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「金星」

【第116回】「金星」


金星は太陽系の中で最も明るく輝く天体として知られているが、これを列車名の由来とするそのものズバリの列車が「金星」だ。そもそもは36.3改正で登場した153系による東京〜大阪間の夜行電車急行だったが、36.10改正では寝台列車化され、40.10改正では北陸路の客車寝台急行へ転身。さらに43.10改正では名古屋〜博多間の寝台電車特急に栄転し、約14年にわたり九州特急のバイプレイヤーとして活躍した。

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夜行電車急行でスタートするも36.10改正では寝台客車急行に

「金星」の歴史は21年余りにおよぶが、43.10改正で登場した3代目は名古屋〜博多間を結び、新幹線連絡特急の一翼を担った。

昭和33(1958)年11月1日から運転を開始した電車特急「こだま」は、電車による本格的な長距離運転に一定の目途をつけ、国鉄の動力近代化に大きく寄与した。また、時を同じくして東海道本線には、準急「東海」に準急型の153系が順次投入されるようになり、こちらも良好な成果を見せたことから、昭和35(1960)年6月1日改正では、東京〜大阪間に153系を使用した新設の電車急行「せっつ」が登場した。ただし、この当時は1等車が回転式クロスシートのサロ153で、半室ビュッフェのサハシ153は登場していなかったため、急行とはいえ、編成内容は準急に等しかった。 しかし、昭和36(1961)年に入ると、リクライニングシートの1等車・サロ152とサハシ153が落成し、同年3月1日、「せっつ」と客車で運転されてきた「なにわ」がこれらの車両が入った153系12連に置き換えられた。こうして、編成面でも急行に相応しい電車急行が誕生したわけだが、同時に、153系の効率的な運用と慢性的に混雑している東京〜大阪間夜行の輸送力向上を図るため、「なにわ」の折返しを利用した夜行急行として「金星」が設定された。その運転開始当初のダイヤは、2017T/東京22時05分→大阪8時58分、2018T/大阪20時40分→東京6時55分で、153系が昼夜を問わない弾力的な長距離運用が可能であることが証明される結果となった。 このような流れの中で迎えた昭和36(1961)年10月1日改正では、153系がさらに247両増備され600両近い勢力を誇るようになり、従来の「なにわ」「せっつ」のほかに、「六甲」「やましろ」「いこま」「よど」といった新顔が登場した。これにより、東京〜大阪間の電車急行は3往復から不定期を含めて一挙に11往復に躍進したが、夜行の方は昼行と同一列車名とする方針が採られたため、「金星」の名は新設の夜行寝台急行にコンバートされた。 このようにして登場した客車「金星」は、19列車/東京22時10分→大阪9時20分、2022列車/大阪23時00分→東京9時36分のダイヤで運転された。ただし、19列車は京都まで「京都観光団体専用列車」を、2022列車は全区間で浜田→東京間の急行「出雲」を併結しており、列車番号からもわかる通り、上り列車は「出雲」に従属するような形となった。編成も寝台主体とはいうものの、寝台は2等のみで、同じ東京〜大阪間急行でも「銀河」「彗星」「明星」「月光」と比べると格落ち感は否めなかった。

40.10改正で東海道を追われ大阪〜富山間の北陸夜行へ転身

臨時特急となった「金星」は、それまでの583系から14系座席車に変わり、JR化後は専用のヘッドマークも掲出された。

東海道新幹線が開業した昭和39(1964)年10月1日改正では、東京〜大阪間の夜行急行が整理され、「彗星」「あかつき」「すばる」が廃止された。「金星」では、「出雲」の単独化により、上りの併結相手が「関西第2観光団体列車」に変更されている。さらに翌年10月1日改正では、新幹線増発の影響により、残る夜行急行は「銀河」「明星」のみとなり、「金星」は「月光」とともに東京〜大阪間の黄金ルートから姿を消すことになった。 とはいうものの、「金星」の名は夜行列車で使用するにはイメージがよかったことから、40.10改正における北陸本線の電車急行増発を機に、36.10改正以来、大阪〜富山間で運転されていた夜行客車急行「つるぎ」を「金星」に改称することになった(従来の「つるぎ」は大阪〜富山間の夜行電車急行へシフト)。 2代目「金星」となったこの列車のダイヤは、503列車/大阪23時20分→富山6時51分、504列車/富山21時40分→大阪5時00分で、東海道時代と同じく寝台列車として運転されたが、北陸路では1等寝台車も堂々と連結された。この当時、大阪発着の北陸夜行は、急行が「日本海」「金星」「つるぎ」の3往復、普通列車が2往復の計5往復態勢となっており、現在の「きたぐに」1往復のみの状況と比べると、まさに隔世の感がある。 しかし、この北陸「金星」は、意外にも短命だった。昭和43(1968)年10月1日改正では、名古屋〜博多間に設定された新設の寝台電車特急にその名が召し上げられることになり、「つるぎ」の名が再び大阪〜富山間の夜行寝台急行へ復帰したのだった(改正前の電車「つるぎ」は「立山」グループへ吸収)。 夜行寝台電車特急は、昭和42(1967)年10月1日改正で登場した581系による新大阪〜博多間の「月光」が最初で、寝台・座席兼用の特性を活かして、昼間は新大阪〜大分間の「みどり」にも運用された。運用や保守の合理化、車両基地の有効活用を主眼に、夜も昼も走り回る581系は、前進あるのみだった高度成長期を象徴するように支持され、43.10改正を機に3電源対応の583系が175両増備され、このうち、九州特急を受け持つ南福岡電車区には91両が配置された。 こうして、名古屋〜博多間の特急として新たなスタートを切った3代目「金星」のダイヤは、15M/名古屋22時42分→博多10時05分、16M/博多18時50分→名古屋6時15分で、下り列車では東京発の寝台特急に混じって、かろうじて関西圏からも利用可能なダイヤとなっていた。 以後、「金星」は、「月光」「明星」「きりしま」(45.10改正で登場)といった関西発着の583系特急グループとともに山陽路を走り抜けることになるが、昭和47(1972)年3月15日改正では、しばらく続いていた食堂車の営業が休止された。また、この改正では、「金星」の神領電車区滞泊を利用した間合い運用として、「しらさぎ」1往復にも583系が充当されている(53.10改正で解消)。 それから3年後の昭和50(1975)年3月10日改正では、山陽新幹線が博多まで達したことから、並行する山陽路の優等列車が大幅に整理され、夜行寝台電車特急では、「月光」が「明星」グループに吸収され、昭和45(1970)年10月1日改正以来、京都〜西鹿児島(現・鹿児島中央)間で運転されていた「きりしま」が、新大阪発着に変更され「なは」に改称された。また、それに合わせて関西〜九州間の寝台電車特急の受持ちは、南福岡電車区から向日町運転所(現・京都総合運転所)に移管されている。 「金星」に関しては、唯一の名古屋発着九州特急であることから整理が見送られたが、昭和50年代は国鉄の運賃・料金の相次ぐ値上げやこれに反比例したサービス低下が「国鉄離れ」を引き起こし、寝台中心で割高な山陽路の夜行列車が割を食う結果になった。これにより、中京、関西〜九州間の夜行列車は、新幹線への乗客移転も重なり利用客の減少傾向が続き、昭和57(1982)年11月15日改正では、ついに「金星」の定期特急としての歴史に幕を閉じた。同時に「明星」の583系運用にもピリオドが打たれている。 以後、「金星」は14系座席車による臨時特急として平成6(1994)年まで繁忙期に運転された模様で、JR移行後には専用のヘッドマークまで取り付けられたことがあった。

※この記事は、週刊『鉄道データファイル』(デアスティーニ・ジャパン刊)を基に構成したものです。

公開日 2022/08/01


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