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長門

【第1回】長門 <戦艦>


「長門型」戦艦の1番艦であり、第二次世界大戦において数々の海戦に参加した長門は、長年にわたって連合艦隊の旗艦を務め、終戦時に唯一生き残った日本の主力艦であった。

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連合艦隊の旗艦

デアゴスティーニ編集部

▲1920年代の完成時には世界で最も強力な戦艦であった「長門」は、1930年代に約3,000tの装甲板が追加されるなど、大幅に改装された。(資料提供:大和ミュージアム)

 日本は20世紀の初期に海軍の拡充に力を注ぎ、それまで未熟な沿岸兵力でしかなかった海軍戦力は、世界の主要艦隊の一つに数えられるまでに成長した。第一次世界大戦の間に、強力な戦艦8隻と、同じく強力な巡洋戦艦8隻を1920年代中期までに就役させるという、大掛かりな建艦計画がスタート。1922年のワシントン海軍軍縮条約によって、これらの拡張計画はすべて取り止めとなったが、最初の2隻、すなわち長門型の1番艦「長門」と2番艦「陸奥」は廃棄を免れた。
 1919年と1920年に呉と横須賀の海軍工廠で進水した時点において、世界で最も強力な戦艦であった「長門」と「陸奥」は、同時代の戦艦としては高速で、強力な装甲を有し、そして世界で最初の40cm主砲を搭載した主力艦であった。
 1920年代中期における計画の変更によって、「長門」と「陸奥」は1934年から1936年の間に大幅な改装が行われた。この改装で船体は長くなり、安定性向上のためにバルジが付加されたほか、前部の煙突は撤去され、大きなパゴダ状の艦橋とマストが装備された。また、装甲が追加され、装甲の全重量は10,400tから13,000tに増加。ボイラーはより効率の良いものに換えられたが、タービンはそのままであったため、排水量の増加は速力の低下をもたらした。
 長年にわたって連合艦隊の旗艦を務めた「長門」の輝かしい経歴のハイライトは、1940年10月11日の皇紀2600年特別観艦式であった。このとき「長門」は、山本五十六中将の将旗を掲げて観閲部隊を率い、昭和天皇の観閲を受けたのである。その1年後に、山本中将はその艦上で真珠湾攻撃を指揮した。

唯一の生き残り

デアゴスティーニ編集部

▲ボイラーのガスが艦橋上部に直接当たらないよう取り付けられた、鋭く曲がった煙突は、1930年代の改装により完全に取り払われた。(資料提供:大和ミュージアム)

 「長門」型の両艦は、第二次世界大戦中、大いに働いた。ミッドウェー海戦では、両艦は新しい戦艦「大和」とともに第1戦隊に参加し、後には「扶桑」および「山城」が所属する第2戦隊に転籍。アメリカ軍のガダルカナル島上陸に伴う1942年8月のソロモン沖海戦では、これらの艦は支援グループを編成した。
 1943年6月8日に「陸奥」は艦内の弾薬庫が爆発(原因は不明)して沈没したが、「長門」は1943年の間、南西太平洋に位置し、1944年の初めにシンガポールに入った。マリアナ沖海戦では、小沢提督の機動部隊の一部を護衛し、レイテ沖海戦では、栗田提督の第1遊撃部隊に所属した。
 その後、シブヤン海で敵空母機により甚大な損傷を被ったものの、「長門」は「大和」と並んでサマール島沖の戦闘に参加。しかし、再び敵空母機の攻撃を受け、損傷した「長門」はついに日本に帰還し、横須賀において浮上砲台となった。
 日本海軍の中で終戦時に生き残った唯一の主力艦であった「長門」は、戦後、アメリカ軍に接収され、同国がビキニ環礁で行った原爆実験の標的となって沈没したのだった。

諸 元

デアゴスティーニ編集部

▲柱島沖(山口県)で撮影された「長門」。同艦は世界で初めて40㎝主砲を装備した主力艦であった。(資料提供:大和ミュージアム)

長門
排水量:基準32,720t(1930年代に改装後は39,130t)、満載38,625t(改装後は43,580t)
寸法:全長213.40m(改装後は224.94m)、全幅29.00m (1930年代にバルジを付けた後は34.60m)、吃水9.10m (改装後は9.49m)
推進器:艦本式ボイラー21基(1930年代に改装後は10基)、ブラウン・カーチス式ギアード・タービン4基で出力80,000馬力(改装後は82,000馬力)を4軸に供給
速力:26.5kt(49km/h)(改装後は25kt<46km/h>)
装甲:舷側305mm、艦首と艦尾89mm、甲板最小41mm/最大76mm(改装後は119 mmと185mmに増加)、砲台正面356mm、砲台側面203mm、砲塔292mm、司令塔356mm
兵装:連装40cm主砲4基(8門)、単装14cm副砲20門(1930年代の改装時に18門に削減)、連装12.7cm対空砲4基(8門)<1930年代に追加>、連装76mm対空砲2基(4門)、連装25mm対空機関銃10基(20挺)<1930年代に追加、第二次大戦中に98挺に増加>、13mm機関銃8挺(1944年4月に撤去)、533
mm魚雷発射管8基(水線上4基、水線下4基)
搭載機:水上機3機
乗員:建造時1,333名、戦時1,480名

(この記事はワールド・ウェポン<デアゴスティーニ・ジャパン刊>をもとに構成したものです。)
[タイトル写真] U.S. Navy

公開日 2012/12/14


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