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翔鶴

【第48回】翔鶴 <空母>


 「翔鶴」は、旧日本海軍の空母で、翔鶴型航空母艦の1番艦である。大和型戦艦1番艦「大和」、2番艦「武蔵」と共にマル3計画にて建造され、大和とほぼ同時期に竣工した。アメリカの「エセックス級」やイギリスの「イラストリアス級」と同様、ワシントン海軍軍縮条約終了後に設計建造されたため、十分な装備を持つ大型空母として完成した。

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世界最良の空母

デアゴスティーニ編集部

▲1941年8月、神奈川県横須賀にて竣工直後の翔鶴。

 1936年末、保有軍艦の量を制限していたワシントン海軍軍縮条約から脱退したことによって、日本はついに要求に適合した航空母艦を設計できるようになった。1937年の軍備増強計画では、基本的には「飛龍」と同じながら、要求を満たすのに必要な大きさを持つ航空母艦2隻、すなわち「翔鶴」型と呼ばれる「翔鶴」と「瑞鶴」を建造することとした。
 「翔鶴」型では、それまでの問題はすべて解決された。まず2基のカタパルトが装備され、格納庫が大きくなったことで搭載可能航空機は63機から72機に増えた。推進器の出力は、それまでの日本の軍艦に搭載された中では最大のもので、「翔鶴」と「瑞鶴」は5,000tの燃料を搭載でき、16,000km近くの航続距離を達成した。あらゆる点において、両艦は世界最良の航空母艦であり、これらを超えたのは後に出現する「エセックス」級だけであった。
 しかし、これらの艦にも大きな欠陥があった。その一つは飛行甲板が軽装であることで、なお悪いことに、2層の格納庫は全面に囲いがあるものの防御は施されていなかった。また、すべての日本の航空母艦と同じく、給油システムに問題があった。格納庫と飛行甲板への給油管が、近くで生じた爆発によって破裂する恐れがあるだけでなく、燃料タンクの対衝撃性が不適切であった。

マリアナ沖での最期

デアゴスティーニ編集部

▲真珠湾攻撃へ向かう翔鶴の艦載機。

 「翔鶴」は1937年末に起工され、真珠湾のちょうど4か月前の1941年8月8日に就役した。「翔鶴」は真珠湾攻撃に参加したが、航空機搭乗員の練度が不十分であったため、オアフ島航空基地の爆撃しかできなかった。その後、姉妹艦の「瑞鶴」とともに第5航空戦隊を編成し、練成訓練後の1942年初頭にセイロン島沖およびニューギニアで作戦を行った。
 1942年5月の珊瑚海海戦において、「翔鶴」はアメリカ空母「ヨークタウン」の艦載機の攻撃によって損傷し、辛うじて火災は消し止めたものの、損傷の修理のために日本へ帰らざるを得なくなった。しかし、最も重大な損害は86機の航空機と大部分の搭乗員の喪失であり、そのために両艦はミッドウェー海戦に参加できなかった。
 7月14日、「翔鶴」と「瑞鶴」は、軽空母「瑞鳳」とともに新しい第1航空戦隊に加わった。これらは、東ソロモン海戦で空母「エンタープライズ」に損傷を与えたが、再び貴重な航空機と搭乗員を失った。10月26日には、「翔鶴」が空母「ホーネット」の急降下爆撃機の攻撃を受けて、重大な損傷を被った。
1944年のマリアナ沖海戦が「翔鶴」の最期となった。6月19日、アメリカ潜水艦「カバラ」から発射された3発の魚雷が「翔鶴」に命中、漏洩した航空燃料に引火し、燃料タンクが爆発して「翔鶴」は沈没した。

諸 元

デアゴスティーニ編集部

▲ 損傷しながらもレキシントン機の爆撃を回避する翔鶴。

翔鶴
タイプ:艦隊空母
排水量:基準25,675t、満載32,000t
寸法:全長257.50m、全幅26.00 m、吃水8.90m
推進器:出力160,000馬力の蒸気タービンで4軸を駆動
速力:34.2kt(63km/h)
装甲:舷側装甲帯215mm、甲板170mm
武器:12.7cm連装両用砲8基(16門)、25mm 3連装対空機関銃12基(36挺)
搭載機:戦闘機27機、急降下爆撃機27機、雷撃機18機
乗員:1,660名

(この記事はワールド・ウェポン<デアゴスティーニ・ジャパン刊>をもとに構成したものです。)
[タイトル写真]U. S. Army/U.S. Marine Corp

公開日 2016/12/22


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