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「ちくま」

【第62回】 「ちくま」


中央西線を走る国鉄時代の優等列車は、名古屋発着の特急「しなの」や急行「きそ」がメインだったが、大阪発着ではこの「ちくま」が03.10改正まで運転されていた。昭和34(1959)年に夜行客車列車としてスタートしたこの列車は、最盛期でも3往復と本数はわずかだったが、夜行1往復のみに後退したあともしぶとく生き残り、数少ないJR急行のラインアップを飾った。

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昭和30年代は下り夜行で上り昼行 変則的な運転に終始する

客車列車として登場した「ちくま」は、その後、気動車、電車、客車の3車種が充当され、国鉄末期の61.11改正では再び客車1往復に戻り、14系寝台車+12系座席車の併結編成となったが、97.10改正では特急型の383系電車に置き換えられた。

山深い木曽谷を越える中央本線名古屋〜塩尻間は、列車系統上、新宿〜塩尻間の「中央東線」に対して「中央西線」と通称されている。同線は勾配や急曲線が数多く点在しており、D51があえぎながら旅客列車を牽引していたことで知られていた。同区間は、優等列車の設定がなかった戦後間もなくの時代は6時間近くも要していた。そんな中央西線に戦後初めて優等列車が設定されたのは昭和23(1948)年7月1日改正でのことで、のちに「きそ」と命名される名古屋〜長野間準急801・802列車が運転を開始している。
この準急は昭和32(1957)年10月1日改正から昼行1往復、夜行2往復(1往復は不定期2809・2808列車からの格上げ)となったが、昭和34(1959)年12月13日には名古屋→長野間、長野→大阪間に昼行準急が増発され、「きそ2号」が大阪発とされたことから、大阪発着列車は名古屋発着列車と区別するため「ちくま」と命名された。昭和36(1961)年9月頃のダイヤは3809〜809列車/大阪20時25分→長野6時16分、806〜3806列車/長野9時55分→大阪18時48分で、大阪〜名古屋間は不定期運転だった。
昭和36(1961)年10月1日改正では、中央西線にキハ58型気動車グループが本格的に投入されることになり、名古屋〜長野間に当時の名古屋機関区受持ちの急行「信州」「あずみ」が増発された。一方、「ちくま」は長野機関区のキハ58型気動車グループに置き換えられ、急行に格上げされた。その当時のダイヤは807D/大阪21時35分→長野6時58分、808D/長野11時00分→大阪18時34分で、下り夜行、上り昼行という変則パターンは、東海道区間における線路容量などの問題もあり、客車時代と変わらなかった。

41.3で昼夜行が1往復ずつ揃う47.3以後はDC1往復PC2往復に

53.10改正では不定期客車列車1往復が165・167系に置き換えられ、電車「ちくま」が登場したが、61.11改正で廃止された。

「ちくま」が昼・夜行1往復ずつの体制となったのは、昭和41(1966)年3月に実施されたダイヤ改正からだった。下り昼行、上り夜行が1本ずつ増発され、次のようなダイヤとなった。
「第1・2ちくま」=803D/大阪9時50分→長野17時55分、808D/長野21時55分→大阪6時53分
「第2・1ちくま」=809D/大阪21時25分→長野6時55分、804D/長野10時55分→大阪18時30分
さらに昭和43(1968)年10月1日改正では、これまで「彩雲」を名乗っていた不定期客車列車を吸収し3往復となった。この不定期客車1往復のダイヤは6811列車「ちくま2号」/大阪20時27分→長野6時34分、6812列車「ちくま2号」/長野10時50分→大阪20時14分で、この列車も下り夜行、上り昼行の変則運転となった。
この3往復が「ちくま」としての最多本数となるが、昭和46(1971)年4月26日には上下各1本の昼行気動車列車が特急「しなの」に格上げされ、「ちくま」は気動車夜行1往復と客車列車1往復の計2往復に後退した。
しかし、昭和47(1972)年3月15日改正では、季節(不定期)夜行1往復が増発され再び3往復に復帰し、定期夜行気動車列車1往復、季節客車列車(昼・夜行)2往復の陣容となった。このうち季節客車1往復は昭和48(1973)年10月1日改正で新鋭の12系客車に置き換えられ、キハ58型気動車グループ、一般型客車、12系客車と3者3様の形となった。この状態は昭和53(1978)年10月2日改正まで続いた。

61.11改正で夜行1往復のみに後退 定期列車末期は特急型の383系に

53.10改正では九州の「かいもん」「日南」に続いて「ちくま」も20系寝台車+12系座席車の編成となったが、寝台車が3両連結されたのは「ちくま」だけだった。

53.10改正では「ちくま」に大きな変化が見られた。定期夜行気動車1往復が客車に置き換えられ、編成も12系客車と20系客車の併結となって装いを新たにした。一方、季節客車1往復は165・167系に置き換えられ、大阪〜南小谷間の季節急行「くろよん」を併結した。残る1往復の季節客車は12系のまま据え置かれた。これにより「ちくま」のラインアップは次の通りとなった。
「1・6号」=7801列車/大阪21時04分→長野5時56分、7804列車/長野22時02分→大阪6時52分(12系)
「3・2号」=7811M/大阪21時43分→長野6時17分、7812M/長野8時58分→大阪17時10分(165・167系)
「5・4号」=4803列車/大阪22時20分→長野6時49分、4804列車/長野20時31分→大阪5時49分(12系+20系)
この3往復も昭和57(1982)年11月15日改正では12系使用の「1・6号」が臨時列車に格下げられ、「ちくま」は再び2往復に後退、昭和61(1986)年11月1日改正ではついに定期夜行客車1往復のみとなり、寝台車が20系から14系に置き換えられた。
こうして国鉄末期のダイヤ改正で風前の灯と化した「ちくま」だったが、JR移行後は意外にもしぶとく生き残った。平成9(1997)年10月1日改正では特急型の383系に置き換えられ、昼の「(ワイドビュー)しなの」に対する夜の顔とでもいうべき存在になったが、夜行旅客の減少により、平成15(2003)年10月1日改正ではついに臨時列車に格下げられてしまった。

※この記事は、週刊『鉄道データファイル』(デアゴスティーニ・ジャパン刊)を基に構成したものです。

公開日 2018/03/01


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