模型を作ってシェアするホビーコミュニティ ホビコム by デアゴスティーニ

ヴィッカース軽戦車

【第67回】ヴィッカース軽戦車  <戦車>


 ヴィッカースMk.VI軽戦車は、戦間期にイギリスで開発された軽戦車で、第二次世界大戦前半に活躍した。本格的に量産された本車は、第二次世界大戦開戦の時点で約1,000両が配備されていた。

ブラボー0 お気に入り登録0   ブラボーとは


MkIAからMkVICまで

▲MkVI軽戦車は、フランスでは歩兵の近接支援に使用されて大損失を被ったが、その後も中東と北アフリカに配備された。

 イギリスのヴィッカース社が送り出した一連の軽戦車は、1920年代にカーデン・ロイド社が生産した豆戦車シリーズに端を発しており、その中のカーデン・ロイドMkVIIIを原型としてヴィッカースMkI軽戦車が誕生した。この革新的な車両は、わずか数量しか生産されなかったが、後のモデルに何が必要かを知る上で重要な指標となった。MkI軽戦車には乗員2名が搭乗し、小型の砲塔には7.7mmヴィッカース機関銃1挺が装備されていた。
 MkIに続いて装甲を強化したMkIAが登場し、さらに砲塔とサスペンションに改良を加えたMkII軽戦車が1930年に登場した。このMkIIは、MkVIまで続く一連の軽戦車の基礎となった。これらの軽戦車はすべて、装甲がリベット留めされた単純な車体を使用しており、装甲厚は10〜15mmであった。
 MkV軽戦車以降は、砲塔が大型化されて内部に2名が搭乗できるようになり、乗員は合計3名となった。また、それまでの7.7mm機関銃に加えて、12.7mm機関銃が採用された。そのほかにも、シャシーの支持板に初めて装甲が使用されるなど、MkVにはさまざまな改良が施された。

戦闘力不足

▲7.92mmベサ機関銃4丁を搭載した対空型。

 一連の軽戦車は1930年代から広く使用され、初期の型の多くはインドでの治安維持任務で活躍した。しかし、第二次世界大戦初期の戦闘に投入されると、この戦車はほとんど役に立たないことがすぐに明らかになった。主な欠点は、装甲が薄くて小口径の徹甲弾でも貫通されてしまうこと、そして兵装が機関銃に限られていたことであった。1940年のフランスにおける戦闘では、これらの軽戦車は攻撃戦車として不適当な使われ方をされたが、アフリカ北部の砂漠の作戦では、しばらくの間、有効に活用された。
 ヴィッカースMk.VI軽戦車にはいろいろな派生型がある。Mk.VIは、Mk.Vに対して砲塔の容積が増やされ、No.7無線機を搭載しているが、サスペンションや車体などはほとんど同じ構造である。Mk.VIAは、上部転輪の位置が変更され、Mk.VIでは円筒形であった司令塔が八角形に変更された。Mk.VICは、主武装を15mmベサ重機関銃(弾薬搭載量 175発)、副武装を7.92mmベサ機関銃(弾薬搭載量 2,700発)に変更した火力増強タイプ。司令塔は廃され砲塔上部にはハッチとペリスコープが設置された。また、砲塔左側面に機関銃発射時用の排煙装置が設けられ、キャタピラと転輪も幅広に変更された。

諸 元

MkV軽戦車
乗員:3名
寸法:全長3.96m、全幅2.08 m、全高2.24m
エンジン:出力88馬力のメドウスESTL 6気筒ガソリン・エンジン1基
重量:4,877kg
性能:最大速度51.5km/h、最大航続距離201km、登坂能力60%、越堤能力0.61m、越壕能力1.52m
兵装:(初期型)12.7mm機関銃1挺、副兵装として7.7mm機関銃1挺

(この記事はワールド・ウェポン<デアゴスティーニ・ジャパン刊>をもとに構成したものです。)

[タイトル写真]U. S. Army/U.S. Marine Corp

公開日 2018/07/23


ブラボー0 お気に入り登録0   ブラボーとは



コメント0件


コメントを書く1,000文字以内

Ms_noimage

コメントを投稿するにはログインが必要です。