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シュトゥルムティーガー

【第105回】シュトゥルムティーガー  <突撃砲>


 シュトルムティーガーは、第二次世界大戦にドイツが開発した自走砲である。戦闘で損傷を受けたティーガーI戦車の車台を改修しドイツ海軍用に開発された38cmロケット臼砲を搭載したもので、18輌が生産された。

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爆雷の陸上版

▲1945年4月14日、アメリカ軍の撮影したシュトルムティーガー。戦闘室後部に手動式のクレーンを装着している。

スターリングラードの戦いはドイツ陸軍に多くの教訓を与えたが、特に痛切だったのは、近接市街地戦用の装備の貧弱さが露呈されたことである。そこで彼らは、将来起こりうる市街戦のために、「過剰殺傷」とも言える方法で要求に対応することにした。つまり、一戸一戸しらみ潰しにする手間を省くために、超重量級の砲を使用して、防御点となる家屋や構造物を残らず吹き飛ばそうと考えたのである。こうしてドイツ軍は、海軍兵器である爆雷の陸上版を作ることで、とりあえずこの目的を満たすことを決定した。

 1943年、ドイツ軍はVI号戦車ティーガーの一派生型を作り出した。380mm突撃臼砲、VI号突撃戦車、シュトゥルムティーガーなど、いくつかの名前を持つこの車両は、ティーガー戦車の砲塔の代わりに箱型上部構造を載せたもので、その前部傾斜装甲板からは短い砲身が突き出していた。この砲身はいわゆる普通の砲ではなく、特殊なタイプの380mmラケテンヴェルファー61ロケット砲であり、345kgのロケット推進式爆雷を発射した。この弾体は海軍の爆雷の設計を基にしていたため、その重量のほとんどを高性能炸薬が占めており、いかなる建造物でも破壊できるほどの威力を有していた。ロケット弾の最大射程は5,650mで、発射砲身は、排出ガスを前方に逃がしてマズル・リング周りのベンチュリから排気できるようになっていた。この種の車両では珍しく、シュトゥルムティーガーは重装甲で、厚さは前部が150mm、両側が80〜85mmであった。
 シュトゥルムティーガーの乗員は7名で、全員が大型の装甲上部構造内に搭乗し、車長、観測手、操縦手を除く4名はロケット弾の取り扱いを担当する。ロケット弾は非常に大きいため、上部構造内に12発(発射機の中の1発を除く)しか搭載できない。上部構造の後部には、ロケット弾の搬入を補助する小型のクレーン・ジブがあり、その近くのハッチを通して車体内部に積み込む。車内の両側にはロケット弾用のラックがあり、出し入れには頭上レールを使用する。発射機への装填は、装填トレイを使って行われる。

実戦記録

▲連合軍の調査を受けるシュトゥルムティーガーの砲弾。

 シュトゥルムティーガーの試作車は1943年後期までに完成していたが、生産は1944年8月になるまで行われず、結局、製造数はわずか10両程度にとどまった。これらは、前線に1両か2両ずつ配置されたが、その強力な武装の威力を発揮できる機会はほとんどなく、最終的には、大半の車両が戦闘で破壊されるか、燃料切れで乗り捨てられた。
 シュトゥルムティーガーは、北イタリア戦線のような地域で孤立して使用され、その巨体は遭遇する連合軍兵士に強い印象を与えた。このため、シュトゥルムティーガーについては、詳細な報告書が数多く書かれている。それらが述べるところによれば、「シュトゥルムティーガーは高度に専門化された兵器であり、戦争後期にドイツ軍が手当たり次第に兵器を投入した結果、戦場に持ち出されたものに過ぎない」となる。実際のところ、当初の構想通り市街戦に投入されていれば、シュトゥルムティーガーは圧倒的な破壊力を発揮したであろうが、実戦配備の準備が整ったときには、すでに集中的な市街戦の時代は終わっていたのである。

諸 元

シュトゥルムティーガー

乗員:7名
寸法:全長6.28m、全幅3.57m、全高2.85m
エンジン:出力650馬力のマイバッハV型12気筒ガソリン・エンジン1基
重量:65,000kg
性能:最大路上速度40km/h、最大路上航続距離120km、渡渉水深1.22m
兵装:380mmロケット砲1基、7.92mm機関銃1挺

(この記事はワールド・ウェポン<デアゴスティーニ・ジャパン刊>をもとに構成したものです。)

[タイトル写真]U. S. Army/U.S. Marine Corp

公開日 2021/09/24


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