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サラトガ

【第14回】サラトガ  <航空母艦>


空母「サラトガ」(CV-3)は、1925年4月に進水し、1927年11月16日に就役した。「サラトガ」は姉妹艦の「レキシントン」と共にアメリカ海軍における高速空母機動部隊というコンセプトの発展に重要な役割を果たし、1928年からは両艦ともに、毎年実施される太平洋艦隊演習「フリート・プロブレム」に参加した。

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巨大空母「サラトガ」の完成

デアゴスティーニ編集部

▲航空機が飛行甲板後部に駐機している「サラトガ」(XV-3)。

「サラトガ」は、姉妹艦の「レキシントン」と同様、ニューヨーク造船所において起工された未完成の巡洋戦艦の船体を改造した艦だ。2隻の巨大空母にとって、太平洋艦隊は理想的な母体であった。太平洋における将来の作戦に決定的な役割を果たす上で、2隻は十分なサイズ、航続距離、航空戦力(1936年には90機の艦載機は、戦闘機18機、爆撃機40機、汎用機5機にまで削減されている)を備えていたからである。
「サラトガ」は、完成時には、4基の連装203mm砲塔を巨大なアイランドおよび煙突の前後に配備していた。武装は当初152mm砲を基本に計画されていたが、より大口径の砲にしたのは、203mm砲を搭載した条約型巡洋艦に遭遇した場合を考えてのことと思われる。
真珠湾攻撃時、「サラトガ」は小改装のためにアメリカ西海岸のサン・ディエゴに帰投中であったが、この攻撃後すぐに出航し、「レキシントン」とともにウェーク島守備隊救援の任務に就いた。このときの改装で、「サラトガ」は203mm砲塔4基が取り外され、2基の高/低角複合照準管制装置により制御される連装38口径127mm両用砲4基が装備された。同時に、従来の副砲であった25口径127mm低角砲12門も、38口径127mm両用砲8門に交換された。注目すべきことに、「レキシントン」でも203mm砲は取り外されたが、代わりの連装127mm両用砲は装備されなかった。
「サラトガ」は1942年1月11日、ハワイ沖において日本軍潜水艦の魚雷攻撃を受け、4カ月におよぶ修理を余儀なくされた。

ガダルカナル作戦での任務

デアゴスティーニ編集部

▲1945年、特別攻撃部隊の突入により大破した「サラトガ」。

「サラトガ」は完成したばかりの航空機を中部太平洋に向けて運搬中であったため、その後の戦局に大きな影響を与えることになったミッドウェー海戦には参加することができなかった。1942年8月7日、アメリカ海兵隊による大規模なガダルカナル上陸作戦の前段階として、「サラトガ」の戦闘機と爆撃機にガダルカナルの防御力を削ぐ任務が与えられた。この攻撃に対し日本軍は頑強に抵抗し(第1次ソロモン海戦)、8月20日には強力な空母機動部隊が東部ソロモン諸島に接近した。
「サラトガ」、「エンタープライズ」および「ワスプ」の各空母は第2次ソロモン海戦に深く関わったが、「サラトガ」は大きな損傷は免れた。しかし8月31日の日の出直後、イ-26潜水艦の魚雷を受けた。ボイラー室1室およびその他の個所が浸水したものの、損害はそれほどひどくはなかったが、電気系統の故障により機関が作動しなくなった。2時間後、一部ではあるが電力が復旧し、「サラトガ」は6日間をかけて真珠湾に帰投した。その後修理に6週間を費やしている。
1943年から1944年にかけて、「サラトガ」は太平洋を股に掛けた「飛び石」作戦に参加し、1945年2月21日、硫黄島上陸作戦中に特別攻撃部隊の攻撃を受けた。このときの損傷を修理後、活動は真珠湾における訓練任務に限定されることになったが、これは巡洋戦艦をベースとした「サラトガ」が、「エセックス」級空母より大型であったにも関わらず、艦載機の搭載機数が少なかったためである。
1946年7月25日、必要最小限の装備だけを残した「サラトガ」は、アメリカの初期の核実験によりビキニ諸島沖に沈んだ。

諸 元

デアゴスティーニ編集部

▲1946年7月25日、BAKER実験による核爆弾による水中炸裂。中央にいるのが「サラトガ」。

排水量:基準36,000t、満載47,700t
寸法:全長270.66m、全幅32.2m、吃水9.75m
推進器:ゼネラル・エレクトリック・ターボ発電機4基で出力210,000馬力を供給し、4軸を駆動
速力:34kt(63km/h)
装甲:舷側152mm、飛行甲板25mm、主甲板51mm、下部甲板25〜76mm、砲座152
mm
兵装:(1945年)連装127mm両用砲4基(8門)、単装127
mm両用砲8門、4連装40
mmボフォース対空砲24基(96門)、連装40mmボフォース対空砲2基(4門)、20
mm対空機関砲16門
搭載機:(1945年)戦闘機57機、雷撃機18機
乗員:(1945年)3,373名

(この記事はワールド・ウェポン<デアゴスティーニ・ジャパン刊>をもとに構成したものです。)
[タイトル写真]U. S. Army/U.S. Marine Corp

公開日 2014/02/27


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