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「のりくら」

【第81回】 「のりくら」


日本の百名山の一つ、乗鞍岳の名を列車名に戴いた高山本線の急行「のりくら」は、41.10改正で大阪〜高山間の不定期急行として誕生、43.10改正では名古屋発着の高山本線系急行の総列車となり、47.3改正時には下り7本、上り8本の一大勢力に発展、特急「ひだ」を遥かにしのぐ看板列車として君臨した。

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27.7に臨時客車準急の名で登場 41.10では大阪発着急行に命名

41.10改正で大阪〜高山間の不定期急行として登場した「のりくら」は、43.10改正で名古屋発着の高山本線急行の総愛称となり、昭和50年代にかけて全盛を極めたが、59.2改正以後は縮小傾向となり、85系気動車が本格進出した90.3改正で姿を消した。

名古屋発着の高山本線系急行は、昭和43(1968)年10月1日改正で、「のりくら」がその総愛称名とされたが、愛称名としての発祥は昭和27(1952)年にまで遡る。この年の7月19日から夏季の臨時列車として客車準急「乗鞍」が高山本線初の優等列車として名古屋〜高山間で運転を開始したのだった。この列車は8月末まで運転され、翌28(1953)年9〜11月には「飛」の名で運転された。 「乗鞍」の名は、なぜかその後は使われず、昭和33(1958)年3月1日から名古屋〜高山間で運転を開始した高山本線初の定期準急には「ひだ」の名が使われ、43.10改正前まで高山本線系急行の代表格となっていた。 そんな「ひだ」の活躍を横目に、「乗鞍」の名がようやく復活したのは、昭和41(1966)年10月1日改正でのことで、列車名はひらがな書きの「のりくら」となり、不定期ながら大阪〜高山間に1往復が設定された。この列車の昭和42(1967)年10月1日改正時のダイヤは、4701D/大阪9時20分→高山14時42分、4702D/高山14時50分→大阪19時45分だったが、スジ自体は、昭和30年代後半から大阪〜下呂間の臨時準急「くろゆり」としてたびたび設定されていた。 さて、昭和43(1968)年10月1日改正を迎えると、高山本線にもようやく特急が運転されることになり、「ひだ」の名が与えられることになった。そうなると、これまでの急行「ひだ」は別の列車名を名乗ることになり、大阪発着列車の名だった「のりくら」がコンバートされることになった。また、昭和38(1963)年4月20日から高山本線初の急行として「加越」が名古屋〜金沢間で運転されていたが、こちらも「のりくら」に改称されることになり、名古屋発着「のりくら」は下り 6本、上り7本の勢力となった。一方、旧「のりくら」は、臨時準急時代の名である「くろゆり」に改称されたが、昭和46(1971)年10月1日改正では、行先がわかりやすい「たかやま」に改称された。「たかやま」の名は、そもそも、昭和40(1965)年8月5日から運転を開始した神宮前〜高山間の名古屋鉄道直通準急に名付けられていたが、昭和45(1970)年7月15日に「北アルプス」と改称され、空きが生じていた。 その急行「たかやま」は、名古屋発着の高山本線系優等列車がすべて特急化されても、唯一の急行として粘り強く残っていたが、平成11(1999)年12月4日改正では、ついに大阪発着の特急「ワイドビューひだ23・34号」に格上げされてしまった。

能登線や越美南線や富山地方鉄道直通車をも併結していた全盛期

「のりくら」はキハ58型グループがおもに使用されていたが、末期は大出力気動車のキハ65も加わるようになっていた。

昭和47(1972)年3月15日改正で「のりくら」は下り7本・上り8本となったが、増発分の上下各1本は、名古屋を始終着に東海道本線、北陸本線、高山本線を経由して循環する「こがね」「しろがね」を吸収したものだった。両列車とも昭和35(1960)年10月1日改正で登場し、「こがね」は名古屋〜米原〜富山〜高山〜岐阜〜名古屋と循環する時計回りの列車、「しろがね」は、名古屋〜岐阜〜高山〜富山〜米原〜名古屋と循環する反時計回りの列車だったが、47.3改正で北陸特急「しらさぎ」が増発されたのを機に北陸本線部分が系統分離され、残る高山本線部分が「のりくら」に編入される形となった。 そして、最盛期を迎えた昭和50(1975)年3月10日改正で「のりくら」は次のダイヤで運転された。 ・「1・5号」=701D/名古屋8時25分→富山13時22分(全区間、富山地方鉄道宇奈月温泉行き「うなづき」を併結、名古屋→美濃太田間は北濃行き「おくみの」を併結)、704D/富山13時50分→名古屋19時03分(美濃太田→名古屋間は北濃発「おくみの」を併結) ・「2・4号」=713D/名古屋9時25分→高山12時41分、716D/高山13時59分→名古屋17時28分 ・「3・6号」=715D/名古屋10時25分→高山13時58分、718D/高山16時36分→名古屋19時51分 ・「4・7号」=703D/名古屋13時00分→富山18時08分、706D/富山16時25分→名古屋21時11分(全区間、富山地方鉄道宇奈月温泉発「うなづき」、立山発「むろどう」を併結) ・「5・1号」=717D〜731D/名古屋14時02分→高山17時49分(下呂→高山間普通)、822D〜712D/猪谷5時21分→名古屋10時04分(猪谷→下呂間普通) ・「2号(上り)」=714D/高山9時16分→名古屋12時39分 ・「6・3号」=705D/名古屋16時47分→金沢22時28分、702D/金沢8時35分→名古屋14時27分 ・「7・8号」=709D〜6709D/名古屋23時57分→金沢5時27分・5時34分→宇出津8時12分(名古屋→富山間は富山地方鉄道立山行き「むろどう」を併結、穴水→宇出津間普通)、708D/金沢23時07分→名古屋5時14分 このうち、下り夜行の「7号」は、シーズンには能登線(のと鉄道能登線に転換、現・廃止)宇出津まで乗り入れており、穴水から珠洲行きの定期普通列車423Dに併結され、グリーン車まで営業するという盛況ぶりだった。また、シーズンに併結されていた富山地方鉄道直通列車は、宇奈月温泉行きの「うなづき」が昭和48(1973)年10月1日から、立山行きの「むろどう」が昭和45(1970)年7月14日から設定されていたが、昭和59(1984)年2月1日改正でいずれも廃止されている。「1・5号」に併結されていた越美南線直通の「おくみの」(越美南線内は普通列車)は、昭和41(1966)年10月1日改正から運転されており、当時は急行「ひだ」に併結されていたが、昭和55(1980)年10月1日改正で廃止された。

4往復がJR移行後も運転されるも90.3の全「ひだ」化により消滅

JR移行後はグリーン車が廃止される気動車急行が多かった中で、「のりくら」は観光路線である高山本線を反映してか、廃止までキロ28を連結していた。

このように、「のりくら」は特急「ひだ」を差し置いて高山本線随一の勢力を誇ったが、昭和50年代後半にはそれも陰りを見せるようになる。昭和59(1984)年2月1日改正では夜行1往復が要員合理化のため廃止となり、4往復となった昭和60(1985)年3月14日改正では北陸本線への乗入れが中止された。この4往復はJR移行後も引き続き運転されたが、平成元(1989)年3月11日改正では1往復が85系気動車で運転する特急「ひだ」に格上げされた。 この85系気動車は「ひだ」に残る80系気動車のみならず、3往復となった「のりくら」をも淘汰する結果となり、平成2(1990)年3月10日改正では、名古屋発着の高山本線系優等列車のすべてが85系気動車による特急「ひだ」に統一されてしまい、41.10改正から数えて23年余りの「のりくら」の歴史に幕が下りたのであった。

※この記事は、週刊『鉄道データファイル』(デアゴスティーニ・ジャパン刊)を基に構成したものです。

公開日 2019/09/01


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