模型を作ってシェアするホビーコミュニティ ホビコム by デアゴスティーニ

安房森林軌道

【第107回】安房森林軌道


世界遺産として名高い屋久島に、安房森林軌道という鉄道が敷かれている。かつては全国で見られた森林鉄道も「今は昔」となったが、太古の森ともいえる険しい山奥には「最後の林鉄」といわれる小さな機関車と運材台車が、今も健気に軌間762mmの細い線路を走っている。

ブラボー0 お気に入り登録0   ブラボーとは


大正時代に産声を上げた現役最後の森林鉄道

山の中を進む線路で聞こえるのは川音や鳥のせせらぎなど、自然が織りなす音だけだった。そこへ、ふと人工的な機械音が勇みよる。わずかな振動とともに現れたのは黄色い機関車。林鉄のアイドルが突然やって来た。

鹿児島から高速船で揺られること2時間半、夜の帳が下りた屋久島の安房港へ接岸した。港へ降り立つと、標高1936mを誇る九州最高峰の宮之浦岳をはじめとする威風堂々の山岳が、薄い月明かりに照らされうっすらと浮かび上がっている。その裾野に「日本最後の森林軌道」となった、安房森林軌道がある。  早朝、雨多い屋久島にしては珍しい眩いばかりの朝日を浴びつつ、山の中腹にある荒川登山口へと向かう。まだ太陽も覗かぬ頃合だというのに、狭い林道には所狭しと車が路駐されている。持ち主はみな、線路を伝って「縄文杉」方面へと歩いていったのだろう。南国の山深い地で、都心と大差ない路上状況に苦笑しつつ、猫の額ほどの構内線路へと足を踏み入れる。 まるで卓上ジオラマをそのまま実物にしたような構内は、ひっそりと静まり返っている。そこでまず出くわした光景は、強引なまでに直角に曲がった幾本かの線路だった。いかにも「トロッコ」といわんばかりで、鉄道というシステム化され規律を保った駅構内の配線を、すっかり日常として受け止めている身には衝撃的ですらある配置だ。ポイントで集結した線路は一条の引込線となって坂を下っているようだ。線路を伝うと、まもなく本線へ繋がる荒川分岐点に到達する。 ここは、麓から登ってくる本線と引込線の分岐であると同時に、軌道管轄の分岐でもある。線路自体は、安房の町外れに位置する苗畑地域からスタート、この荒川分岐点までの約11kmを屋久島電工が管理、「ここから先」は、屋久島森林管理署の管轄となっている。「縄文杉登山ルート」として観光客に活用されているのは、この荒川から始まる区間のことである。 ふだん見慣れているレールに比べれば格段に細い本線を歩く。線路は昭和20年代に6kgレールから9kgレールへ格上げされたものだ。9kgレールは「二級森林鉄道」に属し、カテゴリーは「軌道」となる。それでも「か細い」ことに、なんら変わりない線路は鉄橋へと続き、なんとも頼りなさそうに、鬱蒼とした森の中へと導いてくれる。

谷間にへばりつく線路に機関車が突然出現する

水が絶え間なく落ちる滴り滝の洞門。運材台車のブレーキ用給水ポイントだったここは、晴れていても絶対に濡れる。

「縄文杉」と書かれた標識を頼りに線路を歩くと、全長30mほどのデッキガーダー橋が現れた。橋の両側には木材をあしらった立派な柵と踏板が設置されている。そのすぐ先にある素掘りのトンネルもセンサーが足下を照らし、歩きやすい。現役でありながら、まるで登山客をもてなしているような親切さである。さらに進むと、線路脇の朽ちた機関車の残骸や湧き水で滴る路盤、滝を覆う洞門が次々と行く手に現れる。水の漏れる洞門を通り抜けながら「森林軌道というより、さしずめ西部開拓時代のトロッコだな」と思わず笑みがこぼれてしまう。 右手には断崖絶壁の下に安房川、左手には壁のように立ちはだかる崖。線路は崖にへばりつくように、安房川の上流へ沿って続いているようだ。そんな中、耳を澄ますと遠くに激流の川音が聞こえてくる。まだ誰とも会わない寂しさと、同じような景色の続く線路とで、目的地に着けるのか? という不安がよぎる。 そんな不安を察知したわけではないのだろうが、前方からなにやら音が聞こえてきた。何かを擦るような音に続いて「コン、コン」と、規則的な音が近づいてくる。トロッコだ。やがて、2人の作業員だけを載せた運材台車が、カーブを曲がって現れた。乗車した作業員が、ゆっくりと台車を走らせている。「走らせる」とはいうものの、下り勾配を惰性で走っているだけなので、下りを終えるとやがて停まってしまうのがユーモラスだ。2人の作業員は、やれやれ……という面持ちで台車を押し、走り始めると飛び乗る。なんとも単純で、原始的な姿である。 続いて、人の気配のない線路には不釣り合いな機械音が、山々にこだましてこちらへ向かってきた。現れたのは、小さな黄色い機関車だ。機関車はバック運転で、「バリバリッ!」と勇ましいエンジン音を出しながら走ってくる。機関車はゆっくり目の前を通過し、ボンネットからニョキッと伸びた排気管から煙を吐き出し、消えていった。

分岐点から長い鉄橋を渡ると草木に没した集落跡が眠る

時々、欄干のないデッキガーダーもある。童心に返ってわくわくしながら鉄橋を渡るも、足下を誤ると奈落の底である。

辺り一帯は再び静寂に包まれた。予期せぬ出会いに軽い興奮を覚えつつ、軽快な足取りで「列車」の来た道を進むと、すぐに小杉谷へ辿り着く。すると、かつての機関車修理工場の跡だろうか、苔むした点検ピットの遺構の先に、片渡りポイントでふた手に分かれた線路が見える。どうやらここが、石塚地域と縄文杉方面へ向かう線路の分岐点のようだ。直進する線路は現役作業軌道として、石塚へ向かっている。一方の縄文杉方面は廃線となったのち、歩道として再出発したものだ。それにしても、またまた絵に描いたような「トロッコ的配線」である。そういえば、木曽や津軽など全国津々浦々にあった森林鉄道も、このような分岐が多かった。それが今、現役として目の前にあるのだ。 分岐から直進する、土埋木運搬の最前地点・石塚に至る線路は「立入禁止」。とはいえ、春から秋にかけては登山客が多いため作業は行なわず、運搬はもっぱら冬期の閑散期に行なわれる。土埋木運搬は運材台車に「荷」を満載し、作業員がロープ1本でブレーキ操作を行ないながら、下り勾配を活用して自然滑降する「乗り下げ」方法である。かつてはどの森林鉄道でも行なわれていたこの手法も、動力近代化とともに姿を消した。しかし、この屋久島の地ではまだまだ現役の姿を見ることができる。ところが残念なことに、今回の探訪の直後、平成19(2007)年7月に屋久島を直撃した台風による土砂崩れで、石塚への線路は小杉谷分岐点から約100m先で寸断されてしまった。森林管理署では、寸断された軌道をどうするか、現在検討中だという。再び復旧されることを願うばかりである。 さて、石塚地域への線路の先が気になるが、立入禁止ではどうにもならない。後ろ髪を引かれる思いで、縄文杉方面の線路を伝うとしよう。これから先は現役線と別れ、廃止となり登山道として活用されている区間である。クニャッと曲がった線路の先には、今まで沿っていた安房川を渡る長い小杉谷橋が架かっている。傍らに「平成16年3月完成」とあるが、線路そのものは大正時代に敷かれたものだから、登山歩道として整備されたものだろう。 橋を渡り終えると、線路は再び左へ直角に曲がり、坂を登っていく。曲線沿線には古びた一対の門柱が立てられている。門柱の先は狭隘地にしては珍しい広場となっていて、その先には石垣が積まれている。線路沿いにも、やはり同じような石垣が並ぶ。これらは小杉谷事業所の集落跡地の遺構である。広場は旧小杉谷小中学校のグランドで、線路沿いの石垣は家屋の土台だ。小杉谷地区は標高640mの谷間で、軌道の開通とともに、林業従事者の集落として生活が営まれてきた場所なのだ。屋久町郷土史によると、昭和35(1960)年の人口が最多で540人を数えた。しかし、最多の人口を記録した10年後の昭和45(1970)年に小杉谷は終焉、最後の人口はわずかに4人だったという。 やがて永い年月が経ち、小杉谷は草木に浸食され、自然と一体化した石垣群だけが残された。文献に記された数字はかつての栄華を語る。目の前の石垣群は、在りし日を寡黙に伝えている。

原始的な森を突き進む線路 木橋やデルタ線と出会う

この線路には鉄橋以外も、現地調達で造られた「木橋」が多く存在する。最後の林鉄で木橋が現役というのも驚きだ。

ここからは一路、終点を目指して進む。踏板のある線路は延々と杉林の中を突き進み、勾配もきつくなってきたようだ。ゴゴゴ……と、川を挟んだ対岸で機械音がこだまする。どうやら、先ほどの機関車が石塚へ向かう線路を走っているようだ。機関車の運行に、もちろんダイヤなど存在せず、まさに神出鬼没である。 だんだんと奥深くなってきた。周囲の木々も、手とも足ともつかない造形をした原始的な樹木に変わりつつある。いよいよ、というか、ますます屋久島らしい山中といった様相だ。息も絶え絶え、どこまで続くか見当もつかない線路を伝い、幾多の小橋を渡る。とある橋を渡ろうと足下を見ると、そこには立派な丸太が2本、線路を支えていた。思わず路盤を駆け下りて橋を見上げると、原始の小川に苔むした木の橋台が架かっている様子がよくわかった。「木橋ティンバートレッスル」と称すにはあまりに短いが、力強く組まれた木橋は、しっかりと大地へ根付いており、その上を登山客が渡っていく。もしこれが機関車であったら、どれほど勇ましい姿となるのであろう。 かつて、この軌道が伐採運搬で大活躍していた時代、幹となる線路から多数の支線が枝分かれし、伐採樹木を集材するために、至る所にインクラインが置かれていた。しかし、伐採終了から多くの年月を重ねた現在は、遺構は撤去されたのかどうかも判別できない様相である。それでも線路端には、転轍機の名残の枕木が、ほぼ土に埋まった状態で顔を出していたりする。何カ所かは引込線が残り、わずかな大地に強引な三角形の線路配置をした機回しデルタ線も確認できるなど、今でも、あちらこちらにさまざまな林鉄特有の設備があり、目を楽しませてくれるのだ。 もっとも、山を下ってくる登山者たちはみな、線路よりも、自然の造形美ともいえる樹木の形や苔むした森に興味津々だ。その、太古の密林ともいえる姿は「ひと月に35日も雨が降る」と例えられる降雨量と、亜熱帯気候ながら高山があり、さまざまな気候が存在する、島の環境が育んだものである。

密林との戦いで誕生した軌道 運搬終了後も線路は残った

天候が豹変することでも有名な屋久島では、晴れていても厚い雲がかかれば霧に包まれ雨となる。霧に包まれた森は、苔が淡い緑色を瑞々しく輝かせ、露で濡れた線路は鈍く輝き、神秘的な姿を見せてくれる。

屋久島の独特な自然環境で育まれた杉は頑丈で、江戸時代より薩摩藩の年貢として伐採されていた。明治時代となると島の森林の多くが国有林となり、その管理を行なうための出張所(現在の森林管理署)を設置。そこで、拡大する林業と伐採樹木の運搬のために誕生したのが、安房森林軌道だ。線路は等高線を丁寧になぞりながら敷設された。建設工事は密林との戦いで、安房港から建設された線路は、10m先も見えないジャングルが行く手を拒み、岩盤は貴重なダイナマイトとノミで切り開いた。大型機械もない時代、すべてが手作業で進んだ工事は、1日に5mも進めば良いほどであったという。難工事の末、安房港~小杉谷間約16kmが完成したのは大正12(1923)年のことである。 開通後は、幹となる本線から多くの支線が枝分かれし、代採作業を行なう山奥へと線路が続いた。当初は馬が運材トロッコを牽引していたが、昭和2(1927)年にはアメリカのホイットカム社のガソリン機関車を導入して、動力近代化を果たす。しかし、昭和42(1967)年には小杉谷での作業を縮小。昭和44(1969)年、軌道運搬は終わりを告げた。 本来ならばこの時点で線路は剥がされ、森林軌道も自然へと還っていく運命にある。しかし、軌道は残った。残念ながら当時の資料が四散、明確な残存理由はわからないが安房の森林管理署によると、地元では、「森林保全管理用として軌道を活用しようと残したのでは」という話も伝わっているという。現在、屋久島の代名詞となった縄文杉が発見されたのは、伐採運搬の終了する間近の昭和41(1966)年のことだ。地元で伝わる話が真意だとすれば、営林署の運搬が終了した時期は、屋久島の自然環境が、生産から保全へと動き出した時でもあったということになる。実際、軌道は現在に至るまで、保全活動に多大な貢献をしているのは万人の知るところである。

終点で休む人々をかきわけ機関車が勇ましく登ってきた

トイレの前まで到着した機関車は、運材台車だけを先に行かせ、蔦が絡まり苔むした木々の合間を抜けて悠々とヤマを下っていく。新緑の世界に黄色のボディはよく映える。いつまでも走っていてほしい……そう思わせる姿だ。

深い緑の山中をクネクネ曲がり、時には崖にへばりつくように進む、まさに密林を行くヘビのような線路。先人たちが苦労して線路を敷設しなければ、縄文杉への道は、決して開かれることはなかったであろう。 やっとの思いで到着した終点・大株歩道入口は、今までの森閑とした森の空気とは裏腹に、登山者たちで賑わう休憩地点となっていた。その様子、まるで「登山銀座」である。線路端には、50人を超す登山者が、縄文杉を巡ってきた足を休めている。そんな登山客を横目に、線路を最後まで歩こうと足を進めるが、線路は間もなく唐突に切れてしまっている。車止めもない。その先にあるのは、近年建設された立派なトイレである。本来の線路はその先も進んでいたはずだが、結局「用済み」となり草木に没している。 その様子に、やや呆然と立ち尽くしていると、ふと、麓から何かの気配を感じた。もしやこの音は……? 音を追うように登山客から歓声が沸き起こり、線路に休めていた足を慌てて音の主に譲る。そして「バリバリ!」と勇ましい音をこだまさせ、黄色い機関車が現れた。予告なしの「千両役者」の登場だ。  「一緒に写真を撮ってもいいですか?」 興奮した人々が近づき記念写真を撮り合う。作業員も慣れっこで気さくに応じている。何十年も働きかなりくたびれた機関車は、すっかり人気者だ。
 「コイツの部品はないから、車のパーツを合わせて騙し騙し使っているんだよ」
機関士が、愛おしそうな目を機関車に向けながら言う。よく見れば、車体は錆も目立つが、側に立つとエンジンの熱が伝わり、元気な息づかいが聞こえてくる。「コイツ」は生きている。そう思った。機関車の暖かいボディは、屋久島の林鉄が生きている証なのだ。

※この記事は、週刊『鉄道データファイル』(デアスティーニ・ジャパン刊)を基に構成したものです。

公開日 2021/11/15


ブラボー0 お気に入り登録0   ブラボーとは



コメント0件


コメントを書く1,000文字以内

Ms_noimage

コメントを投稿するにはログインが必要です。