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戦争遺跡を訪ねて(前編)

2020/01/05 23:41

これは戦争遺跡訪問記ですが、模型にも関連する内容ですのでこの場で公開させていただきますことをご了承ください。
私は高校を卒業するまでの18年間を「うどん県」で有名な香川県で過ごしました。穏やかな瀬戸内気候にめぐまれたこの讃岐の地にも確実に戦争の爪跡が残されています。
その一つが香川県の西部にある三豊市詫間町に存在した「詫間海軍航空隊」です。
私はその存在は昔から知っていたのですがなかなか最近は帰省しても期間が短く訪れるチャンスが有りませんでした。
しかし近年、現在暮らす兵庫県で「鶉野飛行場」関連のイベントに関わらせていただく機会が増え、じわじわとですがこのような戦争遺跡への関心が強まり今回のお正月帰省こそ訪れてみようという強い意志を持って帰りました。

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  ブラボーとは

まず、詫間町の位置ですがこの地図をご参照ください。

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  ブラボーとは

海岸から少し上がったところにこのような看板が有ります。

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  ブラボーとは

そして大きな石に刻まれた立派な記念碑が見えてきます。

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  ブラボーとは

その横には解説文の書かれた石碑がありますのでじっくりと読んでみましょう。


要点を簡単にまとめると・・・
「詫間海軍航空隊」は昭和18年に開隊されました。当初は水上飛行機の訓練部隊として連日若いパイロットたちが猛訓練に励みました。
しかし戦況の悪化に伴いこの基地にも特攻命令が下ります。そして最終的に57名もの若者たちが特攻出撃により命を落としました。

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  ブラボーとは

ということですが、よろしければこの石碑文の全文をお読みください。

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  ブラボーとは

また当時の基地の施設や配置図が描かれていました。

実はこの基地は戦後学校や企業に払い下げられました。その基地の施設や建物をほぼそのまま利用して開校された「詫間電波高専」(現香川高専詫間キャンパス)は私の父の母校であり、父は卒業後通信員として長く船員勤務しました。
そういういきさつもあり、今回この基地跡を訪ねてみたくなったというのも理由の一つなのです。
この件についての関連動画がありますので宜しければご覧ください。
https://www.youtube.com/watch?v=xaSIogdpDmo

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  ブラボーとは

記念碑の前にはいくつかの防空壕がそのまま保存されています。

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  ブラボーとは

中にも入れました。コンクリート壁はほとんど時の流れを感じさせないほど状態が良く当時の面影をそのまま残していました。
爆風よけの為、内部で「コ」の字になって隣の壕とつながっている特徴も確認できました。
ただ・・・床にはいろんなゴミや廃棄物が転がっており管理状態はあまり良くないと感じました。維持管理していくのは大変なことなのでしょうか、仕方がないこととはいえ少々残念に思いました・・・。

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  ブラボーとは

ある防空壕の入り口前にはこのような石碑が置かれていました。

この詫間海軍航空隊基地は日本が世界に誇る飛行艇「二式大型飛行艇」(二式大艇)の最後の整備基地でした。その二式大艇を全力で整備した方々で構成されるのがこの「二式会」だそうです。
鹿児島県の「鹿屋航空基地史料館」に行かれた方は大きな二式大艇をご覧になったと思います。あの機体は元々はこの詫間基地で整備された数機のうちの残存機(T-31号機)です。

戦後整備可能な一機が米国に渡り徹底的に調査されました。その結果、この二式大艇の優秀さは米側を驚かせることになったそうです。その後日本に返還され、現在は鹿屋で展示されています。私はまだ実機は見た事が有りませんのでいつかはきっとこの目で見てみたいと思っています。

前編終わり。後編に続く。


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