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ダグラスA-26インヴェーダー

【第52回】ダグラスA-26インヴェーダー <攻撃機>


 ダグラスA-26は、1942年に初飛行したダグラス社の双発攻撃機/軽爆撃機。愛称はインヴェーダー、つまり「侵略者」の意。第二次世界大戦中に初飛行したため、大戦後半の連合軍優勢の中、戦術爆撃として日本本土空襲にも投入され、沖縄から南九州の爆撃に出撃した。

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強力な兵装

デアゴスティーニ編集部

▲アメリカ空軍所属のA-26。

 計画当初のA-26では、3種類の型を並行して製造することが考えられていた。すなわち、XA-26A夜間戦闘機型、XA-26水平爆撃機型、そしてXA-26B地上攻撃機型である。この中で最初に製造することが決定されたのはXA-26Bで、1944年11月にヨーロッパに送られ、アメリカ第9航空軍でA-26Bとして実戦に参加した。
インヴェーダーは、強力なR-2800エンジン2基を搭載しており、第二次世界大戦に参加した中で最速のアメリカ爆撃機であった。A-26Bは機首に6挺の重機関銃を取り付け、さらに主翼下に取り付けたパックに機関銃8挺を積むこともあった。これに加えて、胴体背部のターレットを前方に固定すると、実に合計16挺もの機関銃で前方射撃を行うことができた。キャビンと燃料タンクは、小口径火器による攻撃に耐えられるよう厚く装甲が施されていた。機内には合計1,814kgの爆弾を積むことができ、主翼下4か所のハードポイントに爆弾を取り付けると、合計爆弾搭載量は2,722kgにまで増加した。
 戦場上空で一斉に機関銃を射撃すれば極めて強力な威力を発揮し、主翼下に127mm無誘導ロケット弾を積めばさらに攻撃力が増大するのは明白であった。しかしインヴェーダーは、ヨーロッパでは戦術支援機として部分的な成功を収めるにとどまった。敵の手から無傷に近い状態で奪回した飛行場を使用できる場合は、インヴェーダーは有効な働きを見せたが、総じて前進飛行場からの活動には不向きだったのである。はるか後方の基地から出撃するのでは、前線到達までに時間がかかってしまうため、A-26による攻撃は自ずと飛行場や橋梁などの固定目標に限定された。しかし、この任務では、より機数の多い中爆撃機のほうが、頻繁かつ効果的な攻撃を行うことが多かった。側方の視界が悪かったことも、インヴェーダーが活躍できなかった理由の一つである。

中爆撃機

デアゴスティーニ編集部

▲駐機中のA-26B。

 太平洋戦域では、アメリカ陸軍航空軍が投入したA-26Cインヴェーダーの数はあまり多くなかった。南洋の島々を転戦する同戦域の性質上、それもやむを得ないことであった。A-26Cでは、中高度から爆撃を行うために、機関銃の代わりに爆撃照準手を機首に乗せていた。つまり、この型はまったく普通の中爆撃機として戦闘に参加したのである。
 アメリカ軍では、真の対地支援攻撃機には「attack(接頭記号はA)」の型式区分名が付けられて、いわゆる軽爆撃機と区別されていた。しかし、ダグラスA-26インヴェーダーの戦場における行動形態は、「その場の状況に応じた攻撃」を行うよりも、「あらかじめ指定された攻撃」を行うほうが多かったため、むしろ軽爆撃機に近かったと言える。
 第二次世界大戦だけでなく、第一次インドシナ戦争や朝鮮戦争・ベトナム戦争でも使用された。少数の改良機は1969年まで戦闘任務で使用された。最後のA-26は州兵局で1972年に退役した。

諸 元

ダグラスA-26Bインヴェーダー
タイプ:3座戦術支援機
機体寸法:全幅21.34m、全長15.24m、全高5.64m、主翼面積50.17m2
エンジン:出力2,000馬力のプラット&ホイットニーR-2800-27星形ピストン・エンジン2基
重量:自重10,147kg、最大離陸重量15,876kg
性能:最大速度572km/h(高度12,000ft)、高度3,050mへの上昇時間8分6秒、実用上昇限度6,735m、航続距離2,255km
兵装:機首に12.7mm機関銃6挺、胴体下と胴体背部のターレットに同機関銃各2挺、加えて機内爆弾倉に最大1,814 kg、機外に最大907kgの爆弾または最大16発の127mmロケット弾を携行

(この記事はワールド・ウェポン<デアゴスティーニ・ジャパン刊>をもとに構成したものです。)
[タイトル写真]U. S. Army/U.S. Marine Corp

公開日 2017/04/27


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