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中国人民解放軍陸軍自走砲 89式120mm対戦車自走砲

2018/02/03 19:15

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中国人民解放軍陸軍自走砲 89式120mm対戦車自走砲

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1/35 トランペッター 中国人民解放軍陸軍自走砲 89式120mm対戦車自走砲

1970年代の装甲の進歩と爆発反応装甲等の増加装甲の開発は、対戦車兵器の発展を急速に陳腐化させていきました。
戦車砲もまたその例に漏れず、対抗手段として大口径化やAPFSDSに代表される貫徹力の高い砲弾の開発が行われていくことになります。
そこで中華人民共和国は1970年代末、T-72に対抗可能な西側諸国と同等の120mm滑腔砲の開発に着手しました。
その背景にはラインメタル製 120mm L44戦車砲の技術取得に失敗し自力開発を余儀なくされたことによるものが大きく、各国が優秀な戦車砲を開発する最中、技術開発の波に乗らなければ未来は無いと考えた陸軍総省の意地がありました。
しかし、当時の中華人民共和国の技術水準では高初速を得るために長砲身や多量の装薬を必要とした上、120mmもの大きさの砲弾を装填する為には自動装填装置の搭載が不可欠であり、必然的に砲のサイズが大型化し発射時の反動も強烈なものとなってしまったのです。
これにより120mm滑空砲は当時の主力戦車であった62式軽戦車には規格が合わず、搭載は見送られることになりました。
しかし、これより大口径な榴弾砲を搭載する83式152mm自走榴弾砲の車台である321式多用途車両への搭載案は1984年に承認され、同年には試作車1号が完成しており、様々なテストを受けています。
次ぐ1985年には北京の南口にてデモンストレーションが行われ、その力を見せつけたのです。
そうして1989年に初期生産型20両が生産されており、翌年には制式採用化されました。
この89式120mm対戦車自走砲の開発は中華人民共和国に対して数々の技術的進歩をもたらしました。
しかし、当の89式120mm対戦車自走砲自体は開発完了後の国際情勢の変化、兵器の進歩や戦術の変化もあって情勢に合わない装備扱いを受けてしまい、最終生産数は100両程度だと言われています。


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