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Pz61、Pz68

【第73回】Pz61、Pz68 <戦車>


 Pz61は、第2世代の主力戦車として1951年に開発開始されたスイスの主力戦車で、Pz68は、Pz61を基礎に設計された車輛である。Panzer61、Panzer68とも呼ばれる。Pz61の導入が成功裏に終わった直後からPz68が開始された。

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Pz61を開発し、Pz68を導入

▲2006年にパレードに参加したPz61。

 1950年代初期、スイスは独自設計による主力戦車の開発に着手し、90mm砲1門を装備するKW30試作車を1958年に完成させた。この車両を製作したのは、NKI 75mm自走対戦車砲およびNKII 75mm突撃砲の試作車の設計・製造ですでに実績のある、トゥーンのフェデラル・コンストラクション・ワークスであった。2番目の試作車は1959年に完成し、1960〜61年にはPz58と命名された前量産型戦車10両が生産された。これらは、当時センチュリオン戦車に搭載されていたものと同じイギリス製の20lb(83.4mm)砲を装備していた。1961年には、砲を105mm L7砲に変更した車両150両が発注され、Pz61と名づけられた。Pz61は1965〜66年にスイス陸軍に納入されて、イギリス製のセンチュリオンの一部と交代した。Pz61は、1995年まで使用された。
 Pz61に続いてPz68が登場した。Pz68の特徴は、Pz61の20mm機関砲に代えて7.5mm機関銃を主砲同軸に装備したことのほか、砲安定化システム、接地長が長くて幅の広いキャタピラを採用したことなどである。Pz68戦車は1971〜74年に合計170両が製造され、その後1977年には改良型のPz68 Mk2が50両、1978〜79年には大型砲塔を搭載したPz68 Mk3が110両、1981〜82年にはMk3の改良型であるPz68 Mk4が60両納入された。

在来型レイアウトの採用

▲戦車博物館に展示されている派生型のPz68/88。

 Pz68は在来型のレイアウトを採用しており、操縦手は車体前部、砲塔は車体中央、エンジンおよびトランスミッションは車体後部にある。砲塔は鋳造鋼鉄製で、車長と砲手が右側、装填手が左側に座る。7.5mm対空機関銃の射撃は装填手が担当するため、車長は本来の指揮任務に専念できる。105mm主砲の俯仰範囲は31°(−10°〜+21°)で、砲塔両側に各3基の発煙弾発射器がある。砲塔頂部には後付けでボフォース・リラン・ランチャー2基を設置でき、夜間戦闘時に照明弾を発射できる。
 Pz68のシャシーをベースとする車輌には、装甲回収車両(Entp Pz68)、装甲架橋車両(Bru Pz68)、標的戦車などがある。対空戦車(35mm機関砲2門を装備)や155mm自走砲の試作車も製作されたが、これらは量産には至っていない。装甲回収車両の前部には排土板が装着されており、A字型フレームの最大吊り上げ荷重は15t、油圧式ウインチは25tを牽引でき、スナッチ・ブロック(切り欠き滑車)を利用すれば75tまで牽引可能である。
 Pz61およびPz68は、戦後設計された戦車の中で成功した部類には入らない。1979年のある報告書では、Pz68の50項目におよぶ欠陥が指摘されており、中でもキャタピラの寿命が短いこと、砲が目標に対して安定しないこと、燃料タンクに亀裂が発生することなど、いくつかの問題は極めて深刻であると記述されていた。派生型にPanzer 68/75、Panzer 68/88が存在する。

諸 元

Pz68
乗員:4名
寸法:全長9.49m(主砲含む)、車体長6.98m、全幅3.14m、全高2.88m(対空機関銃含む)
エンジン:出力660馬力のMTU 8気筒ディーゼル・エンジン1基
重量:39.7t
性能:最大路上速度55km/h、最大路上航続距離350km、渡渉水深1.1m、登坂能力60%、越堤能力1m、越壕能力2.6m
兵装:105mm旋条砲1門、7.5mm機関銃1挺

(この記事はワールド・ウェポン<デアゴスティーニ・ジャパン刊>をもとに構成したものです。)

[タイトル写真]U. S. Army/U.S. Marine Corp

公開日 2019/01/28


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