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「エルム」

【第105回】「エルム」


北海道の代表的な街路樹として通称される「エルム」の名は、北海道にまつわる歌やグッズによく使われているが、列車名としては戦後間もなくに設定された室蘭~札幌間の客車準急に初めて登場した。その後、2代目の臨時準急、3代目の定期気動車特急、4代目の臨時寝台特急とステップアップしていくが、北海道を象徴する列車名としては意外にも短命だった。

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ビジネス指向の強い初代の客車準急 2代目は観光列車として道内を周遊

国鉄時代は短命だった「エルム」の名は、JR移行後に誕生した上野~札幌間の臨時特急では健在だ。しかし、編成はオールB寝台車のモノクラスで、「北斗星」人気の翳りからか、運転日は年々縮小傾向にある。

函館~札幌間の優等列車は、現在でこそすべての列車が「海線」と呼ばれる室蘭本線、千歳線を経由しているが、昭和20年代は距離が短い「山線」と呼ばれる倶知安、小経由が主流で、「海線」は昭和20年代前半まで一般の日本人が利用できる優等列車が1本も運転されない有様だった。しかし、そんな「海線」にも昭和25(1950)年10月1日改正では、ようやく蒸気機関車牽引の客車準急が運転されることになり、室蘭~札幌間に1往復が設定された。その当時のダイヤは、205列車/室蘭7時25分→札幌10時25分、206列車/札幌14時50分→室蘭17時49分で、胆振地方各地から札幌を指向するビジネス列車という性格を持っていた。 この列車は、翌年4月1日には、北海道に生息するニレ科の樹木の通称である「エルム」が列車名として付けられ、昭和31(1956)年11月19日改正では、新たに長万部編成が併結されるようになった(ただし、東室蘭以西は普通列車)。 しかし、昭和30年代も中盤に差しかかると、北海道の優等列車にも気動車時代が到来するようになり、昭和34(1959)年9月22日改正では、室蘭~札幌間に気動車準急「ちとせ」が誕生。同区間では所要時間でこそ「ちとせ」と互角だった初代「エルム」も、煤煙に悩まされないスマートな「ちとせ」の前では太刀打ちできなくなり、昭和36(1961)年10月1日改正では「ちとせ」グループに吸収されてしまった。 それからしばらくのブランクを経て「エルム」の名が復活したのは昭和37(1962)年のことで、北海道内を巡る団体専用準急として、当時新鋭のキハ58型気動車グループを使用して6月3日から9月27日まで運転された。その当時のダイヤは、3109D/函館12時10分→札幌17時32分(倶知安、小経由)、3509D/札幌12時45分→上川15時36分、3204D/札幌5時40分→登別7時45分→函館11時15分(札幌→登別間回送)で、3109Dの一部車両は、民鉄の定山渓鉄道(現・廃止)定山渓まで乗り入れていた。この2代目「エルム」は、札幌や層雲峡、登別温泉といった観光地を周遊するのに便利な列車ではあったが、運転は昭和38(1963)年頃までと短命だった。

「北斗」から独立するも再び「北斗」に 短命だった気動車特急の3代目

2代目の気動車準急時代は、新製間もないキハ56、27を使用して道内の観光地を巡る周遊型の団体専用準急として運転され、大型のヘッドマークも取り付けられた。ちなみに写真では、先頭に北海道には配置のないキハ58が編成されている。多客期に本州から車両が応援に来ることは、かつては北海道で頻繁に見られる光景だった。

昭和40年代に入ると、北海道の国鉄は特急「北斗」「北海」といった道央と道南を結ぶ特急が増発され、「海線」を回る「北斗」は昭和43(1968)年10月1日改正で1往復増の2往復となった。この「北斗」は函館~札幌、旭川間の運転だったが、翌年10月1日改正でさらに1往復が増発されたのを機に、函館~札幌間の1往復が行先を「北斗」と区別するために「エルム」に改称された。その当時のダイヤは、21D/函館16時25分→札幌20時53分、22D/札幌7時30分→函館12時00分で、ここに3代目「エルム」が登場したわけだが、この列車もまたまた短命で、昭和46(1971)年7月1日改正で「北斗」1往復の札幌~旭川間が廃止されたのを機に、「エルム」は再び「北斗」グループに吸収されてしまった。 以後、国鉄の分割・民営化に至るまで「エルム」の名はついに復活しなかったが、JR移行後の平成元(1989)年7月21日からは上野~札幌間に臨時寝台特急が設定されるようになり、「エルム」の名が返り咲いた。昭和63(1988)年3月13日改正で、上野~札幌間に寝台特急「北斗星」が季節1往復を含む3往復が設定されたが、いずれも人気が高く、夏、冬の繁忙期には、「北斗星」を補完する列車としてこの4代目「エルム」は現在に至るまで設定され続けている。その設定当初のダイヤは、8007列車/上野21時24分→札幌14時14分、8008列車/札幌19時47分→上野12時46分だったが、8007列車は札幌着の時間があまりにも遅く、実際には函館で後続の特急「北斗5号」に乗り換えた方が約30分早く札幌に着くという現象も生まれた。編成も24系25型のオールB寝台のモノクラスで、個室寝台車や食堂車、ロビーカー(室)を連結する「北斗星」と比べるとあまりにも差がありすぎたが、それでも当初は青函トンネルブームに乗って満員の日が多く、「エルム81・82号」という9000番代の臨時列車も運転されたことがあった。しかし、1990年代も後半に入ると、旅客の個室指向が顕著になったことと青函トンネルブームの下火傾向から「エルム」の運転期間は徐々に縮小へ転じ、平成18(2006)年の夏臨では上下合わせてわずか4日間のみの運転にとどまった。
※この記事は、週刊『鉄道データファイル』(デアスティーニ・ジャパン刊)を基に構成したものです。

公開日 2021/10/01


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