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北上線 北上~横手

【第80回】 北上線 北上~横手


岩手、秋田県を縦断する北上線。秋田新幹線が約20〜50kmほど北側を走り、優等列車が設定されないことで影が薄いが、現在も仙台〜秋田間を最短ルートで結ぶ、1067mm軌間の在来線である。途中には錦秋湖や温泉駅もあり、見どころも豊富。キハ100型が豪雪地帯を快走する。

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都会的な北上に雪は少なし 木造の藤根駅舎に歓迎される

ゆだ錦秋湖〜ほっとゆだ間で錦秋湖を渡る普通列車。湖面は凍結し雪が積もる。周辺に人家はなく、ひたすら神秘的な風景が広がる。湖の下には今もダム建設で付け替えた旧線が眠っている。

北上駅は一ノ関と盛岡の間にあり、東北新幹線でもマイナーな駅であるが、秋田への重要な在来線ルート、北上線の始発駅、北上市の玄関駅として君臨している。何といっても名前がカッコイイではないか。「北上」である。輝かしい。しかし、昭和29(1954)年に改称されるまでは、黒沢尻という駅名だった。北上線も横手と黒沢尻を結ぶ路線なので「横黒(おうこく)線」と呼ばれていた。どちらも現在とはずいぶんイメージが異なる名称だ。この横黒線が北上線に改称されたのは、ずっとのちの昭和41年(1966)年のことである。 北上駅を出発すると、東北本線から左に別れて、北上市街の平地を快走する。天気予報では雪、積雪も多いと聞かされていたが、この辺りはまったくの都会、地面が見えている。柳原、江釣子と無人駅を過ぎ、住宅の多い街並みを直線で走る。初めて有人駅となるのが藤根だ。学生たちも乗り降りする。おばちゃんたちも列車を待っている。賑やかだ。駅の改札口にはアーチがあり、手作りで「ようこそ藤根駅へ」とイラストとカラフル文字が描かれている。うれしいではないか! さっそく途中下車である。 待合室には石油ストーブが煌々と焚かれて暖を取ることができる。北上線では珍しい木造の駅舎で、駅前に郵便ポストのある田舎の駅だ。積雪に備えて、スノーダンプや各種スコップが事務室前に配置されていて、いかにも北国の駅らしい。駅員さんたちは北上駅から派遣されるそうで、夜間は無配置になるという。しかし、この先も無人駅が続きそうなので、駅員配置駅は貴重な存在である。冬場はストーブの有無も大きいのだ。 立川目は無人駅、横川目は地域ふれあいセンターとの共同駅舎。気がつけば外は白銀の世界になっている。積雪量はどんどんと増し、沿線の田んぼを覆い尽くしている。雪を蹴散らすように列車はグングンと加速する。北上線の使用車両であるキハ100型気動車の高性能ぶりがシートに座っていて感じられる。 列車は北上川の支流、和賀川に沿ってゆっくり遡るが、次の岩沢からはいよいよ20‰の連続勾配が始まり、奥羽山脈の縦断にとりかかる。積雪はあっという間に増し、身の丈ほどに達している。ホームは列車の停止位置以外は雪がドッカリ積もり、足の踏み場はすでにない。

湯田ダムにより人造された錦秋湖 深山の和賀仙人には旅人の温もりが

「ようこそ」と改札口で歓迎されるとこちらも、ついついうれしくなる。下りていく女の子たちもみんな元気。

北上線の印象は「ミステリアス」。普通のローカル線のような、木造駅舎や郷愁が迎えるような雰囲気は少なく、どこか淡々としている。車両もキハ100型に統一と、近代的でスマート。極めつけは、これから向かう錦秋湖の存在だ。錦秋湖はいわゆるダム湖である。 北上川五大ダムのうち3番目として昭和28(1953)年に着工された湯田ダムは、洪水調節、不特定利水、発電を目的とした重力式アーチダムで、昭和38(1963)年に竣工された。ダム建設により、それまでの湯田村が水没、民家405戸、622世帯3200人が集団移転した。これは東京の奥多摩湖の小河内ダムに次ぐ全国最大級の水没となった。また国鉄横黒線大荒沢駅(現・廃止)、陸中大石駅(現・ゆだ錦秋湖)、陸中川尻駅(現・ほっとゆだ)と15.3kmの路線も水没することになり、ダム湖南岸に線路を新設させ、岩沢〜陸中川尻間で大規模なルート変更を行なっている。 誕生したダム湖は錦秋湖と命名された。秋は紅葉、春は新緑と自然がとくに美しい湖だ。渡り鳥なども多く飛来生息し、サクラマス、ヤマメ、アユ、ウグイなど魚類も豊富である。東西に横長で水を湛え、観光客もあとを絶たないが、どこか神秘的でひっそりとしている。 そんな錦秋湖に向かうべく、列車は雪の山中を上り続ける。途中の駅は和賀仙人。駅名だけでも下りたくなる、これも神秘的な駅である。思わず途中下車。駅は建て替えられた小さな待合室のある駅舎で、旅のノートが置かれていた。駅は雪も立ち込め、深々と冷え込むがノートを読んでいるだけで楽しくてホット。駅前は何もないが、和賀川の釣りの名所と案内がある。 列車はさらにダムの付替え線を上り、トンネルをいくつも潜って錦秋湖畔へ辿り着く。雪の山中、錦秋湖は冬場は凍結、さらに積雪で独特の表情を見せている。周辺の木々も氷結しロマンチックだ。その周辺を走る北上線はドッカリと積もった雪を掻き分け、シュプールを描くように右に左にカーブを続ける。人家は見られず、車窓は湖と雪原と青空のみだ。山深く、トンネルが続き、スノーシェッドが物々しい。 旧・陸中大石駅の、ゆだ錦秋湖も無人駅。右に錦秋湖を見ると鉄橋で錦秋湖を直線で渡る。曲弦トラスとガーダーで構成された506mの長い鉄橋で、湖を渡る鉄橋としても全国でも珍しく、同時に北上線のクライマックスである。しかし、錦秋湖はどこか無表情。これは人造であるダム湖独特のものかもしれない。

温泉が駅舎になった「ほっとゆだ」 浴場には信号機もあって出発進行

温泉がそのまま駅名のほっとゆだには、地元の人たちがいつも入りに来る。よ〜く温まって気持ちいいのです。

錦秋湖の西岸に達して別れを告げ、ほっとゆだに到着。旧・陸中川尻駅である同駅は、みどりの窓口もある北上線の途中駅では最も大きな駅である。何といっても駅舎に注目してもらいたい。大きく「ゆ」と描かれた暖簾でおわかりの通り、共同浴場(温泉)が併設されているのだ。駅名から判断しても、「温泉に駅がある」という風情で、地元の温泉が活発に利用されている。 料金はたったの250円。中学生以下は100円。タオル、石けん、シャンプーなどは持参すること(有料貸しタオル有りなのです)。カメラなど貴重な荷物がある人にはコインロッカーもある。観光施設というより、やって来るのは、ほとんど地元の人たち。おじいちゃん、おとうさん(もちろん、おばちゃまも)たちがタオルと石けん一式を持って入りに来る。きれいに洗って、あとは世間話に花が咲く。ゆったりのんびり気持ちよさそう。こちらも参加させてもらおう。旅の疲れを思い切り癒し、寒さを忘れ、思い切り温まる。 お湯は柔らかくて馴染みやすく、体の芯まで浸透する。浴槽によって「熱い」「ぬるい」「子供」と分かれており、時間をかけてゆっくりと楽しめる。慌てず、湯あたりしない程度に入るのがよいのだ。2階には有料だが休憩室もある。列車は1日数本なので、とにかく、ともかく、ゆっくり入ろう。 おもしろいのは浴室にある本物の信号機。これは列車の出発を知らせるもので、緑色の点灯時が発車の45分前、橙色が30分前、赤色が15分前となっていて、これでいっそう安心して入浴ができるのである。泉質はナトリウム、カルシウム、硫酸塩、塩化物温泉で、効能は動脈硬化、きり傷、慢性皮膚病などに効く。駅前には特産品などを販売した観光案内所もあり、レストランも備えている。採れたての野菜をそのまま販売するなど、素朴な感じでとても和める。 駅も構内踏切が設置され、ホームでは大雪にもかかわらず精一杯の除雪が行なわれる、北国駅の表情がそのままにある。錦秋湖による付替えはここで終わっているので、これからは元に戻っての北上線。旧横黒線の情緒で旅が再び始まるのである。

豪雪地帯と急勾配の県境を横断 無人駅にもガイドある温かな北上線

駅のホームも寒いけど気持ちいい。標高は247.9m。積雪もグンと増していくが、空もますます澄んでいく

入場券を求めて駅にホームで撮影しようと思うと「ホームに入るの? 今、休憩中だから」と勝手な(?)理由を駅員さんに東北弁で言われてしまった。思わず苦笑。再び人の温もりのある駅に下りたという感じである。駅には例のスコップ一式も備えてある。雪の量は相当なもので、雪国用の靴で防備していても、除雪をしていないホームに入ろうものなら足の中は雪まみれになってしまう。 まもなく下り列車が入線してきた。県境に向けて勾配を上る。 次のゆだ高原は旧・岩手湯田駅。地域センターが駅舎になっている。この先で勾配は上り詰め、標高は280mに達し、岩手から秋田県に入る。この付近は豪雪地帯としても知られ、防雪林が続いている。降雪量も甚大で、排雪列車の出動回数も非常に多い。線路の両側は除雪車両が掻いた雪の壁が高く、それを物語る。 排雪列車の中で特に壮観なのは、北上線でたびたび運転される「特雪」と呼ばれる特殊排雪列車だ。特雪は、ラッセル式の除雪車などが作った線路脇の雪の壁が限界に達してしまった場合、これを壊し除雪するために運転される排雪列車で、ロータリー式のDD14型ディーゼル機関車などが使用される。 雪の壁を壊して掻き集め、これを遠くに吹き飛ばす。速度は10km/h程度と低速。危険なため作業は日中に行なうため、白昼堂々と、雪を掻いて集めて吹き飛ばす大胆な行進が見られる。本州では米坂線、上越線、只見線など豪雪地帯の路線で運転されているが、北上線もそのひとつ。ただし、近年は暖冬のため出動回数も減少気味である。 列車はサミットを越えると連続20‰の下り勾配で国境の峠道を下りていく。途中にある古びた駅が黒沢で、木造駅舎がかなりシブい。積雪量も相当で、無人駅ながらスコップで丹念に掻いて出入口を確保してある。待合室には小さな箱があり、中には厚紙2つ折りの北上線ガイドマップが入れられている。 このガイドマップ、実は北上線の17駅全駅に配置されているもので、有人、無人、停留所にかかわらず置かれている。黒沢駅のものはナンバー12で、開いてみると駅からのおすすめプランとして、2kmほどにある鹿島様(300年前の厄除けワラ人形の名残)〜0.5kmの巣郷温泉〜3kmゆだ高原駅がよい。と、MAP付きで書かれている。 また、豆知識として、「黒沢駅は大正10(1921)年11月27日に開業し、最も岩手県側に近い駅です。駅からは標高1102mの三森山を望むことができ、四季の自然を満喫しながらハイキングを楽しむことができます」などと解説してある。カラフルで親しめるイラスト入りで、途中下車する乗客にとって大変にうれしい設備だ。ほっとゆだの温泉もまだまだ効いて、北上線は思った以上に温かい路線なのであった。

北上線の前身は東・西横黒軽便線 秋田の委託駅はほのぼのムード

相野々もまだまだ雪が多い。しかしきれいに除雪してあるので安心して駅が利用できる。ホットな委託駅なのだ。

北上線は冒頭に記したように横黒線としてスタートした路線である。横手〜黒沢尻間の鉄道は明治25(1892)年の鉄道敷設法の予定線とされていたが実現せず、軽便鉄道に降格。その歴史は大正9(1920)年10月に西横黒軽便線が横手〜相野々間を、翌年11月に黒沢まで開通させたことにはじまる。東横黒軽便線が同年3月に黒沢尻〜横川目、11月に和賀仙人まで開通。大正11(1922)年9月には軽便の名前を外し、東横黒線、西横黒線となる。大正13(1924)年11月に全通し、名称も晴れて横黒線となった。 戦後は昭和37(1962)年に湯田ダムによる線路付替えなどが行なわれるが、東北新幹線開業までは仙台〜秋田間を最短で結ぶ路線として優等列車を輩出し、君臨してきた。また、錦秋湖の風光明媚な風景も特徴で、「SL錦秋湖号」「風っこよこて・きたかみ号」などのイベント列車も多数運転される。北側をほぼ併行する田沢湖線が秋田新幹線として1435mmに改軌されていることもあり、今後も北上線は重要な在来線として活躍するであろう。 列車は小松川、平石と過ぎ、相野々まで下りていく。相野々は委託駅で立派な駅舎を備えている。1階が喫茶店、2階が何とカラオケルームになっていて、地元のおばちゃんをはじめ高校生も利用している。待合室も広く、バスの発着所にもなっており、大変な賑わいである。 ポカポカと暖房が効いていて、掛け心地のいい椅子のある待合室は杖を突いたお年寄りもドッコイショと座り、息子たちが迎えに来るのを待っている。週刊マンガ誌の置いてある待合室は中学生たちも集まっていて笑い声が絶えない。町の機能の集約が駅にあり、みんなが集う。クルマ文化で駅が見捨てられ、バイパス沿いなどに商業地が建て込む町造りに比べて、とてもナチュラルで「駅が町に相応しい」のである。

高性能キハ100型の故郷北上線 ラストスパートをかけて横手へ

横手に到着、待機するキハ100型。北上線にデビュー以来、その高性能ぶりをフルに発揮し、豪雪や急勾配をものともせずに軽快に走り続けてきた。その功績は計り知れない。

列車はラストスパートをかけて横手へ向かう。最後に、北上から軽快に走り続けたキハ100型の優秀ぶりを紹介しよう。 キハ100型は従来の旧性能の気動車を一新させ、またローカル線のサービス改善を図るべく新開発を行なった新系列気動車100系の1つで、最初に導入を行なった路線が、実にこの北上線なのである。平成2(1990)年のことだ。 同系列はそれまでにない優秀な性能を誇り、キハ100型の機関はDMF11HZ(コマツ製はSA6D125-H)またはDMF13HZ。連続定格出力330psの高出力で、インタークーラー、ターボ付き。変速機はDW14Bでプログラマブルロジックコントローラにより機関とともに制御されている「ベルベールグリーン」「ディープグリーンイエロー」のグリーンベースの鮮やかな車体も親しみやすく、かつ軽量化も図られている。車内は、キハ100型はゆったりとしたセミクロスシートで、窓は複層ガラスを用いて固定化された。本形式の登場後、ローカル線に革命をもたらし、のちに各線で急速に普及が行なわれたのだ。 キハ100型に乗った旅も、まもなく終点の横手に着く。「かまくら」で有名な城下町である。国境越えが単調であり、あまり秋田県にいる実感が湧かないのであるが、強い訛りのある方言でそれが何とか、それとわかる。長靴を履いた駅員さんが迎えてくれる。駅には「みちのく方言集」が貼られて、こんなふうに書かれていた。
 「くたびれだべぇ まんず ゆっくり やすんでげなぁ」

※この記事は、週刊『鉄道データファイル』(デアスティーニ・ジャパン刊)を基に構成したものです。

公開日 2019/09/15


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