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名松線 松阪〜伊勢奥津

【第32回】名松線 松阪〜伊勢奥津室


田園風景と山河の2通りの魅力を持つ贅沢路線、名松線。前半は伊勢平野をのんびり走り、後半は高見山地の急勾配を一気に上る。新型の軽快気動車が走り、腕木式信号機がなくなっても、人が人のために列車を動かす、風光明媚な鉄道であることに変わりはない。

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穏やかな気分で車窓を楽しむ緑まぶしい田園地帯

デアゴスティーニ編集部

伊勢川口~関ノ宮間の水田地帯を夕日がやさしく照らす。名松線の旅の半分を彩るのは伊勢平野の田園風景。車窓を流れ飛ぶ黄金色のじゅうたんが、開放的な気分を盛り上げる。

名古屋から紀勢本線を下り、松阪駅に降り立った。5番線に目を向けると、白い単行のディーゼルカー・キハ11が軽いアイドリング音を立てて停まっている。前面に掲げられた行先表示は「伊勢奥津」。名松線の終点である。この列車が、これからはじまる全長43.5kmの旅の案内人を務めてくれる。
名松線には優等列車は走っていない。全列車がこのキハ11を使用した各駅停車で、車掌が乗務しないワンマン運転である。押しボタン開閉式のドアをくぐって車内へ移り、座り心地がよさそうなバケットタイプのボックスシートをひとつ占有した。1ボックスに1人くらいずつは乗客が乗っているだろうか。発車時間が近付いても乗客は増えず、そのままで単行のキハ11は松阪駅を後にした。
しばらくは紀勢本線の線路上を名古屋方面へと上る。本線から分岐すると、松阪市から三雲町へ入る辺りで紀勢本線から大きく分かれていく。線路の両脇に田園風景が続く。
一面に広がる水田の淡緑色の中を軽やかに走る単行のディーゼルカー、はたから見ればさぞや絵になる光景だろう。
伊勢平野の穀倉地帯をゆるゆると北西に進んだ名松線は、松阪を出て4駅目の一志駅辺りで西へと向きを変える。

線名の由来は「松坂」と「名張」 幻となった伊勢奥津~名張間

デアゴスティーニ編集部

山深い自然の息吹が、ちっぽけなディーゼルカーを包み込む。自然を壊さず、自然と鉄道が調和を保って進んでゆくには、1日9往復くらいの列車数がちょうどいいのかも知れない。

路線名の「名松線」。いったいどんな由来なのだろう。列車に乗り込んだときから気になっていた。沿線に美しい松でも植わっていたのだろうか? と思ったりしたのだが、実際はそうではなく、単に地名からきているのだそうだ。「松」は起点の松阪を、「名」は松阪の西、三重と奈良の県境に位置する街、名張を指しているという。
当初、名松線はその路線名どおり、松阪と名張を結ぶ路線として計画された。昭和2(1927)年3月に松阪から敷設工事は始められ、昭和4(1929)年8月25日に松阪〜権現前間がまず開通した。続いて昭和5(1930)年には井関まで、昭和6(1931)年には家城までが順次開通した。ところが昭和7(1932)年、国会において伊勢奥津〜名張間の敷設を取りやめることが決まってしまった。そして昭和10(1935)年12月5日、伊勢奥津まで完成。沿線住民の願いは満たされぬまま、名松線は工事完了、全線開通とあいなった。

米の積み込みと軽便鉄道 過去の活気は跡形もなく消えた

デアゴスティーニ編集部

山岳区間に入ると、終点の伊勢奥津まで雲出川が寄り添う。列車は雲出川を何度も渡り、その度に川と線路が左右入れ替わる。山河の織り成す風景が、車窓を賑わせてくれる。

波瀬川に沿って西に向かった列車は、井関駅の先の最初のトンネルを出た辺りから、今度は雲出川に付きつ離れつしながら走りはじめる。緩やかに左カーブを描きながら7番目の駅、伊勢川口に到着。この駅の南側にはかつて農協の倉庫があり、横付けされた貨車に米を積み込む作業で活況を呈したという。
また駅の北側には、中勢鉄道という軽便鉄道の駅があったのだそうだ。ここ川口から久居や津まで走っていたらしい。中勢鉄道の開業は名松線よりも早く、明治末期にはその前身がすでに一部区間で開業している。川口まで来たのは大正14(1925)年11月27日。しかし昭和18(1943)年2月1日には全線廃止されてしまった。現在、かつて駅があった辺りは、舗装された道路になっている。

たった1人の駅員による通票確認が列車運行の鍵を握る

デアゴスティーニ編集部

名松線でたった1人の駅員の目が安全運行の要だ。運転士から受け取った通票の形状をしっかりと確認する。

向きを徐々に南西に変えた列車は関ノ宮駅を過ぎ、沿線最大の駅、家城に近付いた。前方には、列車を出迎えるためにホームに立つ駅員の姿が見える。対向式ホーム2面の家城駅は、線内で唯一、列車交換設備を持つ。名松線を走るすべての列車が、ここで交換するダイヤになっているのだ。
列車が停車するとすぐに、駅員は通票の入ったキャリアを運転士から受け取る。CTC化されていない名松線は、今でも通票を使用した閉塞方式を採っているのだ。無人駅ばかりの名松線のなかで、家城だけに駅員が配置されているのは、この運転扱い作業のためである。ただし人数は1人だけ。つまり名松線内にいる駅員は、松阪駅を除けば目の前にいるこの1人だけなのだ。出札をこなし、運転関係の業務も扱う。列車が到着すると、大忙しになってしまう。
しかし自動改札もなければ、信号システムも自動化されていない。昔ながらに、人の力がすべてを動かす。そういう鉄道というのは、なんともいえぬ暖かみと力強さを醸し出す。名松線において、このたった1人の駅員の存在は非常に重いのである。

行き交う人と列車を見つめてきた 古めかしくも堂々とした家城駅の駅舎

デアゴスティーニ編集部

列車の行き先表示をはじめ、すべての業務が人の手による家城駅。木造駅舎の中は時間の流れがゆっくりだ。

この家城駅は一時全国の注目を集めた。その理由は、平成16(2004)年1月26日までこの駅の構内では、いまではもうほとんど見られなくなった腕木式信号機が使用されていたからだった。
「廃止までのひと月は、ホンマにたくさんの人がきてくれたなぁ」とは先の駅員さんの談。JR東海では最後の腕木式信号機だったこともあり、全国から大勢のファンがその姿を写真に残そうと駆けつけたそうだ。
古めかしく堂々とした駅舎もまた、家城駅が誇れるものだろう。これは昭和6(1931)年に名松線が家城まで開通したとき以来のものだという。この70歳を超えた木造駅舎は、絶えることなく名松線の乗客を受け入れ、行き交う列車を見守り続けてきたのだ。
前方の信号機が青色の点灯に変わった。名松線一個性的な駅を楽しむ時間も終わりとなった。右手の上り列車はまだ停まったまま。こちらの下り列車が先に動きはじめた。

興趣あふれる雲出川沿いの風景と印象的な伊勢竹原の駅名表示

デアゴスティーニ編集部

伊勢竹原の駅舎は、昭和10(1935)年の開業の日から今日までそこに建ち続けてきた。右書き、旧字体の駅名表示が歴史を物語る。

家城を出た列車は雲出川を渡ると、これまでの田園風景とは打って変わって、急に山間へと踏み込んでいく。勾配を上り続け、雲出川に沿って右に左に小刻みにカーブを切って進む。これからが名松線ならではの醍醐味を味わえる区間となっていくのだ。
まずは君ケ野ダムの最寄り駅でもある伊勢竹原に到着。ここの駅舎もなかなか立派なもので、全線開業した昭和10(1935)年に建てられたままの姿である。なんといっても駅舎入り口に右から書かれた「驛原竹勢伊」の駅名表示が目を引く。さらに列車は、まっすぐに伸びた杉の樹が林立するなかを奥へ奥へと分け入っていく。速度は30〜40km/h、なんとものんびりとした歩みだ。

自然の醍醐味を存分に味わえる標高差260mの山岳区間

デアゴスティーニ編集部

伊勢奥津駅の西端で、名松線を見つめ続ける車止めと給水塔。あの向こう側へ鉄路が伸びる日は訪れるのだろうか。

名松線が急勾配を擁する山岳路線であることは、あまり知られていない。起点の松阪と高見山地の山間にある終点、伊勢奥津との標高差は実に260m。勾配は最も急なところで30‰にも達している。このことは時刻表からも見てとることができる。平地区間である松阪〜家城間25.8kmと勾配区間の家城〜伊勢奥津間17.7kmの所要時間がほぼ同じくらいなのである。
緑がまぶしい山々、かつて筏流しで名を馳せた雲出川、そして山肌に作られた茶畑が車窓を流れる。名松線は「名勝」線なのだなぁ、などとひとり悦に入っていると、列車は杉材で有名な美杉村の中心駅、伊勢八知に着いた。線路脇の製材所からは、切り倒して間もない杉材の湿り気を含んだ香りが漂ってくる。
旅もそろそろ終盤に近づいてきた。南西を向いていた線路はここを境に南へと進路を取り直す。最初松阪を北に向かって出発した列車は、ぐるりと向きを変えて、今は正反対の南を向いている。方向感覚の鈍った頭で車内を見渡すと、乗客の姿がない。いつしか車内は運転士と自分の2人だけ。
運転士曰く「盆や正月には、全区間お客さんゼロというときもあるんですよ」。
比津駅を過ぎ、国道368号線のガードをくぐると、雲出川が急に右へ折れる。これに合わせて線路も西を向く。そして狭隘な山間が開けると、ついに終点の伊勢奥津である。
残念ながら開業以来の駅舎は、建替え工事のため取り壊された後だった。乗客1名の列車を出迎えてくれたのは、沿線住民の望みを断ち切った白い車止めと、蒸気機関車時代からそこに建ち続けている赤錆びた給水塔だけだった。

※この記事は、週刊『鉄道データファイル』(デアゴスティーニ・ジャパン刊)を基に構成したものです。

公開日 2015/08/31


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