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MP43、StG44

【第101回】MP43、StG44  <突撃銃>


 StG44は、第二次世界大戦中、ナチス・ドイツにより量産された軽量自動小銃である。騎兵銃、短機関銃、自動小銃を統合した性格を持つ銃として開発された。現代的なアサルトライフルの原形とみなされ、製造時期によりMP43、MP44の名称が存在するが同じ銃である。

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世界初の突撃銃

▲StG44。弾薬は1発当たりが軽量だったため、兵士はより多くの弾薬を携行できるようになった。

アドルフ・ヒトラーが突撃銃(アサルト・ライフル)の開発中止を命じたにも関わらず、ドイツ陸軍はルイス・シュマイザー開発の新型7.92mmポルテ・クルツ弾薬を用いるガス圧作動突撃銃に意欲を見せ、秘匿名称まで使って実験を続けた。この新型ライフルと弾薬の組み合わせは、当初マシーネンカラビナー42(H)(「H」は開発と製作を担当したハーネル社の頭文字)と呼ばれたが、ヒトラーが的外れな禁令を発すると、注目を避けるために名称はマシーネンピストール43(MP43)に変更された。ドイツ陸軍はこのMP43の量産に踏み切り、最初の製品は即座に東部戦線へ送られて、計り知れない効果を発揮することになる。

 今日で言う「突撃銃」は、このMP43が先鞭を付けたものである。MP43は、防衛戦闘ではセミオート射撃による一点射が可能な一方、突撃時や近接戦闘時にはフルオート射撃によるショック効果を生み出すことができた。比較的威力の低い弾薬は、ほとんどの交戦距離で支障なく使用でき、フルオート射撃時でもコントロールが容易であった。戦術面の利点も大きかった。なぜなら、歩兵が機関銃の支援に依存することなく、自前の火力を携行できるからである。こうしてドイツ歩兵部隊は、ボルト・アクション・ライフル装備の部隊に比べ、火力面で飛躍的進歩を遂げることとなった。
 こうした支援火力増大の重要性を誰もが認識するようになると、MP43は最優先火器という地位を与えられ、最前線の兵士に支給するべくフル回転で生産が行われた。当初の配備先は主にエリート部隊であったが、やがては、この銃を最も必要とする東部戦線の部隊に対して、多数が支給されるようになった。

突撃銃を襲名

▲1944年10月、ガリシア戦線でのStG44ライフル銃身の検査する兵士。

 第二次世界大戦中のドイツ軍兵器では珍しく、MP43は開発よりも量産に重点が置かれたため、大幅な設計変更が行われたのは、銃口に擲弾発射器の取り付け部を設けたMP43/1だけである。MP43は1944年にMP44と改称され(理由ははっきりしない)、さらにその年の後半にヒトラーの禁令が解除されると、シュトゥルムゲヴェール44(StG44。「突撃銃44」の意)という、この火器にふさわしい力強い名称が与えられた。もっとも、名前が変わっても、設計・生産上の変更はほとんど行われていないと思われる。最終的にStG44の生産は、ハーネル社に加えてエルマ社とモーゼル社でも行われ、さらに少なくとも7社の下請け企業が、パーツやアッセンブリーをこれらの主要メーカーに供給した。
 MP43シリーズにはいくつかの付属品が製作されており、その一つが「ファンピール」と呼ばれた赤外線暗視照準装置である。また、物陰からの射撃用にボウザッツラウフ曲射銃身というものもあったが、これは小火器史上最も奇妙な付属品とも言える。ボウザッツラウフは銃口に装着する湾曲管で、これを付けると銃身が30°〜45°の範囲で曲がることになる。照準用には、特殊な潜望鏡型ミラー照準器が使用された。ボウザッツラウフは、戦車兵が接近してくる敵歩兵を射撃するために開発されたもののようだが、多大な開発努力が注がれたわりには大した効果を上げられなかった。生産数はごくわずかで、実戦に使われたのはさらに少なかった。
 MP43は戦後もチェコスロバキアなど数か国で大量に使用されたほか、初期のアラブ対イスラエルの紛争でも活躍した。

諸 元

StG44

口径:7.92mm×33
全長:940mm
銃身長:419mm
重量:5.22kg
初速:650m/sec
発射速度:連射500発/min
マガジン:30発箱型

(この記事はワールド・ウェポン<デアゴスティーニ・ジャパン刊>をもとに構成したものです。)

[タイトル写真]U. S. Army/U.S. Marine Corp

公開日 2021/05/26


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