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「やまびこ」

【第78回】 「やまびこ」


現在は東北新幹線の列車名として知られる「やまびこ」は、新幹線開業前は上野と盛岡を結ぶ代表的な在来線特急として活躍、上野〜仙台間では「はつかり」「ひばり」とともに、東北特急の黄金時代を築いた。特急に命名される以前は郡山〜青森間の気動車準急に名付けられていたことがあり、その名は絶えず東北地方の期待を担っていたといえる。

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東北地方の利便性を優先した気動車準急として登場する

40.10改正で「つばさ」の盛岡編成を単独運転として電車化したのが特急「やまびこ」だった。在来線特急としては17年間の命で、現在、その名は東北新幹線へ移っている。

キハ55型気動車グループは、昭和30年代前半には全国一円に準急列車網を築く原動力となったが、昭和34(1959)年にはその波が東北にもおよぶようになり、同年2月1日には福島〜盛岡間に1往復の気動車準急が設定された。この列車は東北地方の山並をイメージさせる「やまびこ」と命名され、505D/福島7時55分→盛岡12時40分、506D/盛岡15時40分→福島20時35分のダイヤで運転された。この準急「やまびこ」が登場するまで、福島、宮城、岩手の3県をビジネスに便利な時間帯に運転される列車はなく、もっぱら普通列車に頼る前近代的なダイヤだったゆえに、「やまびこ」の登場はその快速性とともに地元に歓迎されたという。このため、昭和35(1960)年6月1日改正では上り方を郡山まで延長、翌年10月1日の白紙大改正では下り方が青森まで延長され、505D/郡山7時00分→青森16時12分、506D/青森11時10分→郡山20時47分のダイヤで運転されるようになり、郡山〜青森間513.4km(当時)をロングランする急行並の長距離列車に成長した。 しかし、東北本線の電化が北進し、急行型交直両用電車の451・453系が本格的に稼働した昭和38(1963)年10月1日改正では、仙台以北が非電化であったことから、郡山〜仙台間が電車準急「あぶくま」、仙台〜青森間が気動車急行「むつ」に系統分離され、「やまびこ」の名は一旦消滅した。

「ひばり」同様東北初の電車特急に 東北新幹線開業で在来線から消滅

57.6から東北新幹線へその名を移した「やまびこ」は、「はやて」が登場するまでの20年間、東北新幹線の主役を務めた。

その「やまびこ」の名が復活したのは昭和40(1965)年10月1日改正でのことだった。この改正では、東北本線の電化が盛岡まで延伸したことから、これまでの気動車特急「つばさ」の盛岡編成を分離したうえで483系電車に置き換え、上野〜盛岡間の「やまびこ」とし、同時に電車化された上野〜仙台間の「ひばり」とともに東北初の電車特急として君臨するようになった。その当初のダイヤは、4M/盛岡8時50分→上野16時00分、3M/上野14時00分→盛岡21時05分で、「つばさ」時代より30分程度の短縮となった。 その後、昭和42(1967)年10月1日改正では東京乗入れが実現、東北本線が全線電化開業した昭和43(1968)年10月1日改正では、東北本線の軌道強化により上野〜大宮間や白河〜福島間で120km/h運転が開始され、「やまびこ」は40分程度のスピードアップを果たしたが、この改正では「はつかり」や「ひばり」の増発が主となり、「やまびこ」は1往復のまま据え置かれた。 「やまびこ」がようやく増発されるようになったのは昭和46(1971)年7月21日のことだったが、定期列車としてではなく毎日運転の臨時列車「やまびこ71号」として設定された。また、この年の8月6〜25日には上野〜盛岡間で「やまびこ52号」が運転されたが、これは国鉄の電車特急としては初の夜行列車となった。 昭和47(1972)年3月15日改正を迎えると、この「やまびこ71号」は晴れて定期化され、「やまびこ」は新設の1往復を加えて3往復となった。続く同年10月2日改正では、さらに2往復(うち季節1往復)が増発されたが、増発分は増備車両の落成を待って11月からの運転となった。なお、昭和48(1973)年4月1日には、1往復で実施していた東京乗入れが東北新幹線工事に伴う上野〜東京間回送線閉鎖により中止されている。また、昭和51(1976)年3月1日からは全車指定席だった「やまびこ」にも自由席が連結され、昭和53(1978)年10月2日改正では、「はつかり」とともにエル特急の指定を受けた。 この改正では季節1往復の定期格上げ、定期1往復の「はつかり」への編入により定期4往復の陣容となった「やまびこ」だったが、昭和57(1982)年6月23日に東北新幹線大宮〜盛岡間が暫定開業すると、その名が新幹線に召し上げられ、在来線から「やまびこ」の名が消滅した。

「はやて」登場前は東北新幹線の速達列車として主役を担う

特急としての運転開始当初は、仙台所の483系ボンネット編成が使用されていたが、48.10改正では青森所へ運用移管したことに伴い、非ボンネット編成が先頭を飾るようになった。

気動車準急時代から数えて23年目、東北新幹線のメイン列車に一大出世した「やまびこ」は大宮〜盛岡間を途中、宇都宮、郡山、福島、仙台の各駅と仙台以北の各駅に停車する速達タイプの列車として新たなスタートを切った。57.6の暫定開業時は11往復中5往復が「やまびこ」となり、6往復は大宮〜仙台間の各駅停車タイプ「あおば」(現・廃止)となった。大宮〜盛岡間の所要時間は最速3時間17分で、185系電車による「新幹線リレー号」の連絡となる上野〜大宮間を含めると盛岡までは最速3時間59分で結ばれるようになった。これにより盛岡での滞在時間は3時間49分から8時間43分へ大幅に拡大され、首都圏と東北がより身近になった。 上越新幹線が開業した同年11月15日改正では東北新幹線で本格運転が始まり、従来の3倍となる60本の列車が設定された。「やまびこ」は36本が設定され、このうち大宮〜仙台間の区間列車が上り4本・下り5本設定された。一方の「あおば」は、新たに大宮〜那須塩原間、那須塩原〜盛岡間、那須塩原〜仙台間、仙台〜盛岡間の区間列車が設定され、東北新幹線の運転パターンは大幅に充実した。 東北新幹線が上野開業を迎えた昭和60(1985)年3月14日改正では「やまびこ」で240km/h運転が開始され、上野〜盛岡間を途中、大宮、福島、仙台のみに停車する新たな速達列車も登場した。これにより上野〜盛岡間は最速2時間45分となり、改正前より1時間11分も短縮された。 JR移行後の東北新幹線は、ニューフェイスが相次いで登場し、目まぐるしい変化を遂げた。平成2(1990)年3月10日改正では、古川〜一ノ関間に「くりこま高原」駅が開業し、「やまびこ」17往復が停車するようになった。また、この年の6月23日からは2階建てグリーン車249型の連結を開始している。 平成3(1991)年6月20日には東北新幹線の東京乗入れが実現し、「やまびこ」は1往復を除き全列車が東京まで乗り入れるようになった。このうち東京〜盛岡間2往復は途中、仙台にしか停車しない速達列車となった。 平成4(1992)年7月1日、東京〜山形間で山形新幹線「つばさ」14往復が運転を開始した。この「つばさ」は1往復を除き8両編成の「やまびこ」に併結され、上野〜福島間は200系と400系の併結が実現、「やまびこ」に新風を吹き込んだ。 平成6(1994)年7月15日からは、年々激増する東北新幹線の通勤客に対応するため、オール2階建て新幹線のE1系「Max」を「やまびこ」2往復と「あおば」上り1本に投入、「Maxやまびこ」「Maxあおば」と命名された。以後、東北新幹線における首都圏への通勤客は増加の一途を辿り、平成7(1995)年12月1日改正では東京〜那須塩原間に近距離列車として「あおば」を改称した「なすの」が設定された。 山形新幹線に続く第2の新在直通新幹線として秋田新幹線が開業した平成9(1997)年3月22日改正では、「こまち」との併結を開始した。同時に宇都宮〜盛岡間では最高275km/h運転が開始され、「やまびこ」には「こまち」のE3系と併結するE2系が投入された。また、同年10月1日改正では、開業以来の列車だった「あおば」が「なすの」の攻勢により「やまびこ」に吸収され、「Maxあおば」も「Maxやまびこ」とされた。 東北新幹線が八戸まで延伸した平成14(2002)年12月1日改正では、八戸直通列車が「はやて」と命名され、「やまびこ」は東北新幹線開業以来の主役の座を降りることになった。

※この記事は、週刊『鉄道データファイル』(デアゴスティーニ・ジャパン刊)を基に構成したものです。

公開日 2019/06/01


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