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II型  Uボート 

【第51回】II型Uボートの誕生   <Uボート>


 II型Uボートはドイツ海軍の沿岸型潜水艦で、第二次世界大戦で用いられた。IIA、IIB、IIC、IIDの四つに細分化される。設計は第一次世界大戦時に建造されたUBII型潜水艦を発展させ、第一次大戦後にドイツ海軍が設立した海軍技術会社がフィンランド海軍向けに設計した潜水艦、「ヴェシッコ」を手本としている。

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II型Uボートの誕生

デアゴスティーニ編集部

▲II型の手本となった「ヴェシッコ」。

 1935年にドイツは潜水艦運用を禁止していたヴェルサイユ条約を破棄し、イギリスとの間で英独海軍協定を強引に締結した。この協定は、ドイツの潜水艦建造最大トン数はイギリスが保有しているトン数の45%以下でなければならないとするものであった。
 潜水艦隊司令官カール・デーニッツの主要な任務は、この数字を分析して戦時の戦略を満足するような潜水艦の隻数と種類を割り出すことであった。運用要求上確認された事項の1つは、第一次世界大戦中にイギリス近海で運用して成功を収めたUBシリーズとほぼ同等の性能を有するUボートを、沿岸型潜水艦として建造することであった。
 ヴェルサイユ条約に従っていた空白の期間中、ドイツの潜水艦設計技術は輸出を通じて維持されており、IIA型の原型は、ドイツの設計により1933年にフィンランドで建造された「ヴェシッコ」に見ることができる。「ヴェシッコ」は、UBII型とその後のUF型から得られたデータをもとに建造された潜水艦である。

大量建造

デアゴスティーニ編集部

▲IIA型(U-1)。沿岸用の潜水艦であったので、常に航続距離の短さに悩まされた。

 IIA型は建造開始の号令一下、ただちに建造体制に入った。このクラスは特に運動性能が良く、25秒で急速潜航可能であった。その外観と敏速な水上運動性能からIIA型には「カヌー」というニックネームが与えられた。排水量の小さいIIA型は制限されていた限度内で大量建造されたが、航続距離が非常に限られた設計だったことから、燃料積載量を増大させるため船体長を延長する必要が生じてIIB型、IIC型、IID型という派生型が順次出現した。IIB型は燃料タンクと船体外径を増大、IIC型はIIB型をモデルにしてより強力なエンジンを搭載し、IID型はサドル・タンクを装備したものである。
 II型は耐圧船殻の両端に釣合タンクを設け、内部に急速潜航タンクを配置した単殻船体の設計であった。魚雷発射管はわずか3基で再装填魚雷数も限られていたため、搭載された機雷は付け足しというよりも代替兵器であった。
 海戦の重点が外洋に移ったのにともない、II型の建造は1941年に終了し、その後は訓練やシュノーケル装置の初期実験を含む試験目的に広く活用された。第二次世界大戦前および大戦中に建造された総数は、IIA型6隻、IIB型20隻、IIC型8隻、IID型16隻であった。II型Uボートは海戦で一般的に必要とされた航続距離が不足していたため、1941年以降は建造されなかったが、その扱いやすさから練習艦としては好適で、多くの潜水艦乗員を養成するのに役立った。

諸 元

デアゴスティーニ編集部

▲ (U-9)。ドイツのIIB型潜水艦は小型潜水艦である。

IID型
タイプ:沿岸型潜水艦
排水量:水上314t、水中364t
寸法:全長43.95m、全幅4.87m、吃水3.90m
推進器:ディーゼルで水上出力700馬力、電動機で水中出力410馬力を供給し、2軸を駆動
最大速力:水上13kt(24km/h)、水中7.5kt(14km/h)
航続距離:水上12kt(22km/h)で6,500km、水中4kt(7km/h)で105km
兵装:20mm対空機関砲1門(後に4門に増設)、533mm魚雷発射管3基(艦首)(魚雷6発)
乗員:25名

(この記事はワールド・ウェポン<デアゴスティーニ・ジャパン刊>をもとに構成したものです。)
[タイトル写真]U. S. Army/U.S. Marine Corp

公開日 2017/03/30


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