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エンタープライズ <航空空母>

【第19回】エンタープライズ <航空空母>


太平洋戦争で最も際立った活躍を見せた「エンタープライズ」(CV-6)は、近代戦の象徴として、アメリカ海軍の勝利に多大な貢献をした航空空母である。「エンタープライズ」は1938年に太平洋艦隊に加わったが、1941年12月7日の真珠湾攻撃の際、ハワイを離れていたため、難を逃れることができた。

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エンタープライズの戦い

デアゴスティーニ編集部

▲1942年、サンタ・クルーズ諸島で日本海軍機の攻撃を受ける「エンタープライズ」(CV-6)。

航空空母「エンタープライズ」は真珠湾攻撃後にオアフ島に帰港すると、即座に前線に加わった。真珠湾攻撃の3日後、「エンタープライズ」の搭載機が日本の潜水艦イ-170を撃沈している。 1942年6月5日、ミッドウェー海戦で「エンタープライズ」から発進したダグラスSBDドーントレスが空母「加賀」および「赤城」を撃沈。また空母「飛龍」の攻撃には、「エンタープライズ」から発艦した「ヨークタウン」所属のドーントレスも加わった。7日には、「エンタープライズ」所属の急降下爆撃機隊が重巡洋艦「三隈」を撃沈し、重巡洋艦「最上」と駆逐艦2隻にも損害を与えている。 「エンタープライズ」は1942年8月のガダルカナル攻防戦でも支援活動を行い、2日間で17機の日本機を撃墜している。8月24日の第2次ソロモン海戦で、「エンタープライズ」は3発の命中弾を受けて真珠湾への帰港を余儀なくされ、修理におよそ2か月を要した。「ホーネット」とともに参加した10月26日の南太平洋海戦においては、「エンタープライズ」はまたも3発の爆弾を受けたものの、なんとか航空機の運用を続けた。このときの戦いで「ホーネット」が失われ、前線にとどまらざるを得なかったのである。11月13日の第3次ソロモン海戦では、搭載機のグラマンTBFアヴェンジャー雷撃機が手負いの戦艦「比叡」の戦闘力を喪失させ、翌日には11隻からなる兵員輸送船団に攻撃を加えて、少なくとも26発の爆弾と6発の魚雷を命中させた。

輝かしい戦歴の終焉

デアゴスティーニ編集部

▲1943年、ギルバート沖で作戦中の「エンタープライズ」(CV-6)。

「エンタープライズ」はようやくアメリカ本国にもどって大規模な修理を受け、太平洋で戦線に復帰したのは1943年11月のことだった。同月25日には、搭載機のアヴェンジャーが世界初の海上での夜間撃墜を記録している。 その後1944年2月のトラック島への大規模攻撃に参加し、同年6月のマリアナ沖海戦では有名な「マリアナの七面鳥狩り」を演じた。その後も1945年まで「エンタープライズ」は前線にとどまり、日本軍による2度の特別攻撃にも耐えた。しかし、5月14日に3度目の特別攻撃を受けると、同艦は大規模な修理を受けるためアメリカ本国へ帰投し、同艦の戦歴には、ここで終止符が打たれた。 「エンタープライズ」は連合軍艦船の中でも最も輝かしい戦歴を持つ艦として終戦を迎えた。太平洋での主要な海戦のほとんどに参加して生き残り、19もの従軍星章を持つ「ビッグE」を記念艦として保存する計画もあったが、結果的に実現はしなかった。1958年にはスクラップとして売却され、その名は初の原子力空母に受け継がれることとなった。

諸 元

デアゴスティーニ編集部

▲船体が大型になり、速度も増した「エンタープライズ」(CV-6)。ワシントン州のピュージェット湾を走行中。

エンタープライズ(CV-6)
排水量:基準19,800t、満載25,500t
寸法:全長246.74m、最大幅34.75m、吃水8.84m
推進器:蒸気タービンで出力120,000馬力を供給し、 4軸を駆動
速力:33kt(61km/h)
装甲厚:装甲帯102mm、主甲板76mm、下甲板25〜76mm
兵装:(1942年時)127mm対空砲8門、27.94mm 4連装対空砲4基(16門)、12.7mm機関銃16挺
搭載機:(1942年時)戦闘機27機、急降下爆撃機37機、雷撃機15機
乗員:2,919名(士官および下士官)

(この記事はワールド・ウェポン<デアゴスティーニ・ジャパン刊>をもとに構成したものです。)
[タイトル写真]U. S. Army/U.S. Marine Corp

公開日 2014/07/25


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