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F-117Aナイトホーク

【第8回】 F-117Aナイトホーク <ステルス攻撃機>


独特な機体の形が特徴的なF-117Aナイトホークは、レーダーに映らない真の「ステルス機」として開発された。その存在は長らく伏せられていたが、1991年の「砂漠の嵐」作戦では、華々しい活躍ぶりを披露した。

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真のステルス機

▲ネヴァダ州ネリス空軍基地からの訓練飛行中に撮影されたF-117Aナイトホーク。特徴的な機体の形は、レーダー波を全方向に反射する面の組み合わせで構成されている。(写真/U.S. Air Force)

1974年、アメリカ国防高等研究計画局(DARPA)は、レーダー波吸収材料とレーダー波反射内部構造、レーダー波「反射」形状を組み合わせてレーダー断面積を劇的に減少させる、真のステルス作戦機を開発するよう要求した。おおざっぱに言うと、この航空機は、レーダー波を全方向に反射する面の組み合わせで機体を構成することにより、AWACS機でさえ探知できないようにしたもの。この考え方は主翼にも適用されていて、翼型は下側2枚の平面と上側3枚の平面で形成されており、アクセス・パネルやアクセス・ドアにも「直線を避ける」配慮がなされ、多くは縁が鋸歯状になっている。またコックピットの透明部分には、金を材料とするコーティングが施されている。
1976年4月、ロッキード社の「スカンク・ワークス」は、縮小スケールの技術実証機2機を開発する注文を受けた。その1号機は1977年に飛行し、後に1号機、2号機とも失われたが、これによって十分な経験を得たロッキード社は、1978年11月に実寸の実用戦術作戦機の開発を受注した。本機には大きな変更が取り入れられたが、最も顕著な点は、尾翼がそれまでのように内側ではなく、外側に傾けられたことである。5機製造された全規模開発試作機の1号機は1981年6月18日に初飛行し、これらは量産型に比べて小型の尾翼を有していた。
1983年10月、量産型F-117A 5機とヴォートA-7D 18機で編成される部隊が、アメリカ空軍で作戦配備に就いた。A-7Dはパイロットの技量維持用であると同時に、F-117Aの存在を隠すためのダミーでもあった。

「砂漠の嵐」作戦で活躍

▲F-117Aの設計ではステルス性が最優先のテーマとされたため、兵器倉を機内に設ける必要が生じ、そのため兵器搭載量がやや小さくなったものの、攻撃兵器は恐るべき精度を持っている。(写真/U.S. Air Force)

アメリカ国防総省がF-117Aの存在を公に認めたのは1988年11月のこと。F-117Aは1989年12月19日に初めて実戦に参加し、アメリカ軍によるパナマ侵攻時に2機がリオ・ハトの兵舎を攻撃した。このささやかなデビューが陰に隠れるほど、1991年の「砂漠の嵐」作戦における活躍は華々しく、延べ42機のF-117Aがサウジアラビアのカミス・ムシャイト基地を発進して、イラク国内と占領下にあったクウェートの目標に夜間攻撃を行った。1999年には、NATO主導のコソヴォ平和維持活動に加わってセルビアの目標を攻撃したが、この作戦中に、機械的な故障と見られる原因により、F-117Aは初めて実戦における機体損失を被った。その後、F-117Aは「イラクの自由」作戦にも参加している。

諸 元

▲空中給油を受けるF-117Aナイトホーク。長らく秘匿されていた同機だが、コソヴォ紛争や湾岸戦争、イラク戦争でその存在感を見せつけた。(写真/U.S. Air Force)

ロッキードF-117Aナイトホーク
タイプ:単座ステルス攻撃機
寸法:全幅13.21m、全長20.08 m、全高3.78m、主翼面積約105.9m2
エンジン:ドライ時推力48.04 kNのゼネラル・エレクトリックF404-GE-F1D2ターボファン2基
重量:自重13,608kg、最大離陸重量23,814kg
性能:最大速度約1,040km/h (高高度)、巡航速度904km/ h(高度30,000ft)、実用上昇限度11,765m、行動半径約862km(兵装1,814kg搭載時)
兵装:胴体下部2か所の兵器倉に最大2,268kgの投下兵装品を搭載可能、主攻撃兵器はGBU-28レーザー誘導爆弾

(この記事はワールド・ウェポン<デアゴスティーニ・ジャパン刊>をもとに構成したものです。)
[タイトル写真/U.S. Air Force] 

公開日 2013/08/28


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