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ニチモ1/200戦艦大和への思い(前編)

2014/03/15 12:49

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  ブラボーとは

現在作成中のニチモ1/200戦艦大和。
そのキットを作る切っ掛けとなったお話を製作日誌で書かせて頂こうと思います。

1968年
日本模型(ニチモ)の1/200スケール戦艦大和は、呉海軍工廠造船部が昭和19年2月7日に製図した「呉廠船設軍極秘19第215号~220号」の図面を基本として、当時世界最大級のプラモデルとして世に出ました。

1970年に生まれた私と、このキットとの運命的な出会いは、小学生の頃の事。
親父の友人が経営する模型店「エスエス模型」に初めて連れられて行った時から始まる。

全長:1315mm、全幅:188mm、全高:271mm。

当時、自分の背丈ほどあるその巨艦が、ショーウィンドから見えるお店でした。

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  ブラボーとは

その大きな大きな大和を見て、初めて親父に買ってもらったプラモは、1/700スケール、ウォーターラインシリーズの「戦艦大和」でした。

塗装なんてしません!と言うか出来ません!
ただ、歯磨き粉のチューブの様なキット付属の接着剤でコペコペにしながら組み立てた全長40cm足らずの小さな戦艦大和。。。

その後エスエス模型に行くたびに、デッカイ大和を見ては「いつか作りたい」と言う妄想をしておりました。

結局は、作る以前にそのような高額のキット、小学生のお小遣いからして国家予算に匹敵する(それぐらいに感じていた)物で、お年玉はたいても買えないのは承知の事実でした(笑)

時は流れ、中学・高校と部活動に専念し模型からも遠ざかり、そのまま就職して社会人となっていたある日、エスエス模型の大将がお亡くなりになったと聞きました。同時にお店も閉店。

ある日(記憶が定かではありませんが23歳くらいだったか?)、偶然行った玩具店にそれがありました。

そう!憧れのキットです。
まだ未婚の独身でしたから、迷う事無く購入♪
意気揚々と組み立て始めたのですが。。。

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  ブラボーとは

その時、エスエスの大将が当時小学生の私に言っていた「お前には100年早い」の言葉が身に沁みて判りました。

因みに、お亡くなりになった大将はラジコンヘリの第一人者だった笹倉新蔵氏。
私にとっては親父の友達の模型屋のおっちゃんでしたが、ラジコンヘリに関する著書も残されているそのジャンルでは著名な方で、模型好きが高じて模型店を開いた方でした。

そんな大将が言ってたのは、価格の事だけではなく、これを作れる者は少ないと言う意味だったのです。

事実、成人したからと言って模型工作のスキルの無い当時私にはその大きさは勿論、パーツ同士の合いが悪いこのキットを素組みであっても仕上げる事が出来なかった。。。

かくして、夢の巨艦は、「作り掛け」のまま屋根裏倉庫の奥深くで長い眠りにつく事と相成りました。

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  ブラボーとは

「作り掛け」のまま屋根裏倉庫の奥深くで長い眠りについていた大和!

またまた時は流れ。。。

2007年4月8日
TV「日曜洋画劇場40周年特別企画」
その特別企画作品のタイトルは。。。

映画「男たちの大和」

終戦60周年を記念して作られた、皆さんご存知の映画です。
勿論、映画公開時には劇場に足を運び、その後一般公開された尾道での原寸大「ロケセット」の見学もしました。

実は、この「男たちの大和」が地上波初登場したのを切っ掛けに、同じ2007年3月からスタートした自身のブログ【社長のつぶやき】のネタに、何か欲しかったと言うのも手伝って、あのお蔵入りした「ニチモ1/200戦艦大和」の存在を思い出したと言う訳です(笑)

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  ブラボーとは

引っ張り出して来た当時の大和(2007年4月10日撮影)
当時、全て筆塗で塗装しここまで作っていたのです。

こうして、2007年4月11日
ブログ【社長のつぶやき】に初めて【屋根裏部屋シリーズ第一弾】として、記念すべきスタートを切ったのですが。。。

この時はまだ、「屋根裏部屋の・・・」
と言うタイトルで大和のシルエット画像のみの公開だったんです。

ニチモ1/200戦艦大和への思い(後編)へつづく(^m^)>


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コメント8件

icecoffee450

icecoffee450
思い出の話、いいですね。ニックネームの由来はそこからだったんですね。話を読んで、おこずかい貰うとすぐに近所の駄菓子屋に行ってプラモ買っていた昔のことを思い出しました。

03月15日 14:17このコメントを違反報告する

屋根裏部屋の男

屋根裏部屋の男
icecoffee450さん、コメントありがとうございます。
屋根裏部屋の男と言うHNは、屋根裏部屋の工作室から名づけられました(笑)

私が子供の頃は市内に何軒か模型屋があったのですが、今では1軒も残っていません。
当時自宅に近かったエスエス模型と言うお店が私のHOMEでした(笑)
大将や奥さんに可愛がってもらい、模型の作り方の基本を教えてもらったものです。
あのお店が無ければ、今の私の模型趣味も無かった事でしょう。

03月15日 16:16このコメントを違反報告する

hiroyuki@マルチ

hiroyuki@マルチ
う~ん
いいですね~ 読み込んでしまいました

思い入れというかモチベーションというか
やる気にさせるということが模型製作の
一番の原動力かなとおもいました。

あの凄い作り込みも原点ここにあり
ですね。

03月15日 23:35このコメントを違反報告する

屋根裏部屋の男

屋根裏部屋の男
黒豆おかきさん、コメントありがとうございます。
はじめまして
私も黒豆おかきさんちは覗かせて頂いているのですが、お互いにジャンルが違うのでコメントし難いですよね^^;;
これを機会によろしくお願いしますね(^m^)>

03月16日 11:13このコメントを違反報告する

屋根裏部屋の男

屋根裏部屋の男
hiroyuki@マルチさん、コメントありがとうございます。
誰でもその道に入る切っ掛けがあると思います。
私の場合はやはり親父に連れられて行った模型屋であり、そこで見た「ニチモ1/200戦艦大和」だった訳です。
思い入れのあるキットだけに妥協せずに完成させたいと改めて思います^^。

03月16日 11:18このコメントを違反報告する

屋根裏部屋の男

屋根裏部屋の男
模型道楽さん、何時もコメントありがとうございます。
「禁断の模型」とは上手く言いましたね(笑)

私の勝手な思いですが、このキットを完成させる為には。。。

・その巨大な船体の取り回しが出来るだけの工作環境がある事。
・合いの悪いパーツを成形しするスキルが備わっている事。
・戦艦大和に対する思い入れが強い事。

これに尽きるのではないかと思います(^m^)>

何年かかっても必ず完成させると言う思いが無いと、かつての自分の様に途中で投げ出して完成できないが故に「禁断の模型」と言う言葉がピッタリなキットだと思いました。

03月16日 11:25このコメントを違反報告する

ダイス船長

ダイス船長
僕も70年生まれなのですが、ニチモの1/200大和の原体験は正に同じような感じですね。100円を握りしめて模型店に通った子供にはとても手の届く代物ではなかったのですが、逆に買えなくて良かったと思えるキットですよね。
僕は30歳の記念に買ったのですが、それでも第一印象は「やってもうた・・・」でしたから(笑)

07月10日 01:03このコメントを違反報告する

屋根裏部屋の男

屋根裏部屋の男

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ダイス船長さん、コメントありがとうございます。

もう作り始めて10年が過ぎましたが、現在は放置状態でして^^;
そろそろ、完成に向けて工作を再開させようと企んでいるところでした(笑)
※写真は放置前最後に撮影した中央構造物の状態です。

もうニチモ自体が廃業し、自分自身もこのキットを完成させるのは最初で最後になりますから、小学生だった自分に、大人になって夢を叶えたよと言えるようにしないとですね(^m^)>

現在作成中の作品が完成したら、再開しようと思いますので、同じキットを作る仲間として今後ともよろしくお願いします(^^ゞ

07月11日 10:53このコメントを違反報告する


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