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B-52ストラトフォートレス

【第27回】B-52ストラトフォートレス  <爆撃機>


B-52は、ボーイング社が開発しアメリカ空軍に採用された戦略爆撃機で、愛称はストラトフォートレス(成層圏の要塞)。1952年初飛行から、実に半世紀にわたって第一線を保ち続けている。その長い歴史の中で、B-52には数多くの改良や改修が加えられ、常に時代に通用する能力を維持し続けてきた。

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B-52の開発

デアゴスティーニ編集部

▲爆弾を投下するB-52D(1960年代)。

アメリカ軍は時速500km、航続距離8,000kmを超える大型爆撃機の検討を1945年から行っていた。ボーイング社においても大型爆撃機の検討・提案を行い、1946年にターボプロップエンジンを6基搭載したモデル462案が採用されXB-52としての開発が開始された。モデル462案には間もなく修正が加えられエンジンを4基に変更したモデル464案となっている。核兵器運用能力の追加などの改良が加えられ、1946年中にモデル464-16案や464-17案が検討された。さらに空中給油能力などの改良が加えられ、1948年10月にはターボプロップエンジンを取りやめ、後退翼とジェットエンジンを装備したモデル464-49案が作成された。モデル464-49案を改良したモデル464-67案を基に試作機の製造が開始された。
「でかくてみっともない太っちょ野郎」の頭文字を取った「バフ(BUFF)」の名で呼ばれるボーイングB-52ストラトフォートレスは、量産期間中に製造された型は意外なほど少ない。その中で最も機数が多いのはB-52Gで、193機が製造された。イラストのB-52Gはアメリカ空軍戦略航空軍団(SAC)第2爆撃航空団に所属した機体で、巡航ミサイル母機に改修される前の姿で描かれている。第2爆撃航空団の母基地はルイジアナ州バークスデール空軍基地で、第62および第596爆撃飛行隊によって編成されていた。現在、同航空団は航空戦闘軍団(ACC)の隷下部隊として3個爆撃飛行隊のB-52Hを運用している。
冷戦期のB-52は各種の核兵器を搭載したが、1961年以降は巡航ミサイルが重要な部分を占めるようになった。B-52Gではコックピットが大幅に改良され、6名の搭乗員全員が1個の区画内に搭乗することになった。それまでの型では、「最後尾のチャーリー」と呼ばれた尾部射撃手は、方向舵後縁よりも後ろの胴体最後尾が定位置であったが、防御火器の遠隔操作が可能になったため、孤独な席から前方に移動することになったのである。しかし皮肉なことに、1991年10月以降、経費削減策の一環として、B-52の射撃手は搭乗員から外されることになった。

B-52の変遷

デアゴスティーニ編集部

▲B-52の搭載兵器。

1952年初飛行のB-52ストラトフォートレスは、実に半世紀にわたって第一線を保ち続けている。その長い歴史の中で、B-52には数多くの改良や改修が加えられ、常に時代に通用する能力を維持し続けてきた。
B-52が就役した当時、この爆撃機が核攻撃以外の任務に使用されることになるとは、誰も予想していなかった。1960年代からは種々の対地ミサイルが登場したが、B-52が基本的に核兵器投下システムであることに変わりはなかった。しかし、ベトナム戦争の激化にともなってこの考えも一変し、B-52Fは750lb (340kg)の通常爆弾を27発しか積むことができないという事実が判明すると、「ビッグ・ベリー」B-52Dが31,750kgという膨大な量の爆弾を積めるように改造された。ベトナム戦争後、在来兵器による攻撃が次第に重要性を増す一方で、B-52はAGM-86などの巡航ミサイルの主力母機にもなった。1990年代の初期には、残っていたB-52Gはすべて、通常兵器による戦力投入任務を担当することになった。B-52Gはこの任務で、重力落下式のM117、Mk80シリーズ、集束爆弾、さらにAGM-84ハープーン対艦ミサイル、AGM-142ハヴ・ナップ対地攻撃ミサイルなど、多種多様な兵器を搭載した。
1970年代後期になると、対ソ連攻撃を成功させるには、B-52は超低空で攻撃可能距離内に侵入する以外にほとんど手段がないことが明らかになった。巨大な爆撃機がこのような方法で攻撃するには、電子機器を全面的に改良する必要があり、AN/ALQ-151EVS(電子光学視野装置)がB-52GとB-52Hに搭載された。AN/ALQ-151システムはLLLTV(低光量テレビ)とFLIR(前方監視赤外線装置)で構成され、前者は機首下面の左フェアリング、後者は右フェアリング内に収められた。これらのセンサーはコックピット表示装置に画像を送り、操縦員はこれによって、夜間でも極めて正確に低空飛行できるようになった。
「砂漠の嵐」作戦は、B-52Gが新しい攻撃兵器と改良型ECM装置の能力を発揮する絶好の機会となった。この作戦には最終的に80機ものB-52Gが参加し、イラク軍の最精鋭とされていた共和国防衛隊を集中的に攻撃した。B-52は、エジプト、インド洋、サウジアラビア、スペイン、イギリスなどの基地から出撃し、1回の出撃につき51発前後のM117 750lb (340kg)爆弾を積んで、共和国防衛隊の陣地に圧力を加え続けた。ベトナム戦争時と同様、爆撃は3機を1個編隊として実施されたが、その目的はECM能力を最大限に発揮することではなく、最大の破壊力を発揮することであった。また、「砂漠の嵐」作戦では35発前後のAGM-86C CALCM(通常弾頭型空中発射巡航ミサイル)も投下された。

諸 元

デアゴスティーニ編集部

▲両翼下に2機の無人機D-21Bを吊して飛行するB-52H

B-52Hストラトフォートレス
機体寸法
全長:49.05m
全幅:56.39m
主翼面積:371.60m2
全高:12.40m
水平尾翼幅:15.85m
水平尾翼面積:83.61m2
ホイール・トラック:2.51m
ホイール・ベース:15.48m
エンジン
定格推力75.62kNのプラット&ホイットニーTF33-P-3(JT3D-2)低バイパス比ターボファン・エンジン8基
重 量
運用空虚重量:62,771kg
最大ペイロード:23,413kg
最大離陸重量:229,088kg
最大ランプ重量:148,780kg
燃料および兵装搭載量
燃料:機内135,821kgのほかに2,650rの固定式機外タンク2個に各4,134kgを積載可能
最大兵装搭載量:約22,680kg
性 能
最大速度(高高度):957km/h
巡航速度(高高度):819km/h
侵入速度(低高度):652~676 km/h
航続距離:16,093km以上
実用上昇限度:16,765m
離陸滑走距離:2,896m(最大離陸重量時)
兵 装
核任務時、B-52Hは20発の巡航ミサイル(機内の回転式発射機に8発、主翼下に左右各6発)を搭載可能。ミサイルはAGM-86B ALCM(空中発射巡航ミサイル)またはAGM-129ACM(発達型巡航ミサイル)。オプションでB61またはB83重力落下式核爆弾を搭載可能(現在この任務は主としてB-2Aに任せられている)。通常弾頭兵器としてはAGM-86C巡航ミサイル、AGM-142ハヴ・ナップ対地攻撃ミサイルおよびAGM-84ハープーン対艦ミサイルがある。重力落下式爆弾はHSAB (重重量搭載兵器アダプター・ビーム)またはハウンド・ドッグ・パイロンに750lb(340kg)クラスの爆弾を最大51発まで搭載可能

(この記事はワールド・ウェポン<デアゴスティーニ・ジャパン刊>をもとに構成したものです。)
[タイトル写真]U. S. Army/U.S. Marine Corp

公開日 2015/03/27


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