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ズベズダ 騎馬弓兵の作成(武者の組立)

2014/03/09 11:24

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  ブラボーとは

馬の塗装をはじめましたが油絵具は乾燥するのに時間がかかりますので、その間に「武者」の組み立て塗装を行います。
武者2体分の全パーツですが、中央にある大きい矢は今回使用しません。
此方は「馬」に比べて突っ込みどころが満載で、中々外国人には難しい事をご理解していただけると思います。武者の内1名は髷を結った状態ですが実戦では何時襲われるか判りませんし、髷(特に箱絵のような茶筅髷)の侭では兜を被ることが出来ませんので、急いで兜が被れるように元結を切って残バラ髪になり大抵は鉢巻をします。
右手は先に接着しますと塗装が大変になりますので、先に具足等の仕上塗装完了後に右手を接着します。
矢入れ(箙?)も先に塗装してから後に接着する事にします。

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  ブラボーとは

参考:打刀について
 打刀は帯から吊り上げて佩用する太刀に対して腰の帯等に挿して佩用する刀を示し、太刀は必ず刃を下向けて吊り下げます。
 打刀はTVの時代劇等で普通に見られる拵(外装)ですが、実際には戦場に於て鞘が抜け落ちる可能性が高い為め抜け落ちることの無い太刀が好まれました。
 通常当時は太刀を佩用し打刀を挿添えする場合がありますが、緊急の場合に片手で抜き打ちする際に邪魔に成らない様に鍔は付いていない物が多く、又片手で抜けるように必ず返角(折金)と称するものが鞘についています。

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  ブラボーとは

参考:武装による時代推定
 キットが想定する時代判定に利用しました第一の理由は騎馬戦(平安~鎌倉)が徒歩戦(南北朝以降)かで、騎馬戦の時代は弓矢による戦闘と組討(甲組と言う)が中心で馬から降りて刃物で切りあう事は非常に少ない為め膝頭を護る必要は余り無かったのが、南北朝となり山岳戦等下馬して刃物で戦う事が増え、更に大太刀(大体刃の長さが三尺五寸から四尺位)や薙刀等で足を切り払われる事も多くなった。
 それに伴い膝頭を護る為に臑当に立挙と呼ばれる保護部が付き、その後大立挙と呼ばれる程大きくなったが、南北朝・戦国との相違は、南北朝時代は前時代の様式を踏襲して、三枚の鉄板を繋ぎ合わせて作られてあり、戦国になると布(家地と呼ぶ)に篠板と呼ぶ細長い鉄板を鎖で繋いで縫い付けた形式となる。
 騎馬戦の頃は地上で走り回る事は殆ど無いので、毛皮の沓を穿くが、徒歩戦が中心になると地上を走り回るのが楽な「草鞋穿き」となった。

参考;騎馬武者のイメージ誤りと武田騎馬軍団の嘘
 キットが想定する戦国時代は歩兵による戦闘が中心となり、騎馬武者も悠長に馬上から弓を引いている場合でなくなって馬から降りて戦うことが多くなり手には弓や刀より有利な槍を手にする事になった。
 当時日本に派遣されていた宣教師も「日本の騎馬武者は馬からおりて戦う」とバチカンに報告している位である。
 当時職業軍人と云える軍団を持っていたのは織田信長位で、他の戦国大名の軍は旧態前としたもので、つまり小領主が領地内の農民の二男・三男等を兵士とし、直属の使用人等を下士官として小集団(近代軍隊の分隊の様なもの)で参加した。
 勿論甲斐の武田信玄も同様で、領内の小領主が傘下各々の部下を率いて、信玄の下へ参集して軍団を形成した。
 当時馬上に居たのは小領主と云う身分のものであり、騎馬武者は身分が高い(将校)からであるから、騎馬の者だけを集めて集団を作ってしまうと、各々の部下には、指揮官が居なくなる事になってしまうから騎馬軍団等編成のしようが無いのである。
 武田騎馬軍団は明治の参謀本部の騎兵科の連中が、西洋の騎兵部隊との区別がつかずに作った亡説なのである。
 ついでに長篠合戦の織田信長軍三千挺の鉄砲隊も亡説で三段打は虚構である。

参考:兜の着用法
 源平争覇(平安時代末期)の頃は、兜鉢には浮張(所謂クッション)がなく兜に打撃を受けると直接衝撃が伝わるので、髷を結ったまま揉烏帽子(漆で固めない柔かい烏帽子)を被り烏帽子の先を髷と共に兜の天辺の穴から出して兜を安定させ更に浮張(クッション)としていた。
 一方兜鉢に浮張が設けられてからは烏帽子姿では逆に安定して被れず、蒸せる(浮張が設けられてから天辺の穴は必要ないため穴は小さく、鉢によっては無穴)ため元結を解いてザンバラ髪にとなり通常は汗止に鉢巻をした。
 兜は重いので戦陣でも合戦と言う以外は兜は被ることはないが、直ぐに被れる様にザンバラ髪に鉢巻姿だった。
 従ってキットの様な姿は戦陣では見られなかったが、兜をつける事が出来ずザンバラ髪に鉢巻姿で応戦した事は記録にある。

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参考:強弓(戦用)は素手では引けない
 キットでは素手で軍陣用の強い弓を素手で引いているが、強弓を素手で引こうとすると指に弦(ツルと読みゲンとは読まない)が食い込み引くことは出来ない(素手で引ける弓の強さは弓の強さが4~6Kg程度)ので、通常はユガケ(弓偏に葉:テキストでは表示不可)と称する革製の手袋を嵌めて引いた。
 現在では写真の右側中央にある三本指の物が一般的であるが、親指部分に楽に引く事ができる様に椿の木が入っていますので、これでは刀を持つことが出来ないから、当時は五本指の手袋状に親指に痛くならない様に革を一二枚縫い合わせたものを使用した。

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写真は当方所有のユガケ(台湾産小鹿の革製で、35年程前こ購入した当時¥38,000円位した)で三つカケと呼ばれるもの。他に四つカケ呼ばれる四本指の物があるが引き方は相違する。


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コメント3件

ロマン・スミルノフ

ロマン・スミルノフ
黒豆おかきさん
コメント有り難う御座います。
些少なりともご参考になりましたらと思い専門的な事も入れていますが、写真取り込みにミスがありますね。
コメントを頂かなければ気がついていないところでした。グッドなタイミングでコメントを頂き本当に有り難う御座います。
当方は40年以上ヒストリカル(ジャンル)のフィギュアのみ作成してきましたので他のジャンルはわかりませんが、皆さんの日誌や作品を参考にしながらガンプラ・メカ系のキットも最近は作っています。まだまだカスタマイズ・改造などの事は判りませんが、以前よりはガンプラ・メカ系もわかる様になりました。

03月09日 16:04このコメントを違反報告する

西大津ング

西大津ング
目から鱗の情報ばかりでした!
打刀、大立挙など「なるほど!」と思いながら読ませて頂きました。
これからも制作日誌たのしみにしています。
甲冑の様々なことが知れて勉強になります。

03月09日 16:05このコメントを違反報告する

ロマン・スミルノフ

ロマン・スミルノフ
西大津ングさん
コメント有り難う御座ます。
黒豆おかきさんからのコメントに回答中に写真(臑当の写真にユガケのがアップされていました)が間違っていることに気がつき再アップしなおしました。

03月09日 16:12このコメントを違反報告する


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