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M8軽装甲車

【第47回】M8軽装甲車 <装甲車>


 M8軽装甲車は、第二次世界大戦時にアメリカ陸軍が長年にわたって主役を務めてきた装甲車である。1943年に生産が開始され、1945年の生産終了までに約8,600両が生産された。試作時の名称はT22装甲車。また、イギリス軍によって「グレイハウンド」の愛称が付けられた。

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M8と派生型M20

デアゴスティーニ編集部

▲イラク戦争時、バグダッド近郊でアメリカ軍に発見されたM8装甲車。

 第二次世界大戦がヨーロッパで勃発し、1940年と1941年にその作戦動向を観察したアメリカ陸軍は、高性能の装甲車を開発することとした。この車両は6×6駆動で、兵装は37mm砲、低いシルエットの軽量な車体であることが求められた。アメリカ式の常で、設計提案は4社から提出された。その中からフォード社設計のT22が最も優れていると判断され、開発・生産はフォード・モーター社が行った。M8軽装甲車として量産が発注された。
 後にM8は、すべてのアメリカ製装甲車の中で最も重要な存在に成長し、1945年4月に生産が完了するまでに11,667両が生産された。M8は卓越した路外性能をもつ優れた戦闘車両であり、その素晴らしい設計の証として、多くの車両が1970年代中期まで数か国の陸軍で就役し続けた。
 M8は車高の低い完全6×6駆動の車両で、車軸は車体前部に1本、後部に2本配置されていた。通常、車輪は泥除けに覆われているが、作戦時には取り外されることも多かった。4名の乗員が乗り組む車内はゆったりとしていて、円形の砲塔には37mm主砲が搭載された。さらに、7.62mmブローニング機関銃が主砲同軸に装備され、砲塔後部には対空用12.7mmブローニング重機関銃を取り付けるピントルがあった。また一般的な追加兵装として、12.7mmブローニング機関銃1挺が砲塔に取り付けられていた。
 M8に極めて近い派生型として、M20装甲汎用車がある。この車両は、M8から砲塔を取り除き、戦闘区画を廃止して、車内を兵員や補給物資の輸送に使えるようにしたものである。オープン区画上のリング・マウントには、機関銃を取り付けることができた。M20は、指揮車両から戦車部隊への弾薬運搬車両まで、多用途に利用できる貴重な小型車両として、M8同様に各方面で重宝された。

ポピュラーな装甲車

デアゴスティーニ編集部

▲パリ解放後に、凱旋門を通過するアメリカ軍のM8。

 1943年3月に最初の量産車が工場から送り出されて以来、アメリカ陸軍はM8およびM20を広く採用した。同年11月までに1,000両を超える車両が引き渡され、1943年中にはイギリスと英連邦諸国軍にも提供された。イギリス軍はM8をグレイハウンドと呼んだが、イギリス軍はグレイハウンド装甲車は軽すぎて対地雷防御能力が低すぎると判断し、レンドリース法による本格的な導入は見送っている。M8はイギリス軍の考えからすると車体下部は対戦車地雷に対しあまりに脆弱だったがことがあげたが、この欠点は車内の床部分に砂袋を敷き詰めるという方法で克服された。またこうした欠点は、M8が大量に入手可能であったことや、あらゆる地形を踏破できるという事実の前には取るに足らないことであった。
 M8が遭遇し得る敵の偵察車両に対して、37mm主砲は十分対抗可能であり、また敵歩兵から車両を守るには2挺の機関銃が有効であった。M8はあらゆる状況下で走行が可能であったが、最大の長所は「必要なときにいつもそこにいる」と思えるくらい数多く存在したことであった。
 M8は2000年代になっても、一部の国では現役であった。その大半は改良されてディーゼル・パワーパックとオートマチック・トランスミッションを装備し、一部は対戦車ミサイル運搬車両として使用されていた。

諸 元

M8軽装甲車
乗員:4名
寸法:全長5.00m、全幅2.54 m、全高2.25m
エンジン:出力110馬力のハーキュリーズJXD 6気筒ガソリン・エンジン1基
戦闘重量:7.94t
性能:最大路上速度89km/h、最大航続距離563km、渡渉水深0.61m、登坂能力60%、越堤能力0.3m

(この記事はワールド・ウェポン<デアゴスティーニ・ジャパン刊>をもとに構成したものです。)
[タイトル写真]U. S. Army/U.S. Marine Corp

公開日 2016/11/29


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