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リシュリュー級 

【第52回】リシュリュー級   <戦艦>


 「リシュリュー級」戦艦は、増大するイタリア海軍の脅威に対抗する目的で建造されたフランス海軍戦艦。ワシントン海軍軍縮条約における代艦建造規定に基づき1935年から建造が開始されたが、1940年にフランスがドイツに降伏するまでに竣工できず本国から脱出、未完成状態のままで米英各国軍と戦闘を交えた稀有な艦歴を持つ艦である。

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未完成の船艦

デアゴスティーニ編集部

▲1940年、竣工直後の「リシュリュー」。6月に「リシュリュー」はブレストからダカールに逃れた。

 フランス海軍は、他の主要な海軍国に対する自らの相対的地位を保持するため、1935年に「リシュリュー」および「ジャン・バール」と名づけられた35,000t級戦艦2隻の建造を決定した。この両艦は、基本的には26,000t級巡洋戦艦「ダンケルク」と「ストラスブール」を大型化したものであったが、さらに強力な武器と防護を装備していた。建造はネームシップである「リシュリュー」が1935年に、「クールベ級」の艦から名前を引き継いだ2番艦「ジャン・バール」が1936年から建造が開始。
 完成した「リシュリュー」級は、2基の4連装砲塔がかなり前方に大きく間隔をあけて配置され、後方に傾いた特異な煙突が上部構造物後部の一部を形成するというユニークな外観だった。イギリスの「ネルソン」級と同様に主砲を前部に集めて装甲を集中した「リシュリュー」級は、「ネルソン」より大型だったため、より強力な副砲を搭載することができた。このクラスの唯一の欠点は、主として地中海で行動することを意図した結果、航続距離が短くなったことであった。

数奇な運命

デアゴスティーニ編集部

▲完工後に自由フランス艦隊旗艦となった「リシュリュー」。

 1番艦の「リシュリュー」は数奇な運命をたどった。1940年6月のフランス陥落時、北アフリカに逃れた「リシュリュー」は、この艦がドイツ軍の手に落ちるのを阻止しようとするイギリス海軍の数度にわたる攻撃を生き延びた。7月8日の朝、魚雷が後部に命中し、生じた浸水によって「リシュリュー」は港内で着底した。9月に行われたイギリスと自由フランス軍による攻撃の際には、艦は動けず、3門の砲が使用不能だったにも関わらず、まだ作動していた残りの380mm砲の正確な一斉射撃により敵を敗退させた。
 1942年にドイツ占領下のヴィシー政権から逃れると、「リシュリュー」は連合軍に移管された。スカパ・フローでイギリス本国艦隊に合流した後、ムルマンスクへの船団を護衛し、次第に能力をフルに発揮するようになった。1944年3月、「リシュリュー」は本国艦隊を離れ、東洋艦隊に加わるためセイロンのトリンコマリーに送られた。この地では大きな戦いには遭遇しなかったが、数多くの砲撃に参加し、航空攻撃も幾度か受けている。1944年10月から1945年1月までカサブランカで短期間の修理を受けたほかは、「リシュリュー」は1945年10月にインドシナに向けて出帆するまで東インド諸島にとどまった。その後1956年に退役し、1968年にスクラップにされた。
  「ジャン・バール」は、フランスの降伏時には未完成であり、1942年の北アフリカ上陸の際に連合軍の砲火により損傷した。建造が完了したのは1955年で、その1年後、イギリスおよびフランスによるスエズ作戦に参加した。「ジャン・バール」は1960年代まで現役にとどまったが、1970年にスクラップにされた。

諸 元

デアゴスティーニ編集部

▲ 1942年、アメリカ艦隊の攻撃を受けた「ジャン・バール」。

リシュリュー
排水量:基準41,000t、満載47,500t
寸法:全長247.9m、全幅33.0m、吃水9.7m
推進器:ギアード蒸気タービンで出力150,000馬力を供給し、4軸を駆動
速力:30kt(56km/h)
装甲:舷側343mm、甲板50〜170mm、砲塔170〜445mm
兵装:380mm 4連装砲2基(8門)、152mm 3連装両用砲3基(9門)、100mm連装対空砲6基(12門)、37mm連装対空砲8基(16門)、13.2mm 4連装対空機関銃2基(8挺)
搭載機:ロワール・ニューポール飛行艇3機
乗員:1,550名

(この記事はワールド・ウェポン<デアゴスティーニ・ジャパン刊>をもとに構成したものです。)
[タイトル写真]U. S. Army/U.S. Marine Corp

公開日 2017/04/27


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