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「北越」

【第60回】 「北越」


44.10改正で設定された当初の「北越」は、大阪発着の関西と新潟県内を結ぶ列車として運転されていたが、「雷鳥」の新潟進出により、金沢や福井を発着するローカル特急へ転身した。JR移行後は、上越新幹線と北陸本線における在来線特急の列車体系変更に翻弄され勢力が徐々に削減されていった。

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当初は予定臨時列車として設定

デアゴスティーニ編集部

北陸本線の全線電化を機に初めて関西と新潟を結ぶ特急として誕生した「北越」は、485系の不足から設定当初は不定期列車として運転された。定期化後は、金沢〜新潟間のローカル運用も登場し、53.10改正ではこの運転区間に定着した。

昭和40年代前半の北陸本線は、大阪と金沢、富山を結ぶ電車特急「雷鳥」が昼間の顔として勢力を伸ばしていたが、昭和44(1969)年9月29日に北陸本線の全線電化が完成したのを機に大阪〜新潟間に電車特急の運転が企図され、同年10月1日改正で設定されたのが「北越」だった。これまで、富山以遠から新潟へ至る昼行特急は大阪〜青森間の「白鳥」のみだったため、「北越」の設定は関西〜新潟県内の利便性を向上させるかに見えたが、485系が「雷鳥」の増発と「はくたか」の電車化に優先して充てられたことから、「北越」は予定臨時列車としてスタートし、8015M/大阪14時30分→新潟22時11分、8016M/新潟7時00分→大阪14時48分のダイヤで運転されていた。

定期化後の人気は堅調 金沢発着列車も加わる

デアゴスティーニ編集部

当初は485系のみだった「北越」も、48.10改正を機に489系が運用に加わったが、50.3改正で一度離脱、57.11改正で復活した。

この臨時「北越」は10月9日から運転を開始したが、向日町運転所(現・京都総合運転所)に485系35両が増備された翌年2月28日発の下り列車から晴れて定期列車に格上げとなり、「雷鳥」「白鳥」とともに正式に北陸特急のラインアップを飾るようになった。これ以後の「北越」の人気は堅調に推移し、昭和48(1973)年3月1日には大阪〜富山間の「雷鳥」1往復を富山〜新潟間毎日運転の臨時列車扱いで延長したうえで「北越」に編入した。また、金沢〜新潟間には毎日運転の臨時列車として1往復が設定され実質3往復となり、同年10月1日改正から金沢運転所の489系も「白山」「雷鳥」と共通運用で戦列に加わるようになった。なお、大阪発着の2往復は、昭和50(1975)年3月10日改正で、「白鳥」「雷鳥」などとともに、京都〜敦賀間が湖西線経由に変更されている。

53.10改正で関西を離れローカル化 

デアゴスティーニ編集部

昭和63(1988)年11月からは、上沼垂区に485系グレードアップ車が登場し、アイボリー地の鮮やかな塗色が「北越」に新風を巻き込んだ。

昭和53(1978)年10月2日改正では、「北越」に大きな転機が訪れた。この改正では、大阪〜新潟間の気動車急行「越後」が特急に格上げとなったが、この列車は「雷鳥」となったため、大阪発着2往復の「北越」もこれに倣い「雷鳥」に改称され、「北越」として残るのは金沢〜新潟間の1往復のみとなった。大都市である大阪、京都の地を離れ、石川富山両県と新潟県を結ぶローカル特急に都落ちした感のある「北越」だったが、上越新幹線が開業した昭和57(1982)年11月15日改正では、上野〜金沢間を上越線経由で結んでいた「はくたか」が廃止されたことにより2往復が振り替えられ計3往復と盛り返した。しかし、肝心の新幹線連絡は新潟まで進出した「雷鳥」に分があり、「北越」のローカルな地位に変わりはなかった。それでも昭和60(1985)年3月14日改正では、福井〜青森間の「白鳥」1往復と上野〜金沢間の「白山」1往復の系統分離によって、福井発着列車を含む5往復に、翌61(1986)年11月1日改正では季節1往復を増発し6往復になるなど、国鉄の分割・民営化へ向けて着々と勢力を強めたかに見えた。

JR化後は「かがやき」の陰に隠れる

デアゴスティーニ編集部

489系12連の「北越」は昭和48(1973)年10月に登場したが、50.3改正では485系11連に置き替えられた。

ところが、昭和63(1988)年3月13日改正では金沢〜長岡間に姉妹列車として停車駅が少ない速達タイプの「かがやき」が設定され、「北越」の存在は再び霞むことになる。この時点でも61.11改正時の6往復運転は変わらなかったが、平成3(1991)年3月16日改正では季節「北越」1往復が「かがやき」に編入されたほか、「雷鳥」1往復と「北越」1往復が統合され「雷鳥」とされたため、「北越」自体は4往復の運転に後退した。さらに、翌年3月14日改正では1往復の長岡〜新潟間が普通、快速列車に格下げられた。
第三セクターの「北越急行」が開業した平成9(1997)年3月22日改正では、上越新幹線から北陸方面在来線への接続体系が、同鉄道を経由する新設の「はくたか」へシフトしたため、姉妹列車だった「かがやき」が廃止され、「北越」も2往復にまで縮小された(ただし普通、快速列車となる区間は消滅)。
このように、「北越」のJR移行後は、新設列車の登場によりじわじわと勢力が削がれていったが、平成13(2001)年3月3日改正では、「白鳥」や新潟「雷鳥」2往復の廃止で、逆に5往復と盛り返している。使用車両は、昭和63(1988)年11月3日から投入されているJR東日本新潟車両センター(旧上沼垂運転区)の485系グレードアップ車と平成9(1997)年3月22日改正から485系3000番代であった。485系3000番代の運行開始当初は「はくたか」の出入区スジを確保するための変則運用であったが、平成12(2000)年に「いなほ」と共通の6両編成が登場した。その後、北陸新幹線の開業にともない、「北越」は廃止されることになった。

※この記事は、週刊『鉄道データファイル』(デアゴスティーニ・ジャパン刊)を基に構成したものです。

公開日 2017/12/31


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