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M10

第二次世界大戦において陸戦の戦術に革命をもたらし、その後コンピューター制御の火器システムを搭載するハイテク・マシンとして発展を遂げた、戦車などの重装甲車を取り上げます。


 M10は、M7 76.2mm砲を搭載するアメリカ陸軍の戦車自走砲である。牽引式と自走式を取り混ぜた高初速対戦車砲によって戦車駆逐部隊を編成し、高速で移動する装甲部隊を迎え撃つという教義に基づいて部隊配備されることになった初期の装備の一つ。

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シャーマンのシャシー

▲砲塔後部にカウンターウェイトを持たない初期型。

 M10は、M4A2シャーマン中戦車のシャシーに、軽装甲を施した上部車体と開放天井の砲塔を組み合わせたものであった。車体の装甲の薄さを補うため、装甲板には傾斜が付けられ、砲塔部分にも傾斜装甲板が使用された。M10は本来、戦車駆逐車としての用途を想定されていたが、アメリカ陸軍はこれを自走砲兼近接戦闘車両と位置付けていたため、装甲が薄めであるにも関わらず、砲塔は360°の旋回が可能だった。

 M10の生産は、1942年9月に始まって同年12月に終了したが、この3か月の間に実に4,993両が送り出された。これは、アメリカ工業力の底力と言うべきであろう。
 生産された車両のほとんどは、アメリカ陸軍第一線の106個戦車駆逐大隊に配備された。しかし、第二次世界大戦の進展に伴って、「戦車に対抗する最良の手段は戦車である」という認識が定着するようになり、その結果、M10の数は徐々に減少していった。それでも戦車駆逐部隊は終戦まで存続し、そのほとんどがヨーロッパで戦い続けた。

突撃砲への転用

 終戦が近づくにつれて、M10の多くは、戦車駆逐車というよりも突撃砲的な用途に転用されるようになり、一般的な機甲編成の中に組み入れられるようになった。M10はこうした部隊の主力装備として、アメリカ陸軍のみならず、武器貸与法に基づいてイギリス軍(「ウルヴァリン」の名称で呼ばれた)、フランス軍、イタリア軍などでも使用された。イギリス軍は終戦までに、保有するM10の多くを自軍の17lb砲(76.2mm)に換装して、「アキリーズ」と名称を改めていた。M10は非常に大柄な車両であったが、搭載主砲は次第にドイツ軍戦車に対する優位を失っていった。
 オリジナルのM10のほかに、M10A1というモデルも作られている。これは、M4A2の代わりにM4A3のシャシーとエンジンを流用したもので、細部にも変更が加えられていた。M10A1はフォードで1,038両、フィッシャーで375両が1943年11月末までに生産された。このうち、海外に提供された物は生産数の半分を超える約3,600両である。1945年には、砲塔を撤去したM10やM10A1が砲牽引車として使われた。

諸 元

M10
乗員:5名
寸法:全長6.83m、全幅3.05m、全高2.57m
エンジン:出力375馬力のゼネラルモーターズ液冷6気筒ディーゼル・エンジン2基
重量:29,937kg
性能:最大路上速度51km/h、最大路上航続距離322km、渡渉水深0.91m、登坂能力25%、越堤能力0.46m、越壕能力2.26m

(この記事はワールド・ウェポン<デアゴスティーニ・ジャパン刊>をもとに構成したものです。)

[タイトル写真]U. S. Army/U.S. Marine Corp

公開日 2021/06/23


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