ホビー好きが集まる、ホビコム by デアゴスティーニ

世界の兵器 陸の王者たち

世界の兵器 陸の王者たち

第二次世界大戦において陸戦の戦術に革命をもたらし、その後コンピューター制御の火器システムを搭載するハイテク・マシンとして発展を遂げた、戦車などの重装甲車を取り上げます。

M1エイブラムズ・シリーズ

第1回 M1エイブラムズ・シリーズ

M60の後継戦車として開発されたM1エイブラムズは、さまざまな改良が施され、湾岸戦争やイラク戦争でその能力の高さを証明。いまなお進化し続けるアメリカの主力戦車である。

M109 (パラディン)

第2回 M109 (パラディン)

アメリカ合衆国が開発した自走砲であるM109は、M44 155mm自走榴弾砲の代替車両として設計された。155mm榴弾砲を装備した旋回式砲塔を搭載した同車は、アメリカ陸軍をはじめ約30か国で運用された。

M60 パットン

第3回 M60 パットン

M48の後継車両として開発されたM60 パットンは、大口径の主砲を搭載したアメリカの主力戦車であり、さまざまな改良型や特殊型などが生産された。

M4シャーマン

第4回 M4シャーマン

第二次世界大戦時に登場したアメリカのM4シャーマンは、戦場において卓越した戦闘プラットフォームであることを証明した中戦車であり、その生産量は各種派生型も含め40,000両を超える。

T-34 

第5回 T-34 

第二次世界大戦に参戦したソ連のT-34は、当時としては強力な火器と装甲を備えた中戦車で、その存在は敵国のドイツ軍を驚愕させるほどであった。

チェンタウロ

第6回 チェンタウロ

1980年代半ばにイタリア陸軍の要求により設計されたチェンタウロは、先進の射撃管制システムを備えた新型戦車駆逐車であり、1990年代初めからイタリアおよびスペインで運用された。

M8 軽装甲車

第7回 M8 軽装甲車

第二次世界大戦時に活躍したアメリカのM8軽装甲車は、合計で10,000両近く生産され、主に偵察任務で高い能力を発揮。終戦後も1970年代半ばまで、世界数カ国で運用されていた。

タイプ6614

第8回 タイプ6614

イタリアのタイプ6614は、標準的な商用車の部品を流用してつくられた装甲兵員輸送車で、水陸両用の能力を持ち、イタリア、韓国、アルゼンチンなど世界7か国で運用された。

M2/M3ブラッドリー

第9回 M2/M3ブラッドリー

M113シリーズの後継機種として開発され、1980年代前半に配備が開始されたM2歩兵戦闘車両とM3騎兵戦闘車両は、著名なアメリカ軍人の功績を称えて「ブラッドリー」と名付けられ、湾岸戦争やイラク戦争などの実戦に参加した。

プーマ

第10回 プーマ

プーマはイタリア陸軍の新世代車両ファミリーの中では最も小型で、チェンタウロ戦車駆逐車とともに運用する装甲兵員輸送車(APC)として開発された。全溶接鋼鉄装甲製で、小火器による銃弾と、砲弾の破片に対する防御力がある。

フィアット508CM

第11回 フィアット508CM

イタリア軍が第二次世界大戦中に使用した軽車両は、ほとんどがフィアット社で設計および製造されたものである。その代表例として挙げられるのがフィアット508CM(別名フィアット1100トルペード・ミリターレ)で、これは一般に「植民地用車両」と呼ばれるタイプのものであった。

T-72

第12回 T-72

旧ソ連のT-72は、現代の戦車のなかで最も成功を収めたシリーズのひとつである。スピードと信頼性に優れる一方で比較的安価に製造できるT-72は幅広くライセンス生産され、30年以上続く量産期間中に大幅な能力向上が行われた。1991年の湾岸戦争ではイラク軍が誇る共和国防衛隊の中核を成した。

M48

第13回 M48

M48主力戦車は、中東からアジアに至るまで世界中に展開してきた。ベトナム戦争では、アメリカ軍が使用した最も強力な装甲車両がM48であった。ジョージ・パットン将軍(第二次世界大戦で活躍したアメリカ陸軍の名将)の未亡人が、この戦車をパットンと命名した。48シリーズの生産は1959年まで続けられ、11,700両あまりが生産された。

M551 シェリダン

第14回 M551 シェリダン

1950年代中期、アメリカ空挺師団において直接照準射撃能力をもつ機動兵器は、76mm M41軽戦車と90mm M56自走対戦車砲だけであった。1959年に、M41とM56の後任の空輸型車両を求める要求が出され、装甲偵察/空挺強襲車両(AR/AAV)計画として開発がスタートした。開発名称はXM551であった。

VI号戦車ティーガー

第15回 VI号戦車ティーガー

ドイツ陸軍によって1942年当時投入された巨大戦車ティーガーは、世界最強の戦車であった。その分厚い装甲と強力な88mm砲に対抗できる戦車は当時の連合軍には存在せず、ようやくライバルが登場するのは、戦争も末期になってからのことだった。

M18ヘルキャット

第16回 M18ヘルキャット

M10が戦車駆逐大隊用に既存の戦車車体(M4A2)を転用して作られたのに対し、M18対戦車自走砲は戦車駆逐車として一から設計された。設計作業は1942年に開始され、この時点ではT70と呼ばれていた。最初の車両が完成したのは、1943年のことである。

T-64

第17回 T-64

旧ソ連は1960年代に新型主力戦車の試作車両を製作したが、この戦車の正式な名称が分からなかったため、西側ではM-1970の名で呼ばれた。このM-1970をさらに発展させたのがT-64主力戦車である。T-64に続いて、T-64Aが、そしてT-64Bが製造された。

T-54/T-55

第18回 T-54/T-55

T-54は、第二次世界大戦以降のソ連/ロシア軍戦車の中で最も大量に生産された戦車である。T-54の試作車両は1946年に完成し、量産はその数年後に開始されたが、改良型のT-55が生産を終了したのは1980〜81年のことであった。このシリーズは、合計50,000両以上が生産されたと見られている。

T-62

第19回 T-62

T-62主力戦車は、ソビエト連邦で開発された主力戦車である。T-54およびT-55から発展したモデルで、車体がわずかに延長され、115mm滑腔砲を搭載した砲塔が装備されている。T-62は、1962年から1975年までの間に約20,000両が製造された。

M109

第20回 M109

M109の開発がスタートしたのは、155mm M44の代替となる新型自走榴弾砲の要求が公表された1952年のことである。最初の試作車両が1959年にT196として完成したがT196には多くの問題が指摘され、設計の大幅な見直しが行われた。その結果、1961年にM109自走榴弾砲として制式採用され、アメリカ陸軍では、各機甲師団と機械化師団に配備されている。

レオパルト2

第21回 レオパルト2

1978年に西ドイツ陸軍(当時)への納入が開始されたレオパルト2主力戦車は、それ以降、大幅な近代化改良が行われている。この戦車は、同世代の主力戦車のなかでも最も優れたもののひとつで、火力、防御力、機動性の組み合わせに独自のスタイルを持っている。

ウォリア

第22回 ウォリア

ウォリア装甲戦闘車はイギリス陸軍が装備するウォリア装甲戦闘車両ファミリーの総称で、FV510ウォリア歩兵戦闘車を始めとして数種類の型が存在する。高速で重武装、そして卓越した運動性を備え、歩兵を安全かつ迅速に戦場へ送り届けるだけでなく、自らも戦闘に加わることができる。

センチュリオン

第23回 センチュリオン

史上最高の傑作戦車に数えられるイギリスのセンチュリオンは、第二次世界大戦中にA41の名称で巡航戦車として開発された。試作初号車は武装に17lb砲(76.2mm)を搭載して、1945年の初頭に完成した。センチュリオンの名称はローマ軍団の「百人隊長(ケントゥリオ)」に由来する。

チャレンジャー1

第24回 チャレンジャー1

チャレンジャー1は1980年代後半に、イギリス軍に配備されていたチーフテンの後継戦車として開発された。1983年からイギリス陸軍に引き渡されたチャレンジャー1は、1991年の湾岸戦争で大いに活躍し、期待通りの高性能戦車であることを自ら実証した。

M41ウォーカー・ブルドッグ

第25回 M41ウォーカー・ブルドッグ

M41ウォーカー・ブルドッグは、第二次世界大戦の戦訓を生かしてアメリカが開発した軽戦車だ。1946年にゼネラルモーターズ社がM24軽戦車の後継として開発し、アメリカ陸軍を中心に使用された軽戦車である。ウォルトン・ウォーカー中将にちなんでウォーカー・ブルドッグと名付けられた。

モワク・ピラーニャ

第26回 モワク・ピラーニャ

モワク・ピラーニャは、スイスのモワク社で開発された装輪式装甲兵員輸送車である。1960年代後半に開発が始まり、シリーズ化され、1972年に最初の試作車両が完成した。ライセンス生産車を含めて、数多くの派生型・発達型が開発、生産されている。

ルノーVAB

第27回 ルノーVAB

VAB装甲車はフランス製の装甲兵員輸送車として、1974年5月にルノーの設計が選定され、1976年には最初の量産車がフランス陸軍に納入された。フランス陸軍の最終的な要求数は4,000両余りであり、ルノーは月産50両近い生産体制を迅速に立ち上げた。

シャールB1

第28回 シャールB1

シャールB1は、フランスで開発された重戦車で、ルノーB1とも呼ばれる。開発が始まったのは、第一次世界大戦直後の1921年であったが、開発が長引いたため、完全生産型のシャールB1が登場したのは1935年のことであった。1940年、ナチス・ドイツのフランス侵攻で実戦に参加した。

AECマタドール

第29回 AECマタドール

1939年に登場したAECマタドール4×4トラクターは、イギリス陸軍省の仕様に基づき、114mm、140mm、152mmの中型の野砲や重高射砲を牽引するのに用いられた。軍の要求仕様は、乗員と弾薬を同時に積載可能な4輪駆動トラクターというものだった。

アボット

第30回 アボット

アボットは、イギリス陸軍の105mm自走砲である。第二次世界大戦後のイギリス砲兵隊の標準自走砲は、大戦中にカナダで開発・製造された25lb砲(87.6mm)搭載のセクストンやM7プリーストなどの自走砲を引き続き運用していたが、老朽化のため、1961年に新型自走砲として開発した。

ストライカー

第31回 ストライカー

ストライカー機動砲システム(MGS)は、当初は105mm LPT突撃砲と呼ばれていた。LPTとは「低プロファイル・ターゲット」の略語で、この車両の低いシルエットに由来している。同車両は、オーストラリア軍、カナダ国防軍、さらにはアメリカ軍の将来の要求に応えるべく1990年代後半に開発された。

M24チャフィー

第32回 M24チャフィー

M24チャフィーは、第二次世界大戦においてアメリカ軍が開発した軽戦車である。愛称は戦車開発のパイオニアであったアドナ・R・チャーフィー・ジュニア将軍にちなんでいる。約4,700輌が生産され、戦後は西側諸国に広く供与されて長らく使われた。

M3グラント/リー

第33回 M3グラント/リー

M3グラント/リーは、第二次世界大戦中にアメリカで製造された中戦車で、イギリス向けの仕様で生産されたものをグラント、アメリカ陸軍向けの仕様のままでイギリス軍に配備されたものをリーという。北アフリカの砂漠で巡航戦車として活躍した。

四式自走砲(ホロ)

第34回 四式自走砲(ホロ)

四式自走砲は、第二次世界大戦時の大日本帝国陸軍の自走砲。三八年式15cm榴弾砲と九七式中戦車チハの車体を組み合わせたもので、旧式となった15cm級重榴弾砲に機動性を持たせ主砲である三八式十五糎榴弾砲を砲架ごと九七式中戦車 チハの車体に搭載した。

ARTEC MRAV <ボクサー装輪装甲車>

第35回 ARTEC MRAV <ボクサー装輪装甲車>

ボクサー装輪装甲車は、ミッション・モジュールを交換装着することでさまざまな活動が行なえるよう設計された、ドイツとオランダの多用途装輪装甲車である。

アウトブリンダ40/41

第36回 アウトブリンダ40/41

アウトブリンダ40、その小改良型であるアウトブリンダ41装甲車は、第二次世界大戦中のイタリアの装輪装甲車である。1940年にイタリア軍に制式採用され、1943年9月までに624両が生産され、大戦終了まで使われた。

マーモン・ヘリントン装甲車

第37回 マーモン・ヘリントン装甲車

マーモン・ヘリントン装甲車は、第二次世界大戦中に南アフリカ軍とイギリス軍が採用した装輪装甲車である。1939年の戦争勃発まで作業は遅々として進まなかったが、戦争が始まったために至急検討が行われ、試験車両を量産に移すことが決定された。

CV 90

第38回 CV 90

CV 90は、スウェーデンが開発したStrf 9040歩兵戦闘車とその車体を流用した装甲戦闘車両ファミリーの総称だ。名称は「戦闘車両」を意味するスウェーデン語でStridsfordon 90(Strf 90)、英語ではCombat Vehicle 90。Strf 90がスウェーデン陸軍配備、CV 90は輸出向けの車両を指して使い分けられる。

BMP-3

第39回 BMP-3

 BMP-3歩兵戦闘車両(ICV)は、ソビエト連邦およびロシア連邦で開発された歩兵戦闘車である。それ以前のBMP-1、BMP-2と同様、クルガン機械製作所で開発され、1989年に生産開始、2000年に初公開された。その後、約1,000両が生産されたと推定されている。

I号戦車

第40回 I号戦車

 I号戦車はドイツが第一次世界大戦後、初めて量産した戦車である。訓練および生産技術の習得のための軽量・簡易な軽戦車として開発されたが、車両の真の用途を隠蔽するため、ドイツ陸軍兵器部はこの豆戦車に「産業用トラクター」という秘匿名称を与えた。

II号戦車

第41回 II号戦車

 II号戦車は、ドイツで作られた軽戦車である。本来の主目的は訓練用で、III号戦車IV号戦車が登場するまでの中継ぎとして、戦闘用途はほとんど考慮されていなかったにも関わらず、ポーランドとフランスの戦闘でドイツ軍機甲部隊の中核として活躍した。

BMP-2

第42回 BMP-2

 BMP-2は、BMP-1を改良したソビエト連邦の機械化歩兵戦闘車両である。BMP-1によく似ているが、砲塔が大型化しているのが特徴で、戦闘能力の向上を図っている。1970年代から開発が行われ、1982年末にモスクワの赤の広場で行われたパレードで公開された。

BMP-1

第43回 BMP-1

 BMP-1は、旧ソビエト連邦が初めて開発した歩兵戦闘車である。BTR-50装甲兵員輸送車の後継車として登場し、1967年に初めて赤の広場を行進した際には、装甲兵員輸送だけでなく射撃できる歩兵戦闘車両として、西側の軍隊に大きな衝撃を与えた。

T17E1スタッグハウンド装甲車

第44回 T17E1スタッグハウンド装甲車

 スタッグハウンド装甲車は、第二次世界大戦中にアメリカ軍によって開発されたが、アメリカ軍では使用されず、すべての車両がイギリス陸軍と英連邦諸国軍に供与された。開発時の名称は、T17E1装甲車、アメリカ陸軍での形式は、M6装甲車である。

MkI戦車

第45回 MkI戦車

 MkI(マーク) I 戦車は、イギリスが第一次世界大戦中に開発、使用した世界初の実用戦車で、「マザー」と呼ばれた試作車両の量産・制式モデルである。用途を秘匿するために「タンク(水槽)」という名称が与えられたが、それが今日の「戦車(tank)」の語源となった。

73式装甲車

第46回 73式装甲車

 73式装甲車(ななさんしきそうこうしゃ)は、陸上自衛隊で使用されている装甲兵員輸送車である。自衛隊では装甲兵員輸送車という用語を使用せず、装甲車と呼称される。60式装甲車の後継として1973年に制式化され、1974年から陸上自衛隊への配備が始まり、合計で338両が生産された。

M8軽装甲車

第47回 M8軽装甲車

 M8軽装甲車は、第二次世界大戦時にアメリカ陸軍が長年にわたって主役を務めてきた装甲車である。1943年に生産が開始され、1945年の生産終了までに約8,600両が生産された。試作時の名称はT22装甲車。また、イギリス軍によって「グレイハウンド」の愛称が付けられた。

59式/69式戦車

第48回 59式/69式戦車

 59式戦車は、中国の中戦車で、ソビエト連邦の技術指導の元、1959年にライセンス生産された全ての中国戦車の基礎である。1980年代半ばまでに10,000輌以上が生産された。69式戦車は59式戦車をベースに開発された中国初の国産主力戦車であり、世代としては第1世代戦車に属する。

62式/63式戦車

第49回 62式/63式戦車

 62式戦車は、ソ連からの技術供与の下で開発に成功した59式戦車をスケールダウンさせた中国初の国産戦車である。63式戦車は、ソ連のPT-76水陸両用戦車をコピーした60式水陸両用戦車の車体に62式軽戦車の85mm砲塔を搭載して開発された水陸両用戦車である。

ランチェスター

第50回 ランチェスター

 イギリス海軍航空局の要請を受けたランチェスター自動車が1914年に開発した装輪式装甲車が、ランチェスター装甲車である。1928年以降に生産された6輪のランチェスター装甲車と区別するために、しばしばランチェスター4輪駆動型と呼ばれる。

コンカラー

第51回 コンカラー

 コンカラー は、第二次世界大戦後イギリス陸軍が開発、保有した重戦車である。「コンカラー(Conqueror)」 とは「征服者」の意味で、イギリスでは特にノルマン・コンクエストによってイングランドを征し、ノルマン朝を開いたウィリアムI世を指す

MkAホイペット

第52回 MkAホイペット

 マークA ホイペット中戦車は、猟犬の種名が名付けられた第一次世界大戦時のイギリス陸軍の戦車である。敵の前線の破綻した箇所を突破する際に、世界初の実用戦車であるマーク I 戦車よりも相対的に優位な機動性と速度を用いてイギリス軍重戦車を補うよう意図されていた。

M2/M3ハーフトラック

第53回 M2/M3ハーフトラック

 M2/M3ハーフトラックは、第二次世界大戦中のアメリカ軍の兵員輸送用装甲ハーフトラックである。M3ハーフトラックはアメリカ陸軍のみならず、ソ連赤軍を含む連合軍のトレードマークとなった。M2の派生型の一つであるM9A1はフランス機甲師団第1大隊で、1944年のパリ解放に大活躍した。

M42

第54回 M42

 M42ダスター自走高射機関砲は、朝鮮戦争の戦訓から、新型自走式対空砲の必要性を感じたアメリカ陸軍によって1952年に開発された自走式対空砲である。ダスターとは「掃除人」もしくは「(掃除用の)はたき、雑巾」の意味だ。

M163ヴァルカン

第55回 M163ヴァルカン

 M163対空自走砲は、1960年代にアメリカで開発された自走式対空砲である。VADSをM113装甲兵員輸送車に搭載して自走式対空砲にした車両で、対空レーダーはM168 20mm機関砲の射撃管制装置の追尾レーダーのみ装備し、捜索レーダーは装備しない。

M47

第56回 M47

 M47パットンは、アメリカによって開発された中戦車で、M4シャーマンおよびM46の後継車両として設計されたパットンシリーズの第2弾である。改良を加えたM26のシャシーに、T42向けに開発された砲塔を搭載していたが、朝鮮戦争への実戦配備には間に合わなかった。

M103

第57回 M103

 M103重戦車はアメリカが開発した重戦車である。1948年2月にはT43重戦車(Heavy Tank T43)として開発されたが、最終的には指摘された問題点を改修して制式化されることとなり、120mm砲戦車 M103(120mmGun Tank M103)として1956年4月に制式化された。正式な愛称はないが、日本では「ファイティングモンスター」の名称でも呼ばれる。

M26パーシング

第58回 M26パーシング

 M26パーシングは、アメリカが第二次世界大戦末期に開発した重戦車だ。「パーシング」の名称は第一次世界大戦時のアメリカの将軍の名からとったもので、それまでのアメリカ軍戦車の愛称は、供与されたイギリス軍によるものであったが、本車は初めてアメリカ軍自身によって命名された。

M113ファミリー

第59回 M113ファミリー

 M113装甲兵員輸送車 は、アメリカで開発された装甲兵員輸送車である。履帯を装備し、不整地・荒地の走破能力が高くなっている。整地では高速走行も可能で、限定的ではあるものの、沼や小川などでの浮行能力を備えている。世界中でもっとも幅広く使用された装甲兵員輸送車だ。


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