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「北斗」

【第38回】 「北斗」


北の空にきらめく「北斗七星」から名を取ったという「北斗」は、常磐線経由で上野〜青森間を結ぶ北海道連絡急行にその名が付けられた。北への旅路のイメージにピッタリで、「北斗」が「ゆうづる」に変わっても、北海道で重宝され、函館〜旭川間の特急に命名された。現在はニューウェーブの「スーパー北斗」とともに、函館〜札幌間のメインルートで燦然と輝いている。

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客車急行時代は対北海道連絡のエース的存在だった「北斗」

デアゴスティーニ編集部

「おおぞら」「おおとり」に次ぐ北海道特急として登場した「北斗」は、定期列車としては61.11改正まで80系気動車で運転された。

常磐線と東北本線は、戦前から対北海道連絡の重要ルートであり、優等列車が数多く運転されていた。特に、常磐線は東北本線に比べて平坦線区であったことから、スピードが重視される上野〜青森間の優等列車は東北本線を上回る数が設定されていた。昭和31(1956)年11月19日改正時の時刻表を見てみると、昼行では「みちのく」、夜行では「北上」「十和田」「北斗」「いわて(不定期)」「おいらせ」が設定されていた。なかでも「北斗」は、戦後まもなくの昭和24(1949)年9月15日から運転を開始した常磐線夜行のエース格的存在で、翌年11月8日に付けられたその名は北へ向かって驀進するイメージにふさわしく、数ある常磐線夜行列車のなかで知名度は抜群だった。このため、昭和34(1959)年9月22日改正では寝台列車化され、東海道筋から流れてきたC62がオロネ10をはじめとする軽量寝台車を牽いていた。
急行「北斗」の全盛期を語る昭和39(1964)年10月1日改正当時のダイヤは、17列車/上野19時50分→青森9時10分、18列車/青森20時30分→上野10時04分で、青函航路を介した北海道側では函館〜釧路間の急行「まりも」に連絡していた。この当時、上野〜青森間には東北初の寝台特急「はくつる」が運転を開始したが、「北斗」の寝台列車としての地位は変わらず、急行とはいえ「はくつる」と人気を二分する存在だったという。それゆえに、特急化は時間の問題となり、昭和40(1965)年10月1日改正では東北第2の寝台特急「ゆうづる」に格上げされ、その名は同改正で新設された北海道特急へ譲られた。

40.10改正で北海道特急にスライドする

デアゴスティーニ編集部

キハ183型100番代を先頭に走る「北斗」。同車は昭和60(1985)年3月改正における短編成化で先頭車が多数必要となったため、キハ184を先頭車化改造して誕生した。

北海道へ渡った「北斗」は「おおぞら」「おおとり」に続く第3の北海道特急として函館〜旭川間に設定された。当時のダイヤは、5D/函館13時45分→旭川20時27分、6D/旭川9時40分→函館16時20分で、本州側の連絡列車は「ゆうづる」だった。この「ゆうづる」は改正前の急行「北斗」であり、新設の北海道特急「北斗」は、その急行「北斗」と接続していた「まりも」の役割を受け継ぐ形になるという、鮮やかな「引継ぎ」がなされた(「まりも」は札幌で系統分離され、「ていね」に改称)。これにより、上野〜札幌間の所要時間は改正前の急行「北斗」→急行「まりも」の乗継ぎよりも約3時間30分短縮され、「北斗」の新設は、平坦線区の「海線」回りになったことも手伝って、時間短縮に大きな効果をもたらした。

一時はキハ56型で運転されるもヘッドマークをつけて走る

デアゴスティーニ編集部

「北斗」に初めて183系気動車が投入されたのは昭和58(1983)年から。そのときは国鉄色の非貫通型900・0番代が充当された。

一方、昭和42(1967)年3月1日には、函館〜旭川間に北海道第4の特急「北海」が誕生している。こちらは「山線」と呼ばれる倶知安、小樽経由で運転され、青函航路深夜便に接続する「おおぞら」の補完的な役割を担った。
「北斗」は、昭和43(1968)年10月1日改正で急行「すずらん」1往復を格上げして2往復となり、函館口では青函航路の接続を受けて発車する優等列車の時間配列が改められた。昭和44(1969)年10月1日改正では、さらに1往復が増発されたが、このときは函館〜旭川間特急を「北斗」、函館〜札幌間特急を「エルム」としたため、差し引き後の「北斗」の本数は2往復のままだった。ただし、新設の1往復は奥羽特急「つばさ」の181系気動車化が遅れ、80系気動車の捻出が改正に間に合わなかったことから、キハ56型で運転されるという異例の措置となった。この代用「北斗」は、通常の特急料金から100円引きで運転され、急行型気動車ながら立派なヘッドマークが取り付けられていたが、翌年3月1日には80系気動車に置き換えられている。
昭和46(1971)年7月1日改正では「エルム」を名乗っていた函館〜札幌間の特急が合流し、「北斗」は3往復となった。しかしそれも束の間で、翌年3月15日改正では1往復が「おおぞら」に編入され2往復に、昭和48(1973)年10月1日改正では急行「すずらん」1往復の格上げにより再び3往復となり、1往復は青函航路と接続しないダイヤが組まれた。

高運転台・非貫通の183系気動車が登場

デアゴスティーニ編集部

前面貫通型を採用した500・1500番代は白地に朱色帯の「500番代色」といわれる新塗色で登場。ハイデッカーグリーン車キロ183型500番代を組み込み、「おおぞら」や「北斗」「スーパー北斗」に充当された。

昭和50年代に入ると、それまで北海道特急のエースとして君臨してきた80系気動車の老朽化が目立ちはじめた。そこで、国鉄では181系気動車の基本システムを踏襲した北海道向けの183系気動車の製造に着手し、昭和54(1979)年にその試作車が落成、翌年2月1日から函館〜釧路間の特急「おおぞら5・4号」に80系気動車との隔日運用で投入した。80系気動車とは違い、「スラントノーズ」と呼ばれる高運転台・非貫通の先頭車は当時の北海道型気動車としては斬新で、昭和56(1981)年9月11日には量産車42両が函館運転所に配置され、「おおぞら」2往復と「北海3・4号」の80系気動車を置き換えた。さらに翌年9〜10月にも札幌運転所に37両の183系気動車が増備された結果、「おおぞら」から80系気動車が駆逐された(昭和60年3月14日改正では復活)。「北斗」の方は、昭和58(1983)年6月1日、函館運転所に183系気動車10両が配置されたことから「7・2号」の1往復から置換えが始まった。

61.11改正で函館〜札幌間の優等列車はすべて「北斗」に

デアゴスティーニ編集部

120km/h対応車と130km/h対応車はブレーキシリンダの圧力が異なり、そのままでは連結できないため、両車に連結可能な4550番代も登場している。

昭和60(1985)年3月14日改正を迎えると、「北斗」の80系気動車による運用はわずか1往復のみとなり、昭和61(1986)年11月1日改正で120km/h運転対応の183系気動車500・1500番代が登場すると、定期「北斗」はすべて183系気動車による運転となり、80系気動車は不定期「北斗」に残るのみとなった。
車両面で変化が進む一方、ダイヤ面では昭和56(1981)年10月1日に道央と道東をショートカットする千歳空港(現・南千歳)〜新得間の石勝線が開業、特急「おおぞら」と新設の急行「まりも(2代目)」が同線経由に変更された。この石勝線開業は、北海道の特急列車体系を函館中心から札幌中心に変える端緒となり、同線開業時点で「おおぞら」1往復の函館〜札幌間が「北斗」に系統分離され、「北斗」は4往復となった。
昭和60(1985)年3月14日改正で季節急行「すずらん」1往復を格上げして5往復となった「北斗」は、国鉄最後のダイヤ改正となる昭和61(1986)年11月1日改正で大きな転機を迎える。この改正では183系気動車の配置を札幌運転所に集約、「おおぞら」全列車が札幌〜帯広、釧路間の特急となり、函館〜札幌間の特急は「北斗」に統一された。また、倶知安、小樽経由の「山線」で運転されていた「北海」2往復も編入し、「北斗」は8往復に膨れ上がった。これにより、これまで「おおぞら」の陰に隠れていた「北斗」は、完全に函館〜札幌間のメイン列車に躍り出た。

新時代の高速化に対応した281系「スーパー北斗」の登場

デアゴスティーニ編集部

函館〜札幌間高速化の切り札として登場した281系「スーパー北斗」。

JR移行後の北海道の鉄道は、相次ぐ航空網や高速道路網の整備 により、都市間輸送の改善が急務とされ、主要線区では高速化に対応した線路やポイントの改良、新系列車両の投入が相次いだ。特に函館〜札幌間は北海道内での産業や観光面に占める輸送のウエイトが大きく、1990年代に入ってその高速化が最優先で進められた。その結果登場したのが函館〜札幌間最速2時間59分を売りとした「スーパー北斗」の登場だった。
平成6(1994)年3月1日改正で登場したこの列車には、制御付き振り子式台車を採用した新系列の281系気動車が投入され、5往復が設定された。特に「スーパー北斗19・2号」は、途中、東室蘭、苫小牧、南千歳3駅停車の2時間59分で結び、最高速度130km/hの性能を如何なく発揮した。また、この改正では、130km/h運転に対応した183系550・1550番代をマイナーチェンジした車が登場し、原番号に2000を付加した3550番代(キロは2550番代)、120km/h運転車との共用タイプには原番号に3000を付加した4550番代が登場。塗装は青を基調とした、いわゆる「HET」色となり面目を一新した。
平成10(1998)年4月11日改正では「スーパーおおぞら」で使用されていた283系気動車の増備車が登場したことから、「スーパー北斗」にも投入を開始した。そして現在も函館〜札幌間は「スーパー北斗」が主役の座に就いている。

※この記事は、週刊『鉄道データファイル』(デアゴスティーニ・ジャパン刊)を基に構成したものです。

公開日 2016/02/15


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