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M8 軽装甲車

【第7回】M8 軽装甲車


第二次世界大戦時に活躍したアメリカのM8軽装甲車は、合計で10,000両近く生産され、主に偵察任務で高い能力を発揮。終戦後も1970年代半ばまで、世界数カ国で運用されていた。

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数カ国の陸軍で活躍

▲数多く生産されたM8 軽装甲車は、主に偵察任務に用いられていた。(写真/DeA Picture Library)

第二次世界大戦がヨーロッパで勃発し、1940年と1941年にその作戦動向を観察したアメリカ陸軍は、高性能な装甲車の開発を決定。この車両は6×6駆動で、兵装は37mm砲、低いシルエットの軽量な車体であることが求められた。そして4社から提出された設計提案の中からフォード社設計のT22が最も優れていると判断され、M8軽装甲車として量産が発注された。後に同車は、すべてのアメリカ製装甲車の中で最も重要な存在に成長し、1945年4月に生産が完了するまでに10,000両近く生産された。とりわけ偵察任務に優れた車両であるM8は、その素晴らしい設計の証として、多くの車両が1970年代中期まで数カ国の陸軍に就役し続けたのである。
M8は車高の低い完全6×6駆動の車両で、車軸は車体前部に1本、後部に2本配置されていた。通常、車輪は泥除けに覆われているが、作戦時には取り外されることも多かった。4名の乗員が乗り組む車内はゆったりとしていて、円形の砲塔には37mm主砲が搭載された。さらに、7.62mmブローニング機関銃が主砲同軸に装備され、砲塔後部には対空用12.7mmブローニング重機関銃を取り付けるピントルがあった。M8に極めて近い派生型として、M20装甲汎用車があるが、この車両はM8から砲塔を取り除いて戦闘区画を廃止し、車内を兵員や補給物資の輸送に使えるようにしたもの。オープン区画上のリング・マウントには、機関銃を取り付けることができた。M20は、指揮車両から戦車部隊への弾薬運搬車両まで、多用途に利用できる貴重な小型車両として、M8同様に各方面で重宝された。

愛称は「グレイハウンド」

▲数カ国の陸軍で運用されたM8 軽装甲車は、イギリスでは「グレイハウンド」の愛称で呼ばれていた。(写真/DeA Picture Library)

1943年3月に最初の量産車が工場から送り出されて以来、アメリカ陸軍はM8およびM20を広く採用した。同年11月までに1,000両を超える車両が引き渡され、1943年中にはイギリスと英連邦諸国軍にも提供された。M8を「グレイハウンド」と呼んだイギリス軍の考えからすると、同車は装甲が薄すぎ、車体下部は対戦車地雷に対しあまりに脆弱だったが、この欠点は車内の床部分に砂袋を敷き詰めるという方法で克服した。
M8が遭遇し得る敵の偵察車両に対して、37mm主砲は十分対抗可能であり、また敵歩兵から車両を守るには2挺の機関銃が有効であった。あらゆる状況下で走行が可能であったM8だが、最大の長所は「必要なときにいつもそこにいる」と思えるくらい数多く存在したことである。同車は近年でも中南米で見受けられたが、その大半は改良されてディーゼル・パワーパックとオートマチック・トランスミッションを装備し、一部は対戦車ミサイル運搬車両として使用されていた。

諸 元

▲M8 軽装甲車の主砲は37mm砲で、7.62mm機関銃が同軸に装備された。また一般的な追加兵装として、12.7mmブローニング機関銃1挺が砲塔に取り付けられていた。(写真/DeA Picture Library)

M8軽装甲車
乗員:4名
寸法:全長5.00m、全幅2.54 m、全高2.25m
エンジン:出力110馬力のハーキュリーズJXD 6気筒ガソリン・エンジン1基
戦闘重量:7.94t
性能:最大路上速度89km/h、最大航続距離563km、渡渉水深0.61m、登坂能力60%、越堤能力0.3m

(この記事はワールド・ウェポン<デアゴスティーニ・ジャパン刊>をもとに構成したものです。)
[タイトル写真]U. S. Army/U.S. Marine Corp

公開日 2013/07/25


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