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ホーネット

【第70回】ホーネット  <空母>


 「ホーネット」は、アメリカ海軍の航空母艦で、「ヨークタウン」級航空母艦の3番艦。アメリカ海軍においてホーネットの名を受け継いだ艦としては七隻目にあたり、ミッドウェー海戦に繋がるドーリットル空襲を行ったドーリットル隊の母艦として有名である。

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ドゥーリトル空襲

▲ドゥーリトル隊を発艦させる「ホーネット」。

 「ホーネット」とはスズメバチの意味。1942年1月にカリブ海で艦載部隊とともに就役航海を行った後、「ホーネット」はいわゆるドゥーリトル空襲のために、ノース・アメリカンB-25ミッチェル双発爆撃機を初めて搭載した。2か月間の集中的な試験と訓練の後、「ホーネット」はB-25、16機を搭載して、4月2日にサンフランシスコを出発した。4月18日、ジェイムズ・ドゥーリトル中佐が率いるB-25部隊は、東京、横須賀、名古屋、四日市、神戸に空襲を行い、その後、大部分のB-25が中国に到達した。このドゥーリトル空襲は日本にとって完全な奇襲となり、作戦は成功とされた。
 「ホーネット」の次の任務は、1942年6月4〜6日のミッドウェー海戦であった。艦載機のうち、攻撃に向かったダグラスTBD-1デヴァスデイター雷撃機全部とグラマンTBF-1アヴェンジャー5機を失い、第2次攻撃では日本の空母「飛龍」に命中弾を与えることができなかったが、同海戦の最後の日に損傷した重巡「三隅」を沈没させ、姉妹艦「最上」にも重大な損傷を与えて雪辱を果たした。
 「ホーネット」 は1942年8月のガダルカナル上陸作戦の際に、アメリカ海兵隊の戦闘機を輸送したが、これらを陸揚げした後は 「ワスプ」および「サラトガ」と合流して同島の援護部隊に加わった。潜水艦による攻撃を避けるため、いったんエスピリトゥ・サントに退避したが、10月初旬に出撃し、10月25日の南太平洋海戦において再び日本の空母と相対した。

ホーネットの最期

▲南太平洋海戦で日本海軍航空隊の攻撃を受ける「ホーネット」。

 1942年10月26日、日米両陣営が互いに相手を発見した後、2隻のアメリカ空母は合計158機からなる航空攻撃部隊を発艦させ、4隻の日本空母は搭載する207機の航空機のほとんどを発艦させた。しかし、「ホーネット」の雷撃機と急降下爆撃機が目標に向かって飛行中、27機の日本の攻撃機が、空母上空を援護していた戦闘機の壁を突破して爆弾6発と魚雷2発を「ホーネット」に命中させた。 
 懸命の消火活動の結果、空母は航行可能となったが、4時間後に日本軍機の攻撃によってさらに魚雷1発と爆弾2発が命中した。大破した「ホーネット」を護衛するアメリカの駆逐艦にも、暗闇の中で索敵を行う日本軍に発見される危険が迫ってきたため、アメリカ軍は結局「ホーネット」を自沈させる決定を下した。だが、発射した数発の魚雷が不発に終わり、空母の水線を狙って発射した合計430発の127mm砲弾も効果がなかった。
 「ホーネット」は浸水したまま遺棄され、日本軍はこれを捕獲しようとしたが、曳航不可能と判断、10月27日早朝、駆逐艦2隻によって魚雷処分した。「ホーネット」が攻撃を受けるこの様子は艦上からフィルムに記録されており、このフィルムを鹵獲した日本では学徒出陣の映像と共に『日本ニュース』第177号「決戦」として上映された。

諸 元

▲乗員を退艦させる「ホーネット」。

ホーネット(CV-8)
排水量:基準19,000t、満載29,100t
寸法:全長252.2m、全幅34.8m(飛行甲板)、吃水8.84m
推進器:ギアード蒸気タービンで出力120,000馬力を供給し、4軸を駆動
速力:33kt(61km/h)
装甲:舷側64〜102mm、主甲板76mm、下甲板25〜76mm
兵装:(1942年)127mm対空砲8門、27.94mm4連装対空機関砲4基(16門)、20mm対空機関砲30挺、12.7mm機関銃9挺
搭載機:(1942年)戦闘機36機、急降下爆撃機36機、雷撃機15機
乗員:2,919名

(この記事はワールド・ウェポン<デアゴスティーニ・ジャパン刊>をもとに構成したものです。)
[タイトル写真]U. S. Army/U.S. Marine Corp

公開日 2018/10/29


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