特急にこの文字が冠された。

※この記事は、週刊『鉄道データファイル』(デアゴスティーニ・ジャパン刊)を基に構成したものです。

公開日 2015/12/16


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