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三木鉄道

【第45回】三木鉄道


三木鉄道は全線6.6kmのミニ鉄道ながら、開業当時から駅の増設や運転手育成などの営業努力がマスコミに取り上げられ、第三セクターとなった当初は、業績も良い中で希望の見えるスタートを切った。しかしながら、開業からわずか23年後、平成20(2008)年3月31日を最後に三木鉄道はその使命を終え、鉄道路線図からその姿を消した。

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小さな街角に建つ伝統の駅舎 わずか6.6kmの旅がはじまる

デアゴスティーニ編集部

三木鉄道線内唯一の有人駅である三木駅では列車の発着の際、必ず駅務員がホームに立ち、車両が見えなくなるまで見送っていた。その後ろ姿に、鉄道が唯一の移動手段だった時代のプライドが蘇ってくる。

午前5時30分。この地方特有の、深い雲が流れては消える真冬の気象状況だ。時折その合間を縫うように、上弦の七夜の月が見え隠れしている。山陽の播磨灘からほど近く、どちらかといえば暖かいイメージがある土地だが、風の通り道とでもいうのか、三方を川で囲まれた地形がそうさせるのか、とにもかくにも寒い。風はほとんどなく、直接肌には感じないのだが、それでも「シンシンと冷える」という言葉通りに身に沁みる。じっと立っていると凍えそうだ。
そんな、人がいることを拒むような小さな町角に、ちょっと困ったような、あるいはすまなさそうな顔をして建っている三木鉄道三木駅の扉が開く。夜の間、まったく明かりというものが届かなかった駅構内には、駅名板や始発の乗客がひとときを過ごす待合室を照らす蛍光灯や、ホームに停まっている列車の姿を確認する照明などが一気に照らされ、一番列車の発車に相応しい状況が整いつつある。
列車はすでにホームに入っている。たった1両ではあるが「ガラ、ガラ」というディーゼル車特有のアイドリング音が周囲に響き渡る。まるで、生きていることを主張しているように。
始発となる6時5分までしばらく時間はあるが、とりあえず列車に乗り込み暖を取る。冷え込む早朝の空気に、容赦なく体温を奪い取られていただけに、列車のスチームは何とも心地よい。始発に乗り込むため数十分前から駅の前に佇んでいた来訪者に、ホッとする温もりと安らぎを与えてくれる。
少し体も温まった頃、再びホームに出てみた。発車10分前。まだ、待合室にも、ホームにも、列車にも乗客の姿はない。夜明け前の三木駅には、低い位置から冷気が包み込んでくる。堪えきれず、またすぐに列車に逃げ込んでしまう。

真冬の早朝に二人の乗客を乗せ 闇と冷気を衝いて始発列車が発車

デアゴスティーニ編集部

真冬の早朝では始発列車の時刻でも暗闇の中。この時刻に明りが広がる時季には、もはやこの駅に生きた列車はいない。

しばらく列車内のボックスシートに腰を下ろし、暗い構内をただぼんやりと眺める。発車5分前になったというのに、まだ誰も乗ってこない。発車時間に合わせてバスが動くこともない駅前には、相変わらずの冷気だけが漂っている。
 「始発列車の乗客は1人か……」と意味のない覚悟を決め込むと、発車数分前に「トン、トン」という足音とともに乗客の姿が現れた。たった1人とはいえ同じ空間に人がいるということで、何とも暖かな気分にさせられるのだから不思議なものだ。
午前6時5分、2人の乗客を乗せ、闇と冷気の中を列車は発車すると、発車の余韻に浸る間もなく、次の高木駅に到着。三木からわずかに600m。三木駅出発から高木駅に到着、発車するまで2分。もちろん(?)乗客はなく、降りる人もいないため、ドアは開くことなく発車する。と、またすぐに、今度は駅間700mほどの別所駅に着く。ここでは1人の乗客があり、ドアが開く。高木駅を出て別所の発車までは、ものの1分ほどの早業だ。
さほど多くの家並みが見えるわけでもなく、かといって何もないわけではない車窓には、しっかりとした道路が併走し、単行の列車を次々と車のライトが追い越していく。そんな光陰を見つめていると、またたく間に次の駅、西這田に着く。やはり、ここでも乗客はなく先ほどと同じようにドアは開くことなく発車する。
次の石野駅までは、三木鉄道における「最長駅間」を誇る1.7kmの区間だ。列車はエンジン音も高らかに、初めてフルスロットルで快走する。「km」単位の駅間は、この区間しか存在しない。ただし、石野駅からの乗客はなく、またまたドアは「開かず」のまま。真冬の空はまだ真っ暗で、車窓からは、列車を追い抜いていく車のヘッドライトが、辺りの静寂と冷気を、照らしては消える光景を繰り返している。
再び「駅間600m」に戻り、下石野駅に着く。ここでは2人の乗客があり、久しぶりにドアが開いた。ほぼ1分間隔で停車する次の宗佐駅では2人、その次の国包駅では3人の乗客。加古川線と連絡する終着の厄神駅午前6時18分到着時には、都合9人の乗客が降り立った。別に人恋しくなったわけでもないのだが、きっと、もう少し時間がたったラッシュ時には乗客もそれなりに増えるのだろうと思い、厄神駅から再び三木駅に戻る列車に乗り込んだ。

終着駅で9人の乗客を降ろし その後に空気を運んだ列車

デアゴスティーニ編集部

今は切符の取扱いを行なっていない切符売り場だが、記念切符やグッズの販売は実施。大理石の窓口がそのまま残る。

始発の折返しは厄神駅を午前6時22分に発車となる。ここで降りた乗客は足早に加古川線のホームへと急ぎ、待機していた新製の125系は、まもなく乗客を飲み込んで発車した。その光景を横目に、三木鉄道の厄神駅からの折返し列車はといえば、乗換え客もないまま、たった1人の旅人を乗せ再び早朝の闇に向かって発車する。
普通、この時間に三木市街に向かう乗客は、学生以外あまり考えられないのだが、三木鉄道沿線には列車通学をするような学校はなく、地方鉄道に見られる通学時の混雑は見られない。加えて、通勤のために多くの人が集中的に鉄道を利用するような大規模工場や公共施設なども皆無である。結局、厄神駅から折り返した下り1番列車は、三木駅に着くまで一度もドアが開かなかった。
「沿線に高校か大学とかの学校があれば、定期客も安定していて(廃止についても)少しは考えたんでしょうけどねぇ……。まあ全線を歩いても1時間ちょっとで行ける鉄道やから、しゃあないですわな」
駅停車の際、乗客がいない車内で手持ち無沙汰に列車の前を見つめていると、年配の運転手はすまなそうな顔をして、そう話しかけてきた。早朝の乗客は常連さんが多く、運転士さんにしてみれば毎日顔を合わす人がほとんどだという。そういえば、朝1番列車が厄神駅に着いた時、ワンマンの車内から降りる乗客と、関西では顔見知りの人にしかいわない「おはようさん!」という、朝の挨拶を交わしていた。
 「帰りは(いつも)こんなもんですわ」
厄神駅から三木駅に戻る下り1番列車は、運転士さんとそんな雑談を交わせるほど乗客のない、まさに空気を運ぶ列車のごとくだ。午前6時35分、三木駅に到着。三木駅発6時5分の始発に乗ってから、わずか30分の行程であった。

いつ乗っても必ず座れる鉄道の「快適さ」の意味

デアゴスティーニ編集部

早朝の厄神駅に列車が到着すると、いつもと変わらない常連の乗客が軽い挨拶を交わし加古川線へと乗り換えていく。

三木鉄道では駅での切符販売はなく、ワンマン車両の中でその都度運賃を払う方式を採っている。1日乗車券のようなパス切符もないため、小銭を気にしながら再び三木駅からの列車に乗り込んだ。といっても、要はさきほどまで往復した列車に、飽きもせずそのまま乗っているだけの「居候」状態である。
時刻は7時少し前。この時間になってやっと辺りが白々とし始め、青くどんよりとした低い雲間から、申しわけなさそうに光を散らす。冬の朝がようやく訪れてきた。真っ暗で、何も確認できなかった周辺の情景が、少しばかり見え始めた頃合いを見計らったように、三木駅発2番列車は、1番列車よりも2人多い乗客を乗せ、どこか誇らしげに明け方の鉄路を発車した。
ほんの30数分前に、同じ行程の列車に乗っていたわけだが、この時間帯であれば、多少のラッシュもあるだろうと思っていた。しかし……。
午前6時51分、厄神着。結果は厄神までの乗客は8人。それもすべてが常連の定期客、ラッシュどころか、何とも快適な行程だった。厄神駅では先ほどの1番列車と同様に、乗客全員が運転士さんと、例の「おはようさん!」という挨拶を交わし、そそくさと加古川線の列車に乗り換えていく。
この駅での折返し、三木駅行きのインターバルは5分。厄神発2番列車は午前6時56分、だいぶ明るくなってきた空の下を発車する。今度は、先ほどの列車とは少し違い3人ほどの乗客がある。宗佐駅や石野駅などの駅前にある中小の会社に勤めているのだろう、それぞれの駅で下車していった。
三木駅着午前7時9分。結局、三木駅に着いた時に降りたのは、下石野駅と別所駅から乗り込んできた学生とビジネスマンと思しき2人だけ。2人は改札を抜けると、急ぎ足で三木の市街に消えていった。始発から動き続けた列車に充当した、車両の折返しはとりあえずここで終了だ。三木駅ホームには午前7時11分発の別の列車がすでに待機している。車内を覗くと数人のビジネスマン風の乗客がそれぞれのシートにゆったりと座り、新聞を広げて発車を待っている。
ラッシュのない鉄道。それは確かにゆったりとした特別な時間の中で通勤ができるという意味では「裕福」なことなのかもしれない。しかし「その時間の快適さ」が、三木鉄道を追い詰めていった理由にほかならない。

地域に密着した路線として積極的に改革をするも……

デアゴスティーニ編集部

三木市街に買い物に出たのだろうか、石野駅に乗客が降り立った。1日を通しても混み合うことのない優しい鉄道は、こんな穏やかな日常を休むことなく繰り返し運んできた。

三木鉄道の前身となる国鉄三木線は、大正5(1916)年11月、播州鉄道が厄神〜別所間を、翌大正6(1917)年1月に三木まで開通。播丹鉄道への譲渡を経て昭和18(1943)年6月には国有化される。しかし戦後は赤字経営のため廃止が検討され、昭和60(1985)年に廃止となった。
これを受け、同年に第三セクターとして再出発したのが三木鉄道だ。もともと、厄神〜三木駅間には、開業当時からの国包、石野、別所の3駅しかなかったが、第三セクターとなってからは宗佐、下石野、西這田、高木の4駅を新設し、集客を促した。
沿線にこれといった観光名所も、多くの人が集まる施設もない三木鉄道だが、かつて多くのマスコミに取り上げられ、全国的に話題となったこともある。第三セクター鉄道が各地方で誕生していった1980年代、当時としては珍しい、新卒の新人運転士が全国に先立って誕生したのもその1つ。さらに、女性運転士を自前で育成するなど積極的に改革を図った。若い世代に未来と夢を委ねた小さな路線は、地元に密着した「使いやすい鉄道」として存続することを目指し、貸切列車を運行するなどの営業努力を地道に続けた。しかし輸送人員は減少を続け、平成20(2008)年4月1日付けでの廃止が決定する。ちなみに、三木鉄道によって育成された運転士は廃止が決まるその瞬間まで、この鉄道に乗務していた。
 「まだ若いから、新たなとこでやってくれるやろう」
つい先ほど厄神から空気を運んだ列車を運転していた年配の運転士がいう。同じ関西の第三セクター鉄道に転属する運転士のことを、まるで弟子をいたわるような優しい目で話してくれた。

静かで・穏やかで・優しい鉄道は二度と戻らない過去のものとなる

デアゴスティーニ編集部

やや暖かくなってきた昼下がり、通い慣れた石野の集落を単行の列車がトコトコと走る。かつて貨物列車がこの地に煙をたなびかせていた光景と何も変わっていない風景から、列車だけが姿を消してしまう。

三木駅ホームから、次発となる午前7時11分発の列車は見送った。この列車が厄神駅で折り返して戻ってくるのが午前7時43分。それまで、この鉄道が開通したときから何も変わらない三木駅の待合室で過ごすことにした。
暖房はない。扉も開けたままで、明るくなったとはいえ、冬の冷気がそのまま進入してくる待合室には次の列車を待つ人もない。そんな中、1人ぽつんと木造の長椅子に座り、沿線案内や、地元の愛好家が撮影した三木鉄道の写真などをぼんやりと眺めていた。駅前を通る車も少なく、まるで時が止まったかのように、静かで、穏やかで、少し哀愁じみた寒い時間が、ゆっくりと、ゆっくりと流れていく。
思えばこんな贅沢な時間を過ごしたのはいつ以来だろうか。1分1秒の経過がこんなにも永かったのかと思えるほどのまどろんだ時間。皮肉にも、この静かなひとときが、遠くに忘れかけていた「鉄道の優しさ」を思い出させてくれる。そんな空間でぼんやりしていると、ふいに開業当時の駅を見たくなり、次の列車で国包駅に行ってみることにした。
午前7時48分発の列車は、平日のこの時間帯には考えられない無ラッシュ状態でゆったりと発車。もちろん座ったまま、午前7時59分、国包駅に到着。しかしこの駅はちょっと興醒めだった。歴史は古いのだが駅舎は建て替えられ、近代の何の変哲もない建物になっていたのだ。
少し気勢を削がれた思いで次の列車に乗り石野駅に降り立つ。ここでは木造の建物がそのまま残り、駅ホームにもかつて交換をしていたのだろう、対面にホームと線路の跡がはっきりとわかる遺構があり、開業当時から鉄道の全盛時代を想像するには十分なストラクチャーが揃っていた。これは、今回の旅のもうひとつの目的駅であった別所駅にも見られ、改めて三木鉄道の歴史を垣間見られる貴重な歴史財産と認識できる。しかし、それが果たしてどこまでこの鉄道の現実を語れるだけの産物となり得るのか、ちょっと気がかりな「遺跡」ではある。
そんな歴史的建造物を含め、早朝から、文字通り「乗りつぶして」きた列車を、この駅から沿線を歩いて撮影することにした。
改めて線路の外からこの鉄道を眺めてみても、やはり乗車しているときと何も変わらない、静かで、優しい鉄道の姿がレンズから見えてくる。全線を通しても6.6km、その中に7つの駅がある鉄道。真冬の風が少しきつくなってきた昼下がり、沿線を歩き終着駅の三木駅に近づいた時、線路脇に、桜の老木が並ぶ神社を見つけた。きっと、開花時期には多くの花見客が訪れるのだろう、まだまだ固いつぼみの桜並木を行く列車を見送った。
 この老木にちらほらと花がほころぶ頃、もう、ここに列車は走らない。

※この記事は、週刊『鉄道データファイル』(デアゴスティーニ・ジャパン刊)を基に構成したものです。

公開日 2016/09/30


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