模型を作ってシェアするホビーコミュニティ ホビコム by デアゴスティーニ

蒼龍 

【第47回】蒼龍 <空母>


 「蒼龍」は、最も成功した日本の空母設計のモデルである。優れた出力対重量比を有し、装甲は最小限であったが、高速、軽快で大きな航空機収容能力を持っていた。この名を持つ帝国海軍の艦船としては御召艦蒼龍に続いて2隻目で、戦後、この名称は海上自衛隊のそうりゅう型潜水艦の1番艦「そうりゅう」に引き継がれた。

ブラボー0 お気に入り登録0   ブラボーとは


長くて低い船体

デアゴスティーニ編集部

▲高知県・宿毛湾に仮泊する蒼龍。

 2隻の大型空母と1隻の小型空母、そして小型の「鳳翔」の運用から得られた経験から、日本の海軍省は将来の航空母艦の標準設計を作成することができると考えた。「蒼龍」は1934年の第二次補充計画に含まれる新しいシリーズの最初の艦であり、同年に起工され1937年末に竣工した。しかし設計陣は、各クラスの軍艦の最大トン数を制限するワシントン海軍軍縮条約に縛られていた。重量超過の「龍驤」を差し引くと、合計で20,000tしか残っていなかったのである。そこで、新しい空母の排水量は実際にはもっと大きかったにも関わらず、16,000t級として届けられた。2隻目の空母を取得するには新しい理屈を考えなければならなかったが、日本が1936年12月以降条約を脱退することを他の締約国に通告したことによって、その必要もなくなった。
 「蒼龍」は右舷に艦橋があり、初期の空母の例にならって、煙は飛行甲板の端の下にある1対の下向きの煙突から排出された。船体はこのクラスの艦としては非常に軽く、また強力な巡洋艦タイプの推進器が採用されたために非常に高速であった。搭載する航空機の数を増やすために、防御能力は犠牲にされている。航空機は63機を格納できるが、船体が異常に低いため、2層の格納庫の高さは、上が4.60m、下が4.30mと非常に低くなっていた。「蒼龍」には、3つのエレベーターが中心線上に設けられていた。

「蒼龍」の戦歴

デアゴスティーニ編集部

▲呉海軍工廠にて建造中の蒼龍。外舷塗装のために足場が組まれている。

 「蒼龍」は半姉妹艦の「飛龍」とともに第2航空戦隊を編成して、1941年12月の真珠湾攻撃に参加した。蒼龍は新型の翔鶴型航空母艦や大型空母加賀よりも航続距離が短く、補給を受けたとしても真珠湾への往復ができるかどうか危ぶまれたが、赤城と同様に大量の重油入りドラム缶を艦内に搭載することで参加できる目途が立った。
 さらに、その後6か月間にわたって、「蒼龍」は他の高速空母とともに、太平洋における日本の支配確立に寄与した。搭載航空機は、ウェーキ島、オランダ領東インド、ダーウィンおよびセイロンを攻撃した。そして、1942年6月初めに行われるミッドウェー島攻略に向けて、「蒼龍」は山本五十六大将の連合艦隊に配属された。
 6月4日10時26分、アメリカ空母「ヨークタウン」のダグラスSBDドーントレス急降下爆撃機17機が「蒼龍」を攻撃し、3発が飛行甲板の中心線上に命中した。最初の1,000lb(454kg)爆弾は上部格納庫で爆発し、前部のエレベーターを吹き飛ばした。2発目は飛行甲板に並んでいた攻撃機の間で爆発し、3発目は爆発せずに中央および後部エレベーターの間の下部格納庫まで貫通した。破裂した給油管と爆弾を満載した航空機は次々に引火、爆発を起こし、艦は地獄の様相を呈した。わずか20分の後に「蒼龍」は廃棄せざるを得なくなった。燃え盛る船体はさらに8時間浮かんでいたが、夕刻に火薬庫が爆発して沈没した。

諸 元

デアゴスティーニ編集部

▲ ミッドウェー海戦で、アメリカ軍の攻撃を受け、回避運動を続ける蒼龍。

蒼龍
タイプ:艦隊空母
排水量:基準15,900t、満載19,800t
寸法:全長227.50m、全幅21.30m、吃水7.60m
推進器:152,000馬力の蒸気タービンで4軸を駆動
速力:34.5kt(64km/h)
兵装:12.7cm連装砲6基(12門)、25mm連装対空機関銃14基(28挺)
搭載機:三菱零式艦上戦闘機21機、愛知九九式艦上爆撃機21機、九七式艦上攻撃機21機
乗員:1,100名

(この記事はワールド・ウェポン<デアゴスティーニ・ジャパン刊>をもとに構成したものです。)
[タイトル写真]U. S. Army/U.S. Marine Corp

公開日 2016/11/29


ブラボー0 お気に入り登録0   ブラボーとは



コメント0件


コメントを書く1,000文字以内

Ms_noimage

コメントを投稿するにはログインが必要です。