模型を作ってシェアするホビーコミュニティ ホビコム by デアゴスティーニ

von Braun

2017/04/15 02:40

  • Sq_ms_image
  • Sq_ms_image
  • Sq_ms_image
  • Sq_ms_image
  • Sq_ms_image

von Braun


「本」の紹介です。きわめて限定された分野の話です。
A-9の投稿で触れた、ロケットの父、と評されるフォン・ブラウン。

アポロのロケット開発や、その後の宇宙ステーションなどの開発ビジョン、スペースシャトル計画*の立案等を行った人物で、
■啓蒙活動のためにディズニーの番組に出たり、
■講演会でのある少年の質問「どうやったら人類を月に送ることができるんですか?」に対し、力強く、ひとこと、「(強い/ゆるぎない)意思を持つこと」というやり取りでも有名です。

この人物の伝記と写真集の2冊ですが、写真集のほうをいくつか。このご時世、あまりやりますと問題になりますので(^。^;)

■1枚目:もし興味がおありならばご参考までに。タイトル・著者・出版社の情報
■2枚目:右端がフォン・ブラウン、中央の黒コートの人物はデーニッツ提督、1943年、ペーネミュンデ、
■3枚目:右端の人物はU-511の艦長フリッツ・シュタインホフ。1942年にU-511からロケットの発射試験を行った、とあります。
■4枚目:中段写真の中央がドルンベルガー少将(当時)。1944年11月、A-4(兵器化されてV-2という名称になる)の成功による叙勲記念ディナー、
■5枚目:左側はNASA、将来プロジェクト局長(意訳)、国立宇宙協会(意訳)会長時代の写真で、これにフォン・ブラウンのサインをしてお土産にすることが多かった、とあります。

ドルンベルガーの庇護のもと、V-2を開発。敗戦を待たずにスタッフとともにアメリカへ亡命、NASA MSFC**(マーシャル・スペース・フライトセンター)でアポロのサターンⅤエンジンを開発。アポロ11号の月面着陸後、一躍時の人となるも…。

西ドイツ(当時)がフォン・ブラウンの名誉を回復したのは1985くらい(後で確認します)、彼の死後しばらくたってから、だったようです。

*のちにカール・セイガンがディスカバリーチャンネルの番組で、”地球を林檎に例えれば「皮」位の高度にしかならない「あれ」をどうして「スペース(宇宙)」というんだ?” と、批判しておりました。
**ジョージ・マーシャル将軍の名にちなんだ、NASAの施設。アラバマ州ハンツビル。サターンⅤエンジンの開発はここで行われています。

以上、お読みいただきありがとうございました。


ブラボー22 お気に入り登録3   ブラボーとは

コメント0件


コメントを書く1,000文字以内

Ms_noimage

コメントを投稿するにはログインが必要です。